第5話 魔物の地

 ガブリ!

 と噛んだのは私の肉ではなく、私の着ていた服の胸ポケットだった。2、3回噛み噛みして、獣がポケットから口をはなす。その隙に、ポケットに手を突っ込んでみた。


「あ、クッキー」


 ポケットの中には粉々になったクッキーが入っていた。そういえば入れっぱなしだったっけ。


「もしかして、あなたたちクッキーが食べたいの?」


 3頭の獣たちに問いかける。途端に、獣たちの瞳がキラキラと輝いた。


「がう! がう!」

「がうがう!」

「がうぅ!」


 3頭とも甘えた声を出してこちらを見上げている。まるで、おやつをせがむ甘えん坊のワンコみたい。

 ……可愛いすぎる!


「そっかぁ。いいよいいよ。ちょっと待っててね」


 あまりの可愛さに、つい、にやける。

 クッキーの入った缶を開けと、獣たちは勢いよく食いついた。


「わ! わ! ちょっと落ち着いて! こら、ステイ! 取り合いしないの! ステイ!」


 缶を持って立ち上がる。喧嘩になりそうだったから思わず取り上げたけど、だからといって獣たちが私を攻撃する様子はない。それどころか、3頭はうるうるした瞳でこちらを見上げてくる。この子たち、絶対悪い子じゃない。


「みんなに均等にわけます! 良い? まだ『待て』だよ。待て。待て」


 手のひらを獣に向けて「待て」と指示を出し、3頭の前に均等にクッキーを並べる。残った2枚は、私の隣でおっかなびっくりその光景を眺めていたルールーの前に置いた。


「よし! 食べていいよ」


 指示を出すと、獣たちは勢いよくクッキーを食べ始めた。自分に与えられた分だけをペロリと食べて、満足そうにこちらを見上げる。すごい。魔物と言うより賢い犬みたい。


「よぉしよしよし! 良い子だねえ、可愛いねえ」

「がうぅ」

「がうがう」

 

 獣たちの頭をなでると彼らも私に心を許してくれたのか、ご機嫌で尻尾を振ってくれた。調子に乗って全身をたっぷり撫でてみたけれど全然嫌がらない。


「あなたたちはザハードの魔物さん?」

「がう! がう!」


 たぶん、肯定。


「私、これからザハードで暮らすんだけど、どうやって行ったら良いかわかる?」

「がうがう! がう!」


 獣たちが馬車から飛び降りる。ついてこい、と言っているのかもしれない。


「あ、ちょっと待って! 御者がいなくなっちゃったから、私が運転しなきゃいけないの」


 いなくなった、と言うか、この子たちに殺されたような……? そう考えると怖いので、深く考えないでおく。


「馬車の運転って、どうしたら良いんだろう」


 運転席に座ってみたものの、手綱を持ったところでどうしたら良いのかわからない。

 困っていると、獣たちが2頭馬の隣に寄り添い、残りの1頭が馬の前に進み出た。


「がうがう! がう! がう!」

「がう! がうがう!」

「ヒ、ヒヒィィン」


「……会話してる? わっ」


 馬が突然歩きだした。どうやら獣たちが馬を案内してくれるみたいだ。


「わあ、すごい! ありがとね、あなたたち!」

「がうがうぅ~!」


 どういたしまして、と言っているのかな。馬たちも獣たちを信頼して歩いているように見える。

 こうして、私とルールー、獣3頭、馬2頭の一行は、またザハードに向けて進み始めた。


 それから数日。

 私たちはようやく山を降りたった。


「ここが、ザハード?」


 私は目の前に広がる予想外の光景に目を丸くしている。

 ザハードは魔物の住む土地だ。でも目の前に広がっているのは、辺り一面色とりどりの草花が生い茂る野原。穏やかな陽気にふわふわと舞う蝶々が、この辺りの平和を象徴しているように見える。


「意外……。魔物が住む土地って、もっと暗くてジメジメしてるかと思った」


 私の言葉に獣たちが「くぅん」と悲しそうな声をあげる。


「ああ、ごめん! 私の勝手なイメージだから! でも、すごくのどかなんだね。風が気持ちいい!」


 馬車の中にまで爽やかなそよ風が吹き込んでくる。深呼吸すると肺が新鮮な空気で満たされて心地よかった。馬の足取りも心なしか軽やかだ。


「暮らしやすそうな場所だね」


 暖かくて、空気も綺麗で、植物も元気に育つ大地。拠点にするには申し分ない。

 マイ〇クラフトみたいに、ここに家を建てて、作物を育てて、家畜を飼って……。

 最終的には豪邸を建てて、ダイヤの装備を作って、魔王を討伐してやる!

 ……なんて、それは夢見すぎか。


 ガタンッ!


 気合をいれていると、突然大きく馬車が動いた。


「ヒヒィィン!」

「ガウガウ!」

「ひゃっ! な」


 何――と言おうとした。が、声にならなかった。

 ジェットコースターみたいに急激な重力を感じる。


「っ!」


 落ちていた。

 私も、馬車も、みんなも、ぐんぐんぐんぐん落ちている。


 辺りが急速に暗くなる。たぶん、地面に超巨大な穴が開いたのだ。崖から落ちる感じとは違う。突然足元の地面が消え去って、暗い地中へ真っ逆さま。そんな感じだった。


「っ! っっ! っ!」


 声にならない叫びをあげ続ける。アトラクションじゃあるまいし、このまま底に到達したら全員即死だ。

 そう思った時――。


 ぼよよよぉぉん!


 間抜けな音と共に体が跳ねる。


「はっ、な、何!?」


 ようやく声が出た。

 暗くてよくわからないけれど、どうやら巨大なトランポリンの上に落ちたらしい。トランポリンが地中に埋まっているとも思えないけれど。


「がう! がうがう! がうがうがう!」

「ヒヒィ! ヒヒィン!」


 馬と獣たちも激しく鳴いていた。でも、鳴けるという事は少なくとも生きてはいるのだ。

 馬車内の私とルール―も、体中をあちこち馬車にぶつけてしまったものの、一応無事である。


「なんなわ――わあぁ!」


 落ち着く間もなく馬車が何かに包まれていく。

 ゼリーのような緩衝材のようなそれは、私たちを包むようにグググッと変形した。


「や、何?」


 私たちは馬車ごと360度すべてゼリーに囲われている。まるで大福の中のあんこになったみたい。


「だ、出して!」


 馬車を覆うゼリーに手を伸ばす。が、ゼリーは下へ下へと力をかけるように変形して、次の瞬間、その力を開放するようにポーンと上へと飛び跳ねた。


「え、え、えぇぇぇえ?」

 

 ゼリーに包まれていた私たちも、そのまま一緒に空高く飛び上がっている。

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