損耗
思考が、ゆったりと流れる。この森のどこかに居るだろうと思っていたけれどあまりに急すぎる。
それに、最初に私が見た時と様相がかなり違っている。一瞬ユリアスだと解らなかった程だ。
服はボロボロだし、髪だってぼさぼさに伸びている。四日程度でそれだけ髪が伸びきるだろうか。たった一瞬だけ見ただけだから正確な容姿は解らないが、それでも彼はここまで髪は長く無かったし、ワイバーンの頭蓋を一撃で潰すだけの火力は持っていなかったと思う。そもそもそれだけの力があるのなら、テレポートで逃げるって判断には至らないはずだ。
フレンやメグリサネの攻撃で弱っているとは言え、フレンのあの一撃でも倒しきれなかったワイバーンをたった一撃で倒してしまった。
『ユリアス……っ! 辟。莠九□縺」縺溘?縺ュ??シ』
メグリサネが嬉しそうに彼に声を掛け寄る。
「止まれ!」
包帯を解いたままのフレンが、剣を杖代わりにしながらメグリサネを呼び止めた。先ほどの攻撃でもうガタが来ているらしい。フレンもかなり辛そうな表情を浮かべている。被弾していないはずなのに、腹を押さえているのは、やっぱり私が気を失っている間に受けたダメージでもあったんだろう。
「お前は、誰だ……ッ」
フレンは魔力切れの状態でそれでも剣を抜く。もう魔力障壁は貼れない。恐らく魔力によるブーストだったはずのあの超人的な動きももう出来ない。本来ならば撤退を選ぶ所だ。
ゆらゆらとユリアスが立ち上がる。傀儡の様な動きで、ワイバーンから剣を引き抜き、彼はこちらを見つける。
ぼぅっと彼の周囲に黒い渦が沸き上がる。その瞬間背筋を伝うひんやりとした感触。ずずずっと這い寄るそれが、そこに居る。
「空の器……?」
人に憑くとはそういう事か。黒い渦は手となって襲い掛かって来る。
『縺ュ縺??縺、ユリアスっ!』
メグリサネが彼の名を呼ぶ。だけどユリアスはその声には振り向かない。フレンは剣を振り上げ、襲い来る黒い手を切り落とし、距離を取ろうと飛び退く。
アレに死の概念は無いってフレンは言っていた。現に手を切り落とした所で新たな手が生えて来ている。死の概念が無いという事は不死という訳でも無い。死というモノが無いのなら不死であると語るのも間違っている。
対峙して解る。フレンが領域外と呼ぶその意味を。
それでも杖を振り上げる。
『騒げ、星の鼓動。
炎ではダメだ。ユリアスは既に地を蹴り駆けている。あれにフィアムを当てるのは至難だ。私には出来ない。だから、単純に手数の多いウォラムを放つ。弾丸の雨に等しいそれをユリアスは体操選手かのようにひょいひょいと避けフレンへと間合いを詰める。
フレンは剣を構えながら、ユリアスの剣筋を見極め、正確に剣戟を防ぐも、最後の一撃と言わんばかりの突きを剣で受け止め、身体ごと弾き飛ばされる。
「っグ、ぅ」
剣を地面に突き刺し勢いを殺し急停止すると、すぐに彼女は奔る。先ほどまでの速度は無いにせよ、彼女はユリアスへと間合いを詰め剣を薙ぐ。
「チィ……ッ」
避けられたフレンが舌打ちして、また距離を取る。下手に近づいては黒い手に捉えられてしまうと判断したんだろう。
「メグリサネ、テレポート!」
『縺ァ繧ゅャ?』
「でもじゃないッ! 自分が死ぬだけじゃない、キミは仲間に罪を重ねさせたいのかッ!?」
『──────ッ、隗」縺」縺』
メグリサネが杖を突く。テレポートの構えだ。一瞬躊躇ったのは、アレがユリアス本人であるからだろう。仲間を助けたい、だから今は引きたくない。だけどアレに対抗する術は持ってない。
フレンが駆ける。体力なんて残っていないだろうに、振り絞る様に走る。ユリアスが纏う黒い渦はその形を変えてフレンへと向かっていく。彼女はそれを最低限の動きだけで避けながら、ユリアス本体へと足を進める。
メグリサネをは詠唱を急いでいる。一方私は再びウォラムの準備を始めようとするが、フレンが居てこのまま撃てばフレンにも当たってしまう為何も出来ずに居る。ゲームと違ってこの世界の魔法は味方にも当たるんだ。そう簡単に撃ったら巻き込んでしまう。
フレンが剣を薙ぐ。ユリアスはそれを剣で受け止め、ギィィィィインッ! と金属音が響く。ギリギリと鍔迫り合いの後、ユリアスが下がる。フレンはそれを見て無理に突っ込む事はせず、その場で出方を伺っている。
メグリサネの詠唱が終わる。それと同時にフレンが私達の元へと引こうとする。だがユリアスはそれを許さない。彼から伸びた黒い手がフレンを追いかけ、その形を変える。まるで槍の様な形を取ったそれは、フレンを捉え一気に加速する。
「ク、ゥオッ!」
それをなんとか弾き返し、フレンは駆ける。とにかく駆ける。メグリサネの魔法陣まで十メートルも無い。数歩進めば届く。
その刹那、フレンの目が驚きに変わっていた。
「メグリサネッ!」
メグリサネの背後に手があった。気付かなかった。それは私が最初に見た本体らしきモノじゃなく、ユリアスから伸びたモノのはず。
その手は、フレンが最初に切り落としたモノ……ッ!
間に合わない。魔力障壁も、詠唱も、間に合わない! 黒い手がメグリサネに迫る。その手はもう一メートル程まで迫っている。
『ゥゥゥアゥァァァァァァアアアッ!』
メグリサネは杖を振り回し、テレポートを破棄する事無く背後へと杖を薙ぐ。
その行動で黒い手が引く事は無い。杖如きの打撃で引くはずがない。それでも、気取られた事に驚いたのか黒い手の動きが一瞬止まった。
それだけあれば、私だって魔力障壁を展開出来るッ!
魔力を放出して、二人を覆う様にドーム状に魔力障壁を展開し、迫る黒い手から身を護る。メグリサネのテレポートは待機状態にある。いつでも起動出来るはず。
フレンは私の展開した魔力障壁の上を走り、千切れた黒い手を叩っ切る。すぐに魔力障壁を解いてフレンが魔法陣の中に入ると、メグリサネがテレポートを起動させようとする。
その瞬間、
「しまっ……!」
フレンが吹っ飛んだ。
高速で駆けたユリアスが私ではなく、フレンを突き飛ばしたのだ。そう気付いた時には、私の視界はカット編集の様に一瞬暗転し、切り替わっていた。
「え────────?」
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