焼き芋好きのDJの受難

 今回の乗客は、先ほどから「焼き芋、焼き芋……」と、念仏のようにぶつぶつと呟いている。タクシーを運転する邪魔にはならないが、気にならないというわけではない。なぜ、焼き芋という言葉を唱え続けているのか。



 そんなことを考えていると、対向車線を石焼き芋屋が通り過ぎていく。「いしや〜きいも」という音声を流して。男性はハッとすると、「もうやめてくれ!」と叫ぶ。



 私はてっきり、焼き芋が好きだとばかり思っていたので、乗客の反応に驚きを隠せなかった。男性は私の考えに気づいたらしい。「石焼き芋が嫌いなわけではないですよ!」と、慌てて付け加える。



「石焼き芋は大好物なんです。でも、最近は石焼き芋屋に困ってまして……」



 石焼き芋屋に困る? 普通は大好物なら、困ることはないだろう。しかし、先ほどの反応からするに乗客が困っているのは本当らしい。



「大好物なのに困るのは、食べ過ぎてしまうからでしょうか?」



「いえ、そうじゃないんです。私は、DJをしているんです。今度、重要なラジオ収録があるんですが、石焼き芋屋の音声に困ってるんです」



「もしかして、収録中に近くを通って邪魔になるかもしれないと?」



 私はミラー越しに男性が弱々しげに頷くのを確認する。今度は当たったらしい。確かに、ラジオ収録中に石焼き芋の音声が入るのを避けるのには、収録を中断するしかない。しかし、それでは問題は解決しないと見える。それだけなら、乗客が困るはずはない。



「収録を中断するだけで解決しないのは、その後の予定が詰まっているからでしょうか?」



「ええ、あなたの言うとおりです。これでも、そこそこ売れているんですよ。あ、気にしないでください。あくまでも、そこそこなので。運転手さんが知らなくても当然なんです」



「なるほど、それは困りましたね。何かいい解決策があればいいのですが」



「さすがに『この時間は通らないでくれ』とは言えません。あちらも商売ですから……。最近は夢にまで出てくるんですよ、焼き芋が。いつもなら大歓迎なのですが、今回は事情が違いますからね」



 DJは「うーん」と天井を見上げて、何かいい手段がないか模索しているらしい。ちょうど赤信号になったため、私も自分なりに考えてみる。男性の言ったとおり、「通らないでくれ」という方法はとれない。あちらも商売だ。しかし、DJの男性も商売なのだから、困ったものだ。その時、私は一つの考えにたどり着いた。



「お客様、石焼き芋を買い占めるのはいかがでしょうか?」



「焼き芋を買い占める!? なぜですか? いくら焼き芋好きでも、買い占めても食べきれないですよ」



「買い占めるのにも理由があります。お客様の悩みは『収録中に石焼き芋の音声が入らないか』ですよね?」



「ええ、そうです」



「では、音声を流させなければいいのです。彼らは、焼き芋を売るために音声を流しているのですから、商品がなければ音声は不要になります」



「なるほど。買い占めてしまえば、音声が入る心配はなくなると」



 私は力強く首を縦に振る。



「そりゃ、名案だ! しかし、買い占めた焼き芋をどうするかが、次の問題になるか……」



 彼にとっては一難去ってまた一難なのかもしれない。困難というのには大袈裟だが。



「安心してください、それにも対策はあります。買った焼き芋をスタッフや近所の人に配るのです。そうすれば、あなたの好感度も上がるはずです」



 男性はポンと手を打つと「その手があったか!」と納得した表情だ。



「買い占めても、食品ロスにもならない。こんなアイデアは簡単に浮かびませんよ!」



「褒めていただき、ありがとうございます。お客様の困りごとを解決するのも、私の役目ですから」



「いやいや、運転手さんの役目ではないですよ。それじゃあ、『動く相談事務所』になってしまいます」



 私は心の中で「動く探偵事務所の方が正しいのだけれども」と呟く。



「問題は解決しましたね。めでたしめでたし。あ、運転手さん、あそこが目的地です」



 緩やかに減速すると、目印の有名ハンバーガー屋の前に横付けする。もちろん、邪魔にならないように。



「1060円か。じゃあ、2000円で。おつりはいりません」



「なぜですか?」



「問題を解決するしてもらったんですから、相談料ですよ。受け取ってください」



 そう言われても困ってしまう。男性の好意を別の形でもらうことはできないだろうか。



「……分かりました。では、出演されるラジオを教えてください。私も流行りに乗って、他のお客さんを楽しませたいですから」



「え、それだけでいいんですか? じゃあ、今からメモを渡しますね」



 男性の顔は「サインをください」と言われたように輝いている。



「ラジオの情報を書きました。あなたが聞いてくれるとなると、気合いが入りますね」と言いながら、メモを手渡してくる。気合いを入れすぎて、空回りしなければいいのだが。



「では、また会えたら感想聞かせてくださいよ!」



 男性の足取りは、困りごとが解決したことで軽くなっていた。彼が有名DJに上り詰めるかは、神様しか知らない。しかし、一つだけ確かなことがある。それは、彼が石焼き芋屋に困ることは二度とないということだ。

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