飛竜
「行くか」
フレンの合図で、メグリサネが頷いて杖を手にする。テレポートで移動すると言っていたから、その準備だ。私は彼女がどういった魔法を使うのかは知らない。テレポートを使えるだけでかなり優秀なんだよとフレンは教えてくれたが、この世界の優秀がどこからどこまでなのかもわからない。
『髢九¢縲∵弌縺ョ邏九?ょ慍閼域オ√k繧区弌縺ョ鬲ゅh縲∬◇縺代?よ?縺檎ケ九℃繧帝□縺丈シク縺ー縺帙?る□縺上??□縺上??□縺上??□縺上??▼縺矩□縺冗ケ九£縲∫ケ九£縲らエ?縺ォ鬲泌鴨縲∵懇縺舌?鬲ゅ?諱ッ縲よ腐縺ォ髢九¢縲∬サ「遘サ縺ョ髢?』
杖の先で地面を突くと、魔法陣が足元に描かれる。私が使うのと同じように回転を始め、その回転は新たな紋様を生み出す。
『逶ョ繧堤梠繧峨↑縺?→驟斐≧繧上h』
彼女が何か言った瞬間、フレンが私の眼を両手で覆う。
「何も見えないんだけど」
ちょっと抵抗するとすぐに放してくれる。どうやらテレポートは上手く発動出来たみたいだ。前みたいな発作も起きていない。大丈夫だと解っていたけれど、少し不安だったんだ。
森の中。昨日見たクリオスの遺体の近く。本当に一瞬でテレポートしてしまった。一度目はあまり状況を把握出来ていなかったからもう一度体験して、なんというか不思議な感覚になってしまった。カット編集されたかのように、私の視界が切り替わる。
「流石、テレポートは一瞬だねぇ」
フレンは関心しながら周囲を見渡す。
『縺昴l縺ァ縲√←縺薙↓繧ッ繝ェ繧ェ繧ケ縺鯉シ』
「すぐそこだね。警戒は怠らない様に。クリオスの遺体を確認したらすぐにテレポートの準備をしてくれ。先にギルドカフェへと運ぶ」
『莠?ァ」縺励◆繧上?ゅ≠縺セ繧企屬繧後↑縺?ァ倥↓縺ュ』
周囲は木に囲われていて、視界が悪い。空気はとても澄んでいて美味しいのだけど、どこから魔物が来るかもわからない。フレンはどうやって魔物を探知しているんだろう。昨日だって、アルゲンタイガーと鉢合わせる前に気配に気付いていた。
「行くよ」
フレンに着いて行きながら一応自分でも周囲を警戒してみる。小鳥の囀りが聞こえる。この囀りも魔物の物だったりするんだろうか。魔物と動物の違いが解らない以上、泣き声聞いても無駄か。足音だとか、もしかしたら感じられるかもしれない魔力を探すのが一番なのかもしれない。
『縺薙%縺ッ隕九◆險俶?縺後≠繧九o縲ゅ⊇繧峨?√%縺薙↓繝ヲ繝ェ繧「繧ケ縺ョ蜑」縺ョ霍。縺後≠繧九o』
「ここでも戦闘があったのか。キミ達、魔物を避けるとかしないの?」
『隱ソ譟サ縺ィ縺励※縺ッ縲?ュ皮黄縺後←繧後¥繧峨>蠑キ縺上↑縺」縺溘°繧ょ性縺セ繧後※縺?◆縺ョ繧医?ょ?譚・繧矩剞繧頑姶髣倥ョ繝シ繧ソ繧貞叙蠕励@縺ヲ縺翫″縺溘°縺」縺溘?縲ゅ◎縺ョ謌ヲ髣倥ョ繝シ繧ソ繧ょ、ア縺上@縺ヲ縺励∪縺」縺溘¢繧後←』
二人で何か話している。何の話だろう。二人がそうして話しているという事はやはり周囲に魔物の気配はないんだろう。あまりに余裕がありすぎる。
ただ、なんだろうこの胸騒ぎ。魔物の気配はないみたいだけど、なんでか心がざわざわする。平和な森と言った印象なのにどうしてか、ずっと気配がするというか。でも二人は気付いていない。
何だ? 何が私を見てる?
