流れた記憶

憶乃つぶね

想起

 女性が泣きながら「~ちゃん、ごめんね」と、まるで五月蠅い目覚まし時計のように何度も、何度も叫んでいた。

子供ながらに、大人も大声で泣くんだなと感じたのを今でも覚えている。

 そんな彼女を横目に、僕は雲一つない夜空にまるでキラキラ光る宝石を散りばめたような星空をただ眺めていた。

星空を眺める僕に「夏はまぶしい星がいっぱいあって綺麗だよな、でも夏よりも綺麗に星が見える秋は、一等星が一つしか無いんだよ」と語りかけてきた大人がいた。

こんなにどうでもいい内容なのに、なぜだろう、今でもこの言葉を鮮明に覚えているのだから不思議なものだ。


そんなことをしていると、何人かが僕に何があったのかを聞きに来たのを覚えている。

僕は知らないとだけ返したら、彼らは別の人のところへ行ってしまった。

後で分かったが、どうやら彼らは記者だったらしい。

そんなことは、どうでもよかった。

ただ、何も考えずに綺麗な夏の大三角をただただ眺めるのが精一杯だった。


その日の記憶は、これしか思い出すことが出来ない。


それから、何日経ったのか忘れたが、3日は立っていなかったと記憶している。

仕事で忙しくて夜遅くまで帰ってこない上に、休みも全然取れないはずの父と何故か平日のドライブに出かけた。

お互いにずっと無言で、たいして綺麗でもない海岸線を走っていた。

1時間くらいたった頃だろうか、父がふと僕に「~ちゃんと~ちゃんってどんな子だった?」と問いかけてきた。


その時は、何でそんなことを聞いてきたかが分からなかった。

僕は「~ちゃんは空手が強いんだよ! 体も大きいし、ときどき意地悪するけど、何かあったら頼りになるやつなんだ」と意気揚々と答えていた。

続け様に、僕は「~はすごい変な奴なんだよ、ずっと辞書めくってて気持ち悪いんだ。でも、学校の授業は全部寝てるくせに、テストは大体100点なんだよ」と答えた。

あの時は、子供だったからもっと稚拙な言葉で返答していたかもしれないが、おおむねこんな返事をした記憶がある。


僕は、凄く楽しそうに話していた気がする。

でも、父は何も返してくれなかった。


それから、父が重たい口を開いたのは何分立った頃なのだろうか。

父は「彼らは、川から流れて死んだんだよ」と口にした。

それを聞いて、妙な納得感があったのだけは覚えている。

その時、具体的に僕は何を思ったのだろうか?

おそらくこんなことだろう。


どうやら、みんなで綺麗な川のそばのキャンプ場へBBQに行ったら川に落ちたらしい。


最初は、頭のいい奴がふらふらと川の淵を歩いていた。

確かに、そんなことをしそうな奴だったが、本当にやるとは思っていなかった。

本当に頭のいい奴だった。

彼の親も気になってIQテストを受けさせてみたら120くらいあったらしい。

皆が算数の勉強をしている中で、一人だけ数学を解くような奴だった。


たまに思うが、川に落ちたのが僕だったら、彼は今頃何をやっているのだろう?

数学者にでもなっているのだろうか?

それとも、頭のいい奴らの中では割と普通で、社会に出るころにはちょっと変わっただけの普通のやつになっていたのだろうか。

いずれにせよ、大学を中退した僕よりはすごいやつになってたのかもしれない。

そう思う日が何日あったのだろうか。

大人になってから考えても、あいつより頭が悪いというコンプレックスを植え付けてくるのだから本当に癪に障る奴だ。


そんな、彼が川に落ちたのを見て泳げもしないのに、真っ先に川に飛び込んだ奴がいたらしい。

それが、生意気な空手ボーイだった。


奴には仮がある。

なんてことはない、小学生にはよくあることだ。

BBQに行く何日か前に、奴と遊んでいた時だ。

プロレスごっこをしていた。

遊びだとはわかっていても元気が有り余っている小学生がやるプロレスなのだから

かなり白熱していたに違いない。

とはいえ、奴は体がでかかった。

さらには、空手までやっているのだから、僕に勝ち目なんてものはなかった。

奴は、そんな勝ち目のない僕のズボンを力づくではぎ取って、あろうことか2回の窓から捨てたのだ。

許せない、いつか倍返しにしてやろう。


そう心に決めていた。


それなのに、川で泳げもしないのに助けに行って帰ってこなくなった。

冗談はやめてほしい所だ。

返ってこないなら、いつ奴への借りを返せばいいんだ?


こんなことを実際に思ったのかは覚えていない。

しかし、夜空が綺麗な夏が来るたびにこのような事を思い出させるのだから、おそらくそう思ったに違いない。


あの時は、どうすればよかったのだろうか。

他の人は、釣り竿を頑張って伸ばしていたらしい。

でも、届くことはなかった。


近くにあったクーラーボックスを投げればよかったのか。

今となっては、どうでもいいことだ。

なのに、今でも考えてしまうのだから記憶というのは不思議なものである。


しかし、どうしてだろう。

炭で焼けるエビのいい香り。

親父の釣り竿を持ってきた親友の後ろ姿。

これらは、鮮明に思い出せるんだ。

なのに、見ていたはずの彼らが流れる場面だけはどうしても思い出せない。

どうやら、僕の記憶もまた流れたままのようだ。


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