不吉な占い
タクシー内には重たい空気が立ち込めていた。原因は分かっている。女性の占い結果が芳しくなかったからだ。占い屋の集まりの前で乗せたのだから、まず間違い無いだろう。私はどうすべきか思案していた。このまま目的地まで走らせるか、それとも女性を励ますか。後者の場合、うまく励ますことができる保証はない。ここは、沈黙を貫くべきだろう。そんな風に考えていると、女性がポツリと語り出した。
「運転手さんはタロットカードはご存知ですか?」
「ええ。独特の図柄が描かれていますよね。トランプとは大きく違います」と、返す。
どうやら、占いの方法は、タロットカードによるものだったらしい。おそらく、彼女の過去・現在・未来を占ってもらったのだろう。そして、未来に関する結果に問題があった。そう考えるのが自然だ。
「私、今の彼と付き合い続けるか迷っていて。だから、占ってもらったんです。普段は占いは信じないんですが……」
藁にもすがる思いとは、このような場合に使うものだろう。きっと、女性は彼氏との交際に真剣なのだ。それゆえに、考えがまとまらず占いに答えを求めたのだろう。
「差し支えなければですが、結果を教えてもらってもよろしいでしょうか?」
「私は近いうちに死ぬんだそうです」
「もしかして、未来の占いで『死神』のカードが提示されたのですか?」
「ええ。占い師曰く、『彼との関係は終焉を迎えるでしょう。それも、あなたの死によって』。これほど、不吉な結果はないでしょう?」
最後の言葉には一種の諦めが含まれていた。
「私、大きな病気に罹ったことはないんです。だから、死ぬなら車に轢かれるのかと思って、タクシーに乗ることにしたんです」
なるほど、目的地まで近いのにタクシーを拾ったのは、占い結果に起因していたわけだ。
「確かに不吉ですね。……あの、その『死神』のカードですが、図柄が逆さまになっていた、なんてことはありませんか?」
乗客は思い出そうとして、目をつむっている。「逆さ……だった気がします。私から見て、すぐに死神のカードだと分からなかったですから」と、自信なさげに答える。
自信がないのは、不吉な占い結果によるものだろう。人間は一度ネガティブ思考なると、何事も最悪の事態だと捉えてしまうから。しかし、図柄が逆さまだったのなら、救いがある。
私はコホンと咳払いをして、ゆっくりと話を切り出す。
「お客様、気落ちする必要はありません」
「あなたは、私を励まそうとしているのでしょ? ありがたいけれど、かえって惨めになるだけよ」
「いえ、事実を述べただけです。タロットカード占いは、『逆位置』という概念があります」
「逆位置? 何ですか、それ」
「まあ、言葉通りですよ。カードの上下が逆さになっている状態です」
「でも、それがどう関係するのかしら。『死神』のカードが示す未来に変わりはないわ」女性は大きなため息をつく。
「いいえ、大いに関係があります。カードが逆さまの場合、意味が異なるのです。『死神』のカードが逆さだったのなら、占い結果はこうです。『新展開、上昇の可能性がある』と」
女性は「まさか」と言いながら、ミラー越しに睨みつけてくる。いきなり、真逆の結果を告げたのだから当たり前かもしれないが。
「タロットカード占いですが、逆位置、つまり逆さになることで、本来の意味と真逆になることが多いんです」
「え、そうなんですか!?」
「嘘はつきませんよ。本来なら『死神』は不吉なカードです。しかし、逆さまだったのなら、むしろいい結果ですよ」
女性はホッとしたのか、顔から緊張感が消え去っていた。
「おそらくですが、その占い師はまだ初心者なのでしょう。熟練の占い師が間違えるはずはありませんから」
「言われてみれば、他の人より自信なさげな表情だったわ。運転手さんは占いにも詳しいのね」
「詳しいというほどではないですよ。少しかじったことがある程度です」謙遜ではなく、事実だった。
「そんなことないです! 運転手さん、占い師になるのはどうですか? それか、タクシー運転手と兼業するとか」
「ありがたいお言葉ですが、占い師は私には向いていないですね。不吉な結果だった時に、前向きなアドバイスをできる自信がないですから」
そして、私は心の中でこう付け加えた。「私にはすでに探偵という副業がありますから」と。
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