リア充狩りのサンタ

轟 和子

リア充狩りのサンタ

ある街に、クリスマスを心待ちにしている少女が居た。初めて出来たボーイフレンドとの、初めてのクリスマス。待ちきれなくてクリスマスのために買ってもらったコートに袖を通す。夜の大通りに出れば、世界は柔らかく光っている。耳をすませるとクリスマスの足音が聞こえてくるようで、彼女は小躍りした。


光の先に彼の姿を見たのはその直後のことである。


今日は夜まで家の手伝いだと言っていた。ここには居るはずの無い彼。買い出しかな。それとも用事が早く終わって逢いに来てくれたのかもしれない。そう思った少女が大きく手を振ろうとした時、同じように彼に手を振る人が居た。彼はその人を見つけると、私には見せたことの無い、まるで仔犬のような笑顔で駆けて行く。


そこに居たのは少女の親友だった。クリスマスまでどっちにも相手が現れなかったら、当日はどちらかの家でパーティーをしようと約束していた。相手を見つけてしまった少女の謝罪も快く受け入れてくれた、大切で大好きな友達だった。二人は手を繋いで、光の中に消えていった。少女と一緒にいる時の彼は、いつも冷静でクールな男だった。


川の中に映りこんだ光の街は不規則に揺れ動いている。プレゼントを買いに行こうと思っていたお洒落な雑貨店はもう閉まってしまった。お小遣いを全部詰めてきた財布はいつもより重かった。何気なく漂っていたスマートフォンの海に、親友のSNSが流れ着く。一人分の料理が不自然に切り取られたその場所は、少女が「良さそうな店だけど値段が高過ぎるから」と断られたレストランだった。リーズナブルな店だったが、中学生の少女たちが行くには少し背伸びしなければならなかった。


少女は電話帳を開いた。どっちに連絡しよう。どうやって問い詰めよう。まだレストランにいるのかな、それとも店を出て夜の散歩の最中かな。


いや、そうじゃない。


私が居なくなれば、二人は幸せになれる。


二人とも、私の大好きな人なんだから。


もう、それでいいじゃない。


私がどうしたって、


もう戻れないんだから。




「街で一番、いいや、世界で一番の優しい心を持った子だったんだ。え、おぅ、よく思い出したな。その通りさ。リア充狩りのサンタの話はここで終わりじゃない。なんてったって主役がまだ出てきてないからな。」


娘を失った両親は真っ暗になった世界の中で泣き続けた。気を病んだ母は後を追い、父は一人残された。二人分の遺書を前にした父は、あの時何を思っただろうな。それでも父は、その男を責める事などしなかった。娘がそれを望んでいない。そんなことは分かりきっていたからね。

四年後の十二月、父が仕事場の店先に出たところに、その二人は現れたのさ。笑ってたよ。俺が挨拶したらさ、言うんだ。

「この前がちょうど四周年だったんです。受験真っ只中なんですけど息抜きで。ほら、好きな人と一緒だと苦しみとか全部飛んでくじゃないですか」


何も知らないって幸せだな。俺はそう思ったよ。幸せな人間ほど、周りが見えなくなる。見えないからこそ、幸せになれるのかもしれない。誰かの苦労とか絶望とか、苦しみの上に立って楽しそうにしてる奴に限って純粋な目をしてるんだ。世の中自分たち二人の為に出来てるって勘違いして、登ってる山が自分らで生み出した屍で出来ていると気づかないまま登りきったねおめでとうやったねって喜ぶ。そういう奴ばっかりだ。


「爆発しちまえばいい」



「そのとき私は気がついたの、今目の前にいる語り部が、リア充狩りのサンタ本人だって。私はとにかく走って逃げたわ。家に帰ってすぐ家族にも話した。でも信じて貰えなかった。兄に至っては大笑いしていたわ。そんなの作り話だってね。でもそれからすぐに兄の恋人が居なくなってしまったの。流石に焦った兄は、私たちが止めるのも聞かずに家を飛び出して、そのまま帰ってこなかった。あのおじさんも、店ごと引き払ってどこかへ行ってしまった。」

「ちょっとまってよ! なんでそんなにこわい思いをしたのに、どうしてお母さんはお父さんとつき合って、けっこんしたの?」

「もし私が怖がって心を閉ざしてしまったら、誰かを好きになって、一緒にいることが悪いことだって認めているみたいで悔しいでしょ? 私は思うの。自分たちの幸せのために、誰かを踏み台にしたり声を無視したり、不誠実な態度をとってはいけない。それは間違ってない。恋は盲目って言うぐらいだから、そうなってしまう可能性が無いとは言えないわ。でも、周りの皆に支えてもらいながら、大好きな人と幸せになれるのなら、それが一番素敵なんじゃないかしら。難しいことだけれど、やってみる価値はあると思うわ。さあさあ、チキンが焼きあがったわよ。みんな座りなさい。」

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リア充狩りのサンタ 轟 和子 @TodorokiKazuko

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