「……………………」
「いつき?」
「……………………」
なんだ? 何が、
「────────ッ! いつきッ!」
突然声を荒げたフレンが私を呼びながら私を突き飛ばした。
「え────?」
瞬間、眼前に急速落下してきた何かがあった。あまりに巨体なソレは私をギロっと睨む。
身体が硬直する。蛇に睨まれた蛙の様に私の身体は動かない。
フレンに着き飛ばされていなければ、死んでいたと思う。それが何なのかは、見てすぐに解った。
「ワイバーン……」
私が目を覚ました時に眼前に迫っていたソレがそこに居る。私を突き飛ばしたフレンが、剣を手にし、ワイバーンの急襲から剣一本で身を護っている。よく見ると魔力障壁も展開しているようだ。
「いつかは相対すると思っていたが……ッ!」
フレンは剣を振り上げ、ワイバーンを弾き飛ばす。魔力障壁に使っていた魔力を外側へと弾けさせ、ワイバーンを弾き飛ばしたのだ。
私はまだ恐怖で身体が動かない。
ワイバーンはどすんっと着地して、フレンを睨んでいる。ワイバーンの目的は予めフレンから聞いている。あれが空の器によって操られている可能性が高く、そしてその狙いはノエルの身体であると。だったらどうしてワイバーンは私ではなくフレンを睨んでいる? フレンが居てはノエルの身体を奪えないと判断したのだろうか。
「宝剣、
フレンが剣の包帯を解く。ファサっと音を立てながら解かれた包帯は彼女の右腕にぐるぐると巻かれる。覗く刀身は銀色に輝いている。
フレンは私の方へと飛び退いてワイバーンから距離を取る。メグリサネは、木々を縫うようにしながらこちらへと向かっている。
いつか戦う覚悟はしていた。私が帰るには乗り越えないといけないとも。だからここで怯えているだけじゃダメだって解ってる。
でも、その目に睨まれるだけで恐怖が全身を硬直させてしまう。生物的に絶対に勝てないという恐怖。本能が逃げろと叫んでいる。いくら魔法が使えたからと言ってこんなのに勝てるビジョンなんて思い浮かばない。
「ガルシャァァァァァアッァァ────────ァァァァッァアアアアッ!!」
ワイバーンの咆哮が森中に響く。魔法的な効果というより単純に煩すぎる。思わず耳を塞いでしまう。音は魔力障壁でも防げない。一番厄介な攻撃なのかもしれない。
硬直した身体を無理やり動かして詠唱を始める。メグリサネも詠唱に入っている。私の火の球がワイバーンに通じるとは思えないが、それでも死にたくないしなんとかするしかない。
フレンが駆ける。ワイバーンは翼を広げ、無数の魔法陣を展開する。
「────────ッ」
やっぱり生物としての格が違う。魔法もフィジカルもずば抜けている。魔物の中でも最上位の存在だ。三人なんて少人数で勝てるはずも無い。
でもやるしかない。やるしかないから戦うしかない。
作り出したのは
駆けたフレンがワイバーンの
「……ッ! ぅ、ラッ!」
飛び上がったフレンが、ワイバーンの頭部に剣を叩きつける。ドッゴンッ! とワイバーンの頭が地面へと叩きつけられる。だけどダメージが無い。どうやら魔物も魔力障壁を展開出来るらしい。フレンの攻撃を魔力障壁で受け、衝撃だけを地面へと逃がした。上手いな。
メグリサネが魔法を放つ。それを見計らって私も魔法を放つ。同時に当たればダメージくらい通るだろうと思ったが、フレンの攻撃から守る為に使った癖にまた魔力障壁を張っている。
