第2話 バッドエンドのその先
エリザベス・クロウ。
それは昨年話題になった女性向け恋愛シュミレーションゲームである。
プレイヤーは皇女アリシア・エリザベスとして多くの貴族たちと交流し、恋愛していくというありふれたゲームだ。
そして実は、一部の層に絶大な人気をほこる裏ルートが存在する。
それは、ティーンズラブモード。ティーンズラブ、すなわち、少々えっちで過激なモードが存在するのである。
表ルートでネガティブな選択肢を選び続けると突入するティーンズラブモードは、すべての攻略対象とえっちな仲になる代わりに、最後はバッドエンドとして国から追放される事になる。
今の私みたいに――。
「――というか、今まさにそのバッドエンドを迎えたのよね、たぶん」
私は閉じ込められた部屋の中で、ふっかふかの大きなベッドに寝そべっていた。
実家のリビング3つ分はありそうなくらい広い部屋で、私はいま手持ち無沙汰だ。わかっているのは自分が「エリザベス・クロウ」のヒロイン「アリシア・エリザベス」になって、バッドエンドを迎えてしまったという事だけ。何故そうなったのか、これからどうなるのかもわからない。だいたい、現実世界に居たはずの「清水玲奈」、すなわち私は、一体どうなってしまったのだろう。
「なーんて、考えたってわかるわけないか」
とりあえずは「アリシア」として生きていくしかないのだろう。
「はぁあ。どうせゲームの世界に転生するなら逆ハーレムを楽しみたかったな。だいたい、なんでバッドエンドから始まるのよ。えっちな事だってなんにもしてない! チヤホヤもされてない! 美味しいものも食べてない!」
それなのに罪だけかぶるなんて馬鹿げてる。流行りの異世界転生ラノベでは、みんなそれなりに貴族の生活を楽しんでいたはずじゃないか。私だけこのまま追放だなんて残酷すぎる! 冗談じゃない!
頭を抱えているとドアをノックする音が聞こえた。どうぞと声をかけるとメイドが一人入ってくる。
「皇女さ……いえ、アリシア様。明日のご予定をお伝えします」
「予定?」
予定って言ったって追放だけでしょうが。そんなことまでわざわざご丁寧に伝えてくれるなんて、皇族というのはどこまでも贅沢だ。メイドがわかりきった予定を告げてくれる。
「明朝8時に馬車にてザハードへとご出立との事です」
「馬車? 馬車で連れて行ってくれるの?」
「はい。自力で戻る事が出来ない場所まで向かいますので」
「ああ、なるほどね」
追放。それは完全に捨てられるということだ。
「ん? いや、ちょっと待って。それって、身ひとつで行くの? 手切れ金とかは?」
「……」
「餞別は? 持ち物は何もないの?」
「……」
「え、私、追放された先でどうやって生きていけばいいの?」
「……」
「なんで黙るのよぉ!」
生きる事を想定されていない。つまり、死ねって事だ。
「ねえ、追放される場所ってどんな所? どうやったら生き延びられそう?」
「ザハードでございますか? ザハードは魔王が治める魔物の地ですので……生き延びるのは……」
「無理なの?!」
しかも魔王とは何なのか。「エリザベス・クロウ」は貴族と恋愛するゲームで、魔王なんて出てこなかったはずだ。
「アリシア様、魔王と言いましても、元は人間であったと聞きます。話は通じるはずです。問答無用で殺される事はないかと……」
「魔王だよ⁉ 人間をやめるような人と話が通じると思う?!」
「え、ええと……魔王は見目麗しい男性であると聞いておりますし……」
「生きる事にイケメンかどうかなんて関係ある⁈」
頭が痛くなってくる。このままじゃ、死ぬ。ヘンゼルとグレーテルみたいに頭を使わなくちゃ、生き延びられるはずがない。
「こうしちゃいられないわ。出発は明日の8時って言った? それまでに準備しよう」
立ち上がってメイドに命令する。
「お願い、ザハードについて書かれている本を持ってきて」
メイドは「はい」と短く返事をして出ていった。
生き抜くために情報は必要不可欠。あとは何が必要だろう。
「そうだ、軍資金! となれば、この部屋の物を売ってお金にして……あ!」
ここが「エリザベス・クロウ」のゲーム内であるならば、私には魔力があるはずだ。プリ〇ュアで言う所の、パートナーの精霊みたいな生き物を召喚出来たはず。
特殊能力のある、私のパートナー。あの子を呼び出すしかない!
「おいで、ルールー!」
空間に手をかざし、その生き物の名前を呼んでみる。
しかし何も起こらない。
「ああもう! 召喚の仕方がわからない!」
だからって、諦めて良いわけでもない。もう一度空間に手をかざす。
「たしか、魔力で具現化したキャラクターって設定だったはず。魔力。魔力……」
魔力がなんだかわからないけど、目を閉じ、手に意識を集中させてみる。
身体に流れる力を集める感じ。きっと、こんな感じ!
「おいで、ルールー!」
力を込めて、その生き物の名前を呼んだ。
熱を感じて目を開く。
手の上に、真っ白くてモフモフした、バスケットボールほどの大きさのウサギみたいな生き物がふんわり浮かんでいた。
「わあ! 出来た! こんにちは、ルールー」
「ぴきゃあ!」
もふもふのルールーが私の胸に飛び込んでくる。ぎゅうっと抱きしめると、柔らかくシルクのような毛並みが私の頬を撫でた。気持ちいい。あったかくて、ふわっふわで、最高の抱き心地!
「本物ってこんなに素敵なのね!」
「ぴきゃ!」
ルールーも嬉しそうに声をあげる。
「ねえルールー、早速で申し訳ないんだけど、あなたにお願いがあるの」
「ぴきゃ?」
ふわっふわのルールーがちょこっと首をかしげる。
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