副業は探偵ですが何か?〜タクシー運転手の謎解き〜

雨宮 徹@クロユリの花束を君に💐

鬼は外、福はうち

「うーん、これは違うな。じゃあ……」



 タクシーの静寂の中で乗客のつぶやきが響く。長年タクシー運転手をしていると、乗客のパターンが分かってくる。眠る人、沈黙が苦手で話しかけてくる人。そして、考え事に集中する人。今回の乗客は「考え事に集中するタイプ」らしい。それならば、話しかけるのは賢明ではない。沈黙が苦手な乗客相手なら、雑談のネタを考える必要があるが。



 私は信号が青になったことを確認して、ゆっくりとアクセルを踏む。一気にスピードを上げては、乗客の思考の邪魔をするかもしれない。不意に「できた!」という声が、沈黙を破る。



「運転手さん、聞いてくださいよ!」



 乗客は、よほど嬉しいらしい。何ができたかは不明だが、人に話したいのなら暗い話題ではないだろう。ミラー越しに目を合わせる。



「できたての140字小説です!」



「ぜひ教えてください」



「じゃあ、いきますね——今日は節分。僕は豆を思いっきり投げる。会社でのストレス発散のために。

『なんでそんなに豆をまき散らすの?』と妻。

『ストレス発散さ』って答えたら、次の瞬間——妻が僕に豆を投げつけたんです!

『私はあなたがいるだけでストレスなのよ!』 どうですか?」



「ええ。140字の中でオチまでついています。そして、季節を取り入れた内容。もしかしてですが、実体験がもとになっているのでしょうか?」



「もちろんです。小説家は経験したことしか書けないですからね。いや、違うな。僕の場合はです。プロは綿密な取材をして、まるで実体験のように書きますから」



 彼は謙遜しているが、実体験をもとに小説を書けるという時点で、私にとっては羨ましい。



「確かにそうかもしれません。ですが、140字で小説を完成させる方が難しいのでは? 短編には強烈なオチが必要です。そういった意味で、長編より遥かに難しいと思いますが」



「なるほど。言われてみればそうですね。すると、140字小説を書ける僕には、プロ作家とは違う方向性で才能があると?」



 私は「もちろんです」と、力強く返す。上手いコメントを考えようとして失敗するより、ストレートな表現の方が人には響く。



「ありがとうございます。しかしね、困ったものです。そりゃあ、仕事がうまく進まない時は、考え込むあまりに無口になります。あ、あとは『休日はあなたがいるから、昼食の手を抜けなくて大変なのよ』って言われましたけれど」



「つまり、奥様にとってのストレスのもとである、あなたに豆を投げつけたわけですね?」



「そうなんです! いくらなんでも、人に豆を投げつけるのは、どうかと思うんですよ」



「奥様の行動は、ある意味正しいのかもしれません」



「妻が正しい……?」



「もともと豆まきは、豆に穢れを乗せて外へ祓うのが目的です。諸説ありますが、私はこの説がしっくりきます。ですから……」



「なるほど。ストレスという穢れを豆に乗せるのは、ある意味正しいと」



「ええ、そうです」と返しつつ「『ある意味で』ですからね」と強調する。彼の考えを否定する意図はまったくないのだから。



「面白い考え方ですね! そういう解釈もあるのかぁ。家に帰ったら妻に教えよう。これで、妻との会話のネタが一つ増えましたよ。ありがとうございます」



「いえ、それほどでも。まあ、どんな理由であれ、家族みんなで豆を投げられるのは楽しいですよね」



 ハンドルを握りながら、彼らの未来を想像する。私の話が二人の会話のネタになれば、家中に笑い声が響くかもしれない。もしそうなれば、彼らのもとに福がやってきたことになる。「福はうち」の言葉通りに。

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