「はっや」
ダメージを与えるどころか、攻撃が当たっていない。避けるとかそういう事をしてくれるならまだ希望もあるけれど、魔力障壁に守られては測れるモノも測れない。避けてくれるならば当たればダメージになるかもしれないって希望を見出せるけれど、簡単に魔力障壁で防がれては……。
フレンは私達の魔法が防がれたのを見て、再び駆ける。一歩、二歩、三歩と加速して、最高速度に達した瞬間ワイバーンと激突する。速度もパワーもワイバーンに引けを取らない。問題はあの魔力障壁だ。
突如として接敵してしまった以上、ワイバーンの対策を出来ていない。ワイバーンがどんな動きでどんな攻撃をしてくるのかもわからない。下手に動けば死ぬ。今はフレンが注意を引いているから何とかなっているけれど、少しでもこちらに注意が向くと私の魔力障壁如き簡単に食い破ってしまうだろう。
「くそ、流石に硬い。アレを突破するには……」
飛び退いたフレンが一人ぼやいている。
「ガルシャァァァァァアッァァ────────ァァァァッァアアアアッ!!」
咆哮が再び轟く。相変わらず煩い。その咆哮が終わると同時に、ワイバーンの口元に魔法陣が描かれる。
周囲のエーテルが冷ややかに囁いている。あれを喰らうとマズイ。解っているけれど、魔力障壁で防ぐには厳しいだろう。何よりここは森だ。先ほどの
ワイバーンの口元に魔力が集中する。やはり作られるのは火球。それもフィアムみたいな小さいモノじゃない。恐らく
『莠御ココ縺ィ繧る寔縺セ縺」縺ヲ繝?シ』
叫ぶメグリサネは詠唱を行っている。何をする気か解らないが、私はフレンに抱えられ、メグリサネの後ろに降ろされる。
『螟ァ縺?↑繧句多縺ョ貅舌h縲よ弌繧堤ケ九$豌エ縲∵?縺??蜈ィ縺ヲ繧呈款縺玲オ√☆豼∵オ√h縲よ?縺悟」ー縺ォ蠢懊∴繧医?ょ?霄ォ繧貞キ。繧矩ュ泌鴨繧貞ッセ萓。縺ォ縲∵?縺瑚コォ繧定ュキ繧顔オヲ縺医?ゅ&縺∽サ翫%縺晄?縺梧ーエ螢√→縺ェ繧翫?∵弌縺ョ諢乗?昴↓蠢懊∴繧医ャ?√??繧キ繝ャ繝シ繝後ャ?』
メグリサネの長い詠唱の後、地面から勢いよく水が溢れてくる。魔法によって生み出された水がメグリサネの前に壁を作る。湧き出し続ける水全てが壁となるべく登っている。
ワイバーンの口元の火球はその規模を増していく。その熱だけで溢れ出した水が温まって蒸発してしまう程。蒸気の所為で息が詰まる。
火球を飛ばしてくるのだと思っていたが違う。あれは、ブレス攻撃に似たモノ。咆哮が轟くと同時に火球から火炎放射の様に炎が伸びている。それが水壁にぶつかって水が蒸発し、同時に炎も消えている。
水が蒸発し続ける音が鳴り続く。蒸気に肺をやられそうだ。百度近い蒸気が肌を焼く。魔力障壁を展開しても熱は伝わって来る、意味の無い事はしない方が良いだろう。
フレンは剣を構える。このブレスが終わったら速攻仕掛ける様だ。都合の良い事に、蒸気がスモークの役割を果たしていて、こちらの動きはワイバーンからは見えないはずだ。
フレンが駆ける。まだブレスは終わっていないが、それでも彼女は駆けた。高速で駆けた彼女は水壁を勢いのまま突破して、展開した魔力障壁でブレスを弾きながら、ワイバーンへと間合いを詰める。
「口を閉じて拝せよ、飛竜の王ッ!」
炎を切り裂き、フレンが飛び上がる。魔力が剣へと集まり、剣先が星の様に瞬く。その一瞬の閃光の後、頂上に達したフレンが叫ぶ。
「絶技」
