颯は知らせを受ける
「――ナクナッタ?」
未知の言語に触れたように聞いた言葉が意味を結ばない。
そんなぎこちない颯の反応に、咲の母は淡々と答えた。
『亡くなったといいますか、亡くなった“らしい”といいますか……』
おそらく颯に話す前に何度も繰り返してきたセリフなのだろう、無感情な口調に似合わず滑らかに詳細を語った。
『一応、行方不明ということになっています。ただ、無事でいる可能性は低いと言われました』
言葉の意味がじわじわと染み込んでくる。
「いったいなにが……?」
『海に落ちたようです。警察によると、事件や自殺ではなく、事故のようだとのことでした。磯で遊んでいた地元の子供が、落ちていたスマートフォンを見つけて、近くの交番に届けたらしくて』
その地名は颯のマンションから数分の、コンビニの前の道路を渡ったところにある海岸だった。
『私が電話をかけたらお巡りさんが出て。私もね、あの子が落し物をしただけだと思ったんですよ。お付き合いしている方がその辺りにお住まいだとは聞いていましたし。だからね、ひとまず私が受け取りに行って。あとは、咲が帰ってくるか、スマホを落としたことに気付いて自分の番号宛に電話をかけてくるのを待っていればいいって思ったんです。でも――』
帰ってこなかったんです、と声にならない声が聞こえた気がした。
颯は深く息を吐く。ひどく苦しかった。
『よく、警察ってなかなか動いてくれないっていうじゃないですか。でもね、そのお巡りさんはね、なんか引っかかるものがあったとか言って、スマホの落ちていたという磯の辺りを見に行ったんですって。私は頼んでないのよ。だって咲になにかあったなんて思いもしなかったんですもの。なのに、お巡りさんったら、頼んでもいないのに……』
滑らかだった口調が乱れた。
『浅瀬にね、なにか沈んでいたんですって。結局それは咲のバッグに入っていた化粧品とかそういう水に浮かないような物とかだったんですけど。落としたばかりだから流されもせず、砂に埋もれもせずに見つけられたんだろうって。そんなこと、どうでもいいですよ。それからなんだかんだって警察の方で勝手に進めて、最終的には――』
行方不明。無事でいる可能性は低い。そう言われたとのことだった。
その口ぶりは、もう――。
座っているはずなのにグラグラと揺れている身体を持て余しす。
咲の母は、
『だから』
と妙に明るい声で言葉を続けた。
『あなたの方に咲から連絡あったら、必ず知らせてくださいね』
背筋がぞくりと冷えた。
今しがた絶望的な事故の報告をした口で、まるで咲がまだどこかで元気にしているかのような物言いをする。希望的観測を語るその様子から、咲の母が現実を受け入れられていないのは明らかだった。
そして自身の電話番号を告げると、電話は切れた。
咲からの連絡が? 俺に? あるはずがない。この一週間で思い知ったばかりだ。俺たちをつなぐ糸がどんなに細く頼りないものだったのかを。
いや、そうじゃない。そういう問題じゃない。
咲の母のように望まない事実から目を背けられたらどんなによかっただろう。しかし颯には現実が見えてしまっていた。
警察から告げられた言葉。あれの意味するものは、もう――。
颯は狂った獣のように吼え続けた。
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