私、国を裏切ることにした。

虹空天音

第1話 勇者になれない

「なんだこいつは。つまみ出せ」

「え……?」


 呆然。

 それしか、例えようがなかった。せっかく、ここまで頑張ったのに。この日を、待ちわびていたのに。


 目の前の、意地悪そうな顔と無駄に高級そうなローブをまとう試験官に、カッと怒りが募った。

 しかし、私は両腕をがっちりと固定される。


「⁉」

「ご退場くださーい」

「待って! 私は勇者試験を受けに来たのよ!」


 精いっぱい声を張り上げる。


「ぶっ……」


 私の腕をつかんだ男が吹き出す。

 ちょっと、何がそんなにおかしいっていうの⁉


「女が勇者になれるわけないだろ。大丈夫か? 女は家庭を守る。そして、勇者をサポートする。それが役割なんだよ」


 く……ありえない。

 ありえない、けど……それが許されてしまっているのが、現状。


 この世界は、はるか昔に全ての国の友好条約が結ばれ、だんだん「国」という概念もなくなった。

 だから、「~地方」というのは存在するけど、戦争はしない。


 ただ、丁度七百年前、突然邪悪なエネルギーが集まり、魔王という存在ができた。


 魔王は勢力を拡大させ、あっという間に世界の半分を支配した。

 このままでは、世界は滅亡してしまう。


 そんな状態で上がとった対策は、魔力を多く持つ天才児を勇者として教育して、魔王を倒す、というものだった。


「ちょ……やめ」


 押し出されそうだったので必死に抵抗すると、男は私のことを蹴った。

 吹っ飛ばされて、膝を擦りむく。


っ! うぁ……」

「ふん、うるせぇな。女は勇者になれねえ。これだけでのびちまうんだからよ」


 男は品のない笑い声をあげながら、また試験会場の門をくぐる。

 私は涙をこらえながら、傷のできた膝に手を当てて、魔力を込めた。


 傷が塞がり、痛みも消えて、うっすら浮かんだ涙を拭う。


 でも、ポロポロと隙間から涙が流れ落ちてきて、自分ではどうしようもない。


 勇者試験は、十二歳の、魔力量が一定値を超えた子供しか参加できない。

 だから、年に一回の勇者試験には、私はもう参加できない。


 勇者はみんなに好かれていて、崇められる。


 でも、最近は……。


「また勇者試験なんてやってるよ」

「勇者なんて、最低の存在よ。女性に全てやらせて、死なせてを繰り返しているんですもの」

「今までに出た数少ない勇者は九人……でも、最初の四人の勇者様だけが、真面目に戦ってくれていたわよね」


 私はうつむいた。


 試験で勇者が出ることはまれなこと。

 最初の四人の勇者様が、私を救った……私の憧れだった。


「あの四人の勇者様を、返してほしいわ」


 四人の勇者様は、魔王軍と奮闘して、――息を引き取った。

 もう、この世にいないのだ。


 そこから、勇者は質を落とした。

 上から貰える報酬のためだけに勇者になる、そんな人たちが大勢現れた。


 私が、変えたかったのに。


 涙を一生懸命こらえながら、たくさんの家の間を歩いた。

 私は、何もできやしない。




 ♦




「ミラ! どうして勇者試験なんかに行ったの⁉」


 ミラの母が、泣きじゃくるミラに駆け寄った。

 今日、ミラは試験のために、朝早くに家を抜け出したのだ。


「あんなところには行っちゃだめって、何回もあなたに伝えたわ。あなたが自分の魔力に自信を持っていて、努力してたのは凄いことよ。でも……」


 母は、悲しそうな顔でミラのことを強く抱きしめる。


「女の子は、勇者にはなれないの……」


 母のか細い声に、ミラは申し訳なくなった。

 あれだけ自分を思って、止めてくれたのに、聞かずに試験を受けに行ってしまった。


 しかしミラは、その中にどうしようもない怒りを感じていた。


 どうして女というだけで、勇者になってはいけないのか。

 勇者になるという夢を、子供の頃は「すごいね」と言ってくれた母も、結局は、蹴飛ばした男と変わりない。


 そう考えると、今まで我慢してきたことが、急に禍々しい何かに変わった。


 ミラは、泣きはらした目を見せないように、母の背中をポン、と叩く。

 母に悟られないように。この感情を我慢して、生きていくために。


「大丈夫だよ、お母さん。私、もう勇者なんて諦めるから」


 これで、ミラは、勇者になりたいという気持ちを封印したはずだった。

 だが、黒い感情は、ミラの内側で渦巻き続けていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る