そうしてようやくワイバーンはフレンを認知した。火を切り裂き飛び上がった彼女を燃やし尽くさんと、そのブレスをフレンへと向ける。
「
放たれたそれは、剣戟というより飛ぶ斬撃の様なもの。恐らく、魔力を飛ぶ斬撃として放出し、前方を薙ぎ払うモノ。その斬撃は確かにワイバーンの魔力障壁をズドンッ! という音と共に破壊した。
魔力障壁……? いや、そりゃそうだ。私に出来た事がワイバーンに出来ない理由も無い。
「メグリサネッ!」
呼ばれた彼女が慌てて杖を構え直し詠唱を始める。
『荳?縺ッ蜴溷?縲∽コ後?蟋狗・悶〒荳峨?邨らォッ縲ょ屁縺ッ髢矩里縲∽コ斐?譽?唆縲ょ?縺ッ辯?∴蟆ス縺堺ク??譏溘→謌舌k縲ょ?縺ヲ繧定イォ縺乗ァ阪→謌舌j縺ヲ縲∵?縺瑚?縺ッ謾セ縺溘s縲ゅ&縺√?∵弌驕斐h縲∵?縺碁ュ泌鴨縺ォ蠢懊∴縲√%縺薙↓蜉帙r遉コ縺帙?よ姶轣ォ謚懷?縲∵・ュ轣ォ轤守⊂』
メグリサネの長い長い詠唱の後、彼女の周囲に炎の槍が創り出される。フィアム等の基本的な魔法ではない事は視て解る。今炎を撃って大丈夫なのかって疑問もある。だけどそれよりも彼女の魔力容量に疑問を持ってしまった。
生成された槍は一本じゃない。十にも及ぶ数の槍が彼女の周囲で待機している。その魔法の規模から消費する魔力は膨大のはずだ。テレポートがどれだけ魔力消費をするのかは解らない。だけど、テレポートよりも長い詠唱だった。
炎の槍がワイバーン目掛け飛んでいく。フレンはそれらをきちんと避けながら、ワイバーンへと追撃を行っている。
一方私は何も出来ずに佇んでいる。
『──────ッ、!』
メグリサネが少し苦しそうな顔をする。やはり消費した魔力が多すぎたんじゃないのか?
槍が直撃する。魔力障壁を一度割られて、再展開が遅れたんだ。槍はワイバーンに直撃すると同時に、その高温でワイバーンのウロコを焦がし、更には突き刺さり裂傷を与える。
「グルガァァァァ──────────────ァァァアアアッ!」
ワイバーンの咆哮。痛みによるモノだと信じつつ、私は杖を構える。構えた所で私に何か出来るとも思えない。私のちゃちな魔法が通じる相手じゃないという事は今ので解り切っている。攻撃を行おうにも、有効打にならないのなら無駄撃ちだ。
ワイバーンの口に再び魔法陣が描かれる。
「──────────ッ!」
ワイバーンが天を仰いだと思った瞬間、その魔法は完成している。あまりに速い。これでは先ほどの水で身を護る事も出来ないッ!
あんなの当たれば即死だ。燃えカスになって助からない。油断じゃない。単純にワイバーンの方が何倍も強いだけの事。
その魔法は私ではなくメグリサネに向いている。当たり前だ、私よりも魔法の扱いに長けたメグリサネを狙うのは道理。
「……………………」
私は、最低だ。
矛先が私じゃないって、安心した。それはつまり、メグリサネなら死んでもいいと思ってしまったという事だ。
それは、ダメでしょ。
例え私を嫌っていたとしても、知っている人が死ぬのは嫌だ。何より、ここで安心して見殺しにしたらノエルに合わせる顔が無い。
何を言われたか解らないんだから、罵詈雑言なんて言われてないのと一緒だ。目は口程のモノを言うけれど、そういえば私、目なんて見てないし。適当言っただけだし。
「だから……ッ!」
メグリサネは先ほどの魔法の反動か、動けないでいる。このままだと本当に灰にされる……ッ!
