第6話 ぼよよん旅

「わ! わわっ! わ!」


 馬車を包みこんだゼリーは、私たちが落ちてきた穴からさらに飛び上がって、ポーンと空高く飛び出している。こんな状況でも馬や獣たちが大人しいのは、ゼリーに全身の動きを封じられて、鳴く事さえ出来ずにいるからかもしれない。

 一方で、馬車の中にいた私とルール―には外の様子を伺う余裕あった。景色を見るに、このゼリーはビルの五階くらいの高さまで飛び跳ねている。


「ん?」


 飛び上がったゼリーが放物線の頂点に達し、空中で緩やかに動きを止めた。ということはつまり、あとは重力に引っ張られ自由落下するだけ……。


「お、おおお、落ちるぅぅう!」

 

 地面に引っ張られると同時に、景色が勢いよく上へと流れていく。駄目だ! と思った瞬間、ゼリーは地面にぼよよんと着地した。落下の衝撃はほとんどない。

 ……けど、止まらない。


「ひ、ひやあぁぁぁ」


 落下エネルギーが地面で反射し、ゼリーはまたぼよよんと空中に跳ねあがる。


「ま、ま、待って」


 高い。さっきより高い!


「しかも、何? 横に進んでる?」

 

 ゼリーは馬車を包んだまま斜めに跳ねた。ぼよんぼよんと地上を進む様子は、まるで意志を持って歩いているみたい。

 ……意志?

 そして私は気付いてしまった。


「このゼリー、スライムだ!」


 ゲームによく出てくる、ぽよんぽよんのアレ。弱い魔物の代表格のアレ! そうだ。だってここ、魔物の住む土地だもの!

 という事はこの状況、まさか。


「……食べられちゃった?」


 つまり私たちの居るここは、お腹の中なのである。

 アーメン。


 *


 ぼよんぼよん進むこと、体感数時間。

 私たちは未だ溶かされる事無く、スライムのお腹の中(仮)にいる。


「消化する気はなさそうだけど、これ、どういう状況……? うっぷ」

「ぴきゃあ……ぴっきゃ」

「うぷっ」


 スライムの移動は上下左右に揺さぶられすぎる。スライム酔いが酷い。それでもスライムは止まらない。

 スライムは私たちを腹の中に閉じ込めたまま、沸々とガスをまき散らす川を渡り、大量の謎の胞子をかいくぐって、数時間かけて不気味なお城の前までやってきていた。


「…………いや、何? ここ、どこ?」


 城についたスライムは客人気取りで玄関――様々な生き物の骸骨が埋め込まれたドア――の前で、扉が開くのを待っている。


「え、ここに入るの? えっと、大丈夫? ガイコツ付いてるよ?」


 物騒極まりない。というか、なぜ私たちを連れて行くのか!

 疑問を投げかけたところで、スライムが返事をするわけがない。

 諦めて様子を伺っていると、城の扉が自動で開いた。スライムはまたご機嫌にぽよんぽよんと跳ねて中へと入っていく。


「わぁ、意外と綺麗」


 骸骨だらけの外観と違い、お城の中は中世ヨーロッパのお城みたいな雰囲気だった。追放されたガーネット帝国のお城とも少し似ている。大理石のような床にスライムが跳ねると、ねっちょねっちょと音がした。

 ドアの先は大きな広間になっていて、その奥に宝塚歌劇団のような大きな階段がある。スライムはそこへ向かっていた。


「その者たちを解放しなさい」


 階段の上から声がした。


「へっ⁈」

 

 スライムの中から声のする方を見上げる。良く見えないけれど、階段の上に何かがいるみたい。

 久しぶりに聞いた「人間の言葉」に懐かしさと安心感を覚えた。よく見えない何者かに対し、不安よりも期待がまさる。

 と、突然私たちを包んでいたスライムがどろっと溶けた。床にべちゃっと広がったスライムは、そのまま流れるように床を移動し、馬車から離れて球体に戻る。


「で、出られた!」


 久しぶりのスライムの外の空気! ちょっと埃っぽい匂いがするけど、スライム内よりは開放的だ。


「アリシア様、陛下がお待ちです」


 何者かが階段を下りながら私の名前を呼ぶ。


「…………え?」


 階段から降り立ったのは、眼鏡をかけた男の人だった。三十代くらいかな。セミロングの紫の髪を後ろでひとつに束ね、アニメに出てくる執事のような燕尾服を着ている。


「人間?」


 その人は本で見た魔王とも、もちろん獣やスライムとも違う。紛れもなく、普通の人間だった。しかも、何故か私の名前まで知っている!

 驚いていると、執事のような男性は苦虫を嚙み潰したような顔でこちらを睨みつけた。


「人型である事を馬鹿にしないで頂きたいですね」

「あ、すみません。そんなつもりはないです。ごめんなさい。えっと、人間じゃなくて、その、人型の……魔物さん? なんですか?」

「………………人間です」


 男性が苦虫を嚙み潰したような顔でボソッと言う。人間コンプレックスでもあるのだろうか。


「アリシア様、私の事はイバーラとお呼びください。どうぞこちらへ」

「こちらへって……ここ、どこなんですか? もしかして私たち、あなたの差し金でここへ連れてこられたの? 何の為に? 怖いんですけど!」

「それを説明する為に『こちらへ来てください』と言っているのです。アリシア様、知りたければ私の指示に従ってください」


 そう言われて、私はようやく馬車から降りた。抵抗していても仕方ない。

 同時に、馬や獣たちの様子をうかがう。スライム酔いが続いているのか、未だぐったりしているのが見えた。


「あの、その前にこの子たちを少し休ませてもらってもいいですか?」

「……」


 関係ない事には反応しません、と言わんばかりに、イバーラは私の質問を無視した。私の方を向いている癖に、明らかに視線だけそらしている。


「あの、聞いてます? ここで休ませますよ? OK?」

「……」


 返事なし。

 私の代わりにイラッとしたルール―が私の腕からポンッと飛び出し、イバーラの足元で睨むように彼を見上げながらぴょこぴょこ威嚇し始めた。


「チッ。なんですか、この毛玉は。あっちへ行きなさい。シッシッ」


 嫌そうなイバーラにメンチを切るルールー。かわいい。


「……クソが。本当にうっとうしいですね。ぶっ殺してウサギ串にし、今日の夕飯にしてやりましょうか」


 イバーラは目つきを鋭くして、ルール―に手を伸ばそうとする。


「ちょっ」

「吾輩の客に何をする気だ、イバーラ」


 そんな時、階段の上からまた別の男の人の声が響いた。

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