第3話 準備

「ルール―、あなた異空間魔法が使えるよね?」


 私の質問に、ルールーは「ぴきゃっ!」とご機嫌な声を出した。

 異空間魔法なんて言うと小難しいけど、簡単に言えばゲーム内におけるアイテム欄の事だ。ルール―の体内は異空間に繋がっていて、どんな大きさのアイテムでも合計12個まで持ち運ぶ事が出来る。


「あのね、ルールー。この部屋にある物を街へ持って行って、私の代わりに売ってきてほしいの」

「ぴっきゃあ!」


 ルールーが腕の中で飛び跳ねる。「いいよ!」と言っているみたい。


「えっと……ほんとに大丈夫?」

「ぴきゃきゃ!」


 胸を張るルールー。自信満々だ。あまりの可愛さに頬が緩む。その自信、信じてあげよう。


「ふふ、ありがとう。じゃあ早速始めよっか」


 クローゼットの中には沢山のドレスがかけられている。


「ドレスは……全部いらないよね。売ってジャージを買おう!」

 

 けれど、ルールーが一度に持っていけるのは12着までだ。


「出来るだけ高そうな服を持って行った方がいいよね」


 どれが良いだろう。


「ぴきゃ!」

「ん? どうしたのルールー。って、これ……毛布?」

「ぴっきゃあ!」


 ベッドの上で毛布に嚙みついて、ルールーが何か訴えている。毛布の真ん中で飛び跳ねて、ここに何か置けと言っているみたいだ。


「あ、そっか! 風呂敷みたいにドレスを包めって事ね? ひとまとめにした荷物は、ひとつのアイテムとして持っていけるんだ!」

「ぴっきゃぴきゃ!」


 大正解! と言わんばかりにルールーが飛びついてくる。


「ルールー、賢いねえ」

「ぴきゃきゃっ!」


 毛布の上にドレスを4着置いて、風呂敷みたいに包んでみた。ルールーが自分のお腹のポケットを開き、そのドレスの束を一気にポケットに突っ込む。


「これもう、ドラ〇もんじゃん! すごい!」

「ぴっきゃあ!」


 ドヤ顔のルールーの頭をなでる。もっふもふのルールーは満足そうに自ら頭を私の手にすりすりしてきた。ふわふわでとても気持ちがいい。


「よしよし。この調子でこの部屋にある物を出来るだけ売り払っちゃおう!」


 ハイヒールやアクセサリーなんて必要ない。私はもう、いや最初から、貴族ではないのだ。全部売ってしまえ!

 私は貴金属や調度品を出来るだけひとまとめにして、沢山の荷物をルールーに持たせた。これだけ売れば相当な金額になるはずだ。


「ねえルールー。あなた、買い物もできる?」


 言葉を喋れないから難しいかな、と思ったけれど、ルールーが自信満々に飛び跳ねる。「まかせて!」と言っているみたい。私のパートナーは本当に頼もしい。


「ありがとね、ルールー。じゃあ、買ってきてもらいたい物をメモするね。それを店主に見せて買ってきてくれる?」

「ぴっきゃあ!」


 机上に置いてあったメモ用紙におつかい内容を記す。

 動きやすい服、保存食、日用品。念の為、寝袋も。あとは何が必要だろう。


「あ、そうだ」


 私はメモにあるものを書き足した。それを覗き込みながら、ルールーが不思議そうな顔をする。


「これはね、私の仕事道具。向こうの世界で私が使っていたものなの。私は、これしか出来ないから」

「ぴきゃあ?」


 生きていくためには働かなくちゃ。だったら私は、「アリシア」ではなく「清水玲奈」として、出来る事をしよう。

 メモをルールーに持たせる。


「じゃあ、よろしく頼むね!」

「ぴきゃ!」


 ルールーは窓からぽーんと飛び跳ねて外へと出て行った。所持品の売買なんてかなり大変だろうから、帰ってきたらたっぷりねぎらってあげよう。

 そうこうしているうちに、部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「アリシア様、頼まれていたものを持ってまいりました」


 ドアを開けたのはさっきのメイドで、本と地図を抱えている。受け取った地図をベッドの上に広げた。


「ふぅん。ガーネット帝国の北一帯が『ザハード』なのね」


 帝国とザハードは山で隔てられている。馬車とはいえ、山を越えるのは簡単ではないだろう。

 歴史書も確認してみる。


「ザハード。魔王が治める魔物の国。悪魔に魂を売った人間が魔王になったとされる。……そうなんだ」


 魔王は元人間。悪魔に魂を売るなんて、恐ろしい人だ。

 ページをめくると、そこには魔王の肖像画が載っていた。「魔王ラインハルト」と記された男性はメイドが言った通り、キリッとした目に鼻筋の通った美形だった。銀色の長い髪が腰の辺りまであり、金細工の施された軍服のようなものを着て立っている。凛々しく気品があり、貴族だと言われても納得できた。


「魔王までこんなにイケメンなんて、さすが乙女ゲームの世界ね。……ま、私には関係ないか」


 なんと言っても追放エンドを迎えたあとなのだ。彼に殺されることはあっても、恋愛に発展する事はまずない。だったらイケメンかどうかなんて関係ない。

 はずだった。


 ――そう。この時の私はまだ、自分の人生に魔王がめちゃくちゃ絡んでくるなんて、思いもしなかったのだ。

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