恐怖は人を鈍らせるというが、今更感じる恐怖なんて蹴とばせる程度でしょ私ッ! あの黒い手に比べれば全然マシだ。知らない世界で一人だけってより何倍もマシだ。
だから走った。私の魔力障壁じゃ防げないかもしれない。だけどやるしかない。やるしかないんだよッ!
『ノエル……?』
違う、私はノエルじゃない。私はいつきだ。だから、こうして助けないとって思ったんだ。私は魔法になんて憧れない。魔法が使えた所で強くなれない。
全身から魔力を放出する。全方位は要らない。私の前方だけで良い。だからより強固に魔力を編め。火も熱も通すな。感覚は掴んでる。後は再現するだけだ……ッ!
杖を地面に着き刺し、体重を預け集中する。魔力を前へ。
私が弱いのは百も承知だ。これで失敗したら、ノエルの身体ごと私も死ぬと思う。ノエルには申し訳ないと思うし、フレンに対しても目を合わす事は出来ないと思う。でも、ここで指咥えて見てるだけじゃ、ダメでしょ。
ノエルだって同じようにしたはずだ。フレンだって同じようにしたはずだ。だから、私だって、誰かを護れるのなら、護りたいっ!
蛮勇だと、愚かだって馬鹿にされたってそんなのどうでも良いッ! やれる事はやる。じゃないと帰れないッ!
「ぅぅぅぅぅうああああああぁぁぁぁぁぁぁっぁああッ!!」
放出した魔力が強固な壁となって前方を覆う。幾重にも重なるその障壁は、ワイバーンが放つブレスを防いでいる。
ギギギギギギ……パリンッ、と魔力障壁の一枚が破られる。
パリン
パリン
パリン
少しは耐えているけど、やっぱり強度が足りない。魔力障壁が少しずつ破られる。
パリンっと割れる音が死へのカウントダウン。
「嫌だ、死にたくないッ! 死にたくない、から、だからッ!」
魔力を更に放出する。破られたのなら補充すれば良いッ! 例えそれが身を削る行為だったとしても、後悔したくない!
フレンは駆けている。私が何とか耐えているのを見て、ブレスを辞めさせようと剣を脳天に叩き込む。
「ガルシャァァァァァアッァァ────────ァァァァッァアアアアッ!!」
その咆哮と共に更にブレスが強力になる。
一気に魔力障壁が破られる。死へのカウントダウンが急速にゼロへと近づいている。
「くぅ……っ、ぅぅうあぁぁぁぁあッ!」
耐火扉を思い出せ、あれくらいの強度を、障壁にッ!
もっと緻密に、並べるだけじゃダメだ、編むだけじゃダメだ。重ねて繋げてより硬く、より強くッ!
杖にしがみつく様にしながら、魔力を一点に集中させる。そうだ、割れば良い。全てを防ぐのではなく、私とメグリサネが居る部分だけ火が来なければ良い。
壁じゃなくて良い。柱で良い。柱でブレスを割れば、火はここまで届かない……ッ!
正直賭けだ。これで本当に割れるかもわからないし、簡単にへし折られるかもしれない。だけどこのまま壁を展開しつづけてもいつかは突破される。フレンも頑張ってくれているけれど、でもダメだ。
「いちか、ばちかッ!」
杖を持ちあげ、もう一度地面に着き刺し、更に多くの魔力を放出する。私の体積以上は出したんじゃないかって程の魔力を一点に集め、柱を作り出す。魔力の透明の柱。それが炎を割る。あまりに高温なそれが、私の肌を少しだけ焼いた。周囲の木々は燃えて炭になっている。
ブレスは割れる。私とメグリサネの居場所だけが綺麗に炎が避けている。これなら、行けるでしょ!?
そして、ようやくブレスが止まる。温められた空気が肺に入って熱い。呼吸が浅い。意識が少しぼーっとしている。
『ノエル……っ!』
「だから、違うって、ば」
杖で体を支えながら通じない言葉を呟く。
「二人ともッ!」
フレンが叫ぶ。見るとワイバーンが羽ばたいている。その巨体を宙に浮かせ、空へと加速する。その衝撃だけで吹き飛ばされそうだ。強風に煽られたような感覚の後、フレンの剣が再び輝いた。
撤退? じゃない。ワイバーンは森の遥か上空で旋回した後、最早落下ではないかと思う程の速度で滑空し、私達へと突っ込んでくる。
あれは無理だ。魔力障壁では防げないッ! かと言って逃げるのも間に合わない。
「撃ち落とす……ッ!」
フレンが木々を蹴り、ワイバーンを迎え撃つように跳ぶ。
「
その瞬間まるで世界が瞬いたかのような閃光が奔った。
一つのほうき星があった。剣が眩い輝きを放ち、私の視界から彩を奪う。それはあまりに綺麗で、空に浮かぶ宝石の様で──
飛び上がったフレンとワイバーンが激突する。状況的に見れば圧倒的にフレンの方が不利だが、その輝きはその圧倒的不利さえも跳ねのけそうな安心感を抱いている。
ズッガァァァッァァッァァァァアンッ!
爆音が上空を覆い、その衝撃が私達にまで届く。
「かっはっ!」
フレンが落ちる。ワイバーンも勢いそのままに軌道を逸らし、墜落する。
「フレンっ!」
彼女の名を呼ぶと、フレンはひゅるりと身体を翻し見事に着地する。まるでアクション映画でも見てるようだった。ヒーローの様に着地した彼女はワイバーンが墜落した方向を見つめている。
ただ、彼女の顔は青い。見て解る。魔力欠乏だ。最早使える魔力なんて残っていないのだろう。
あれだけの攻撃なんだ、当たり前だ。寧ろメグリサネの様に吐いてしまわないだけとてつもない胆力だと思う。
「グルガァァァァァァッァァァアアアアッ!!」
ワイバーンの雄叫びが聞こえる。
木々をなぎ倒しながら、ワイバーンは這うように私達へと向かって来る。
「まだ、来るのか……ッ!」
流石のフレンももう戦えない。私は戦力外だし、メグリサネもこれ以上魔力を消費してはテレポートが使えなくなるだろう。
一瞬にして全力を使い果たした。全力で立ち向かわなければ、もっと早く死んでいただろう。良くやったじゃないか。良く抗ったと思う。
翼はボロボロに破れ、それでもワイバーンは這いながら私達へと向かう。どうしてそこまで向かって来るのだろう。最早飛ぶ事も出来ないはずだ。それでも獲物を逃さんと向かって来る胆力は、敵ながら天晴だと思う。
逃げてくれれば、痛み分けって事で何とかなったのに、あれは確実に私達の実力を把握した上で行動している。
もう何も出来まいと踏んで、最早魔法さえも無く、ただフィジカルのみで圧倒できると、そう踏んだのだ。
あの巨体がぶつかって来ては魔力障壁も意味を成さない。物量で押されてはさしもの障壁も簡単に壊れてしまう。
詰みだ。私達にワイバーンを倒せるだけの力は無かった。フレンの言葉を借りるなら、運が無かった。
その巨体が眼前に迫る。
その強靭な顎が開かれ、私達を食い殺そうと涎を垂らしている。
もうダメだ。もう手段が無い。私の魔法を撃ってものけぞる事さえしないだろう。
「……………………ッ」
それでもやらない訳にはいかないってさっき言った!
最後かもしれない勇気を振り絞って杖を振り上げる。
『騒げ、星の鼓動。
最早火だとか雷とかそんな気を遣っている場合じゃない。とにかく、魔法を撃って、ワイバーンを後退させ──────
ズドンッ!!
短く、轟音が響いた。
「────────────え?」
ワイバーンの頭が地面に叩きつけられ、潰れている。ほんの一瞬の出来事に頭が追い付かない。フレンさえも、呆気に取られている。ただ解るのはどう見たってワイバーンが即死した事。そして、
『……ユリアス……?』
私がこの森に来て感じた気配が一気に濃さを増して、私を睨んでいる事のみだった。
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