アリシアに魔法を教えてみる

 陽の光に透け輝く金髪の美しいアリシアはボクの幼馴染だ。

 そして将来魔王のお嫁さんになってしまうらしい。

 そんな未来を避けるために、ボクは彼女を勇者と恋仲にする。

 なんか物悲しい。

 だけどそうしないと村も危ないらしい。


 恋仲がどういうことかっていうのはウチの父親ヨークと二人の母親パウラとメノーを見ていればわかる。

 仲が良すぎて結構騒がしい。

 騎士階級であれば、男児の四五人いて領地を安泰にするのが仕事みたいなものだから、ヨークがまだ二十といっても、子供がボク一人というのは実はちょっと遅めでもある。農民の娘なんてのは昼飯食べながら尻を剥いているもんだし、若い衆なんてのも暇さえあれば娘の腰を抱えている。


 しかし騎士階級ともなれば、流石にそれはどうかという程度には抑えも効いている。


 というか、騒ぎが起こってないならそれでいいんだが、たいてい騒ぎが起こっているから、それどころじゃないってのがだいたいらしい。

 村の中でもヨークが馬で巡っていれば、口説き方が悪いだの腰の抱き方が気に入らないだのという話から男女の痴情のもつれが喧嘩になって仲裁に飛び入ることになったりする。

 働き手は多いほどいいし血縁知縁が濃いほうが家は強くなる。都会やまちなかならともかく農村であれば結婚をしていない女を家に入れてはいけないという話もないし、その女がはらんでいても気にしない。


 そういう農民の常識で言えば、二人しか女を置いていない我がご領主家は、ちょっとばかり気合が足りない、ということになっている。


 尤も、ボクが大したものだというのは教会でいろいろな人々が口にしているらしく、祖父であるペルゼン伯爵も冒険者をしていた五男坊の領地の話でくちばしを突っ込んではまだ来ていない。それに村の今の収穫高を考えれば、我が家が人を増やす余裕はあまりない。

 パウラとメノーも領主の妻だからと代官の代理ようなことを差配させられていれば仕方ない。家の土地を小作に耕させているが、小作と言っても出来の良し悪しはある。


 開拓村というのも要するにペルゼン伯爵領からの流刑のようなものでもあって、あちこちの農民の三男四男という連中や伯爵家で扱いきれなくなった用人たちがひとまずの家を求めてということであったから、一応それなりに揃っているような揃っていないような、ということでもあって、村の中のいざこざがいつ火を吹きかねないという状況でもあった。


 そこを舐められない程度にうまく取り持っているのが、伯爵の五男で冒険者として名を馳せたヨークとそのパートナーのパルラとメノーの三人だ。

 実際に彼ら三人がいることで、野獣の被害は例年ほぼない。


 腕利きのパーティーのリーダーヨークをパルラがボクを妊娠したことで落としたという事になっているが、それでは腹の虫の収まらないメノーがヨークに決闘を挑み、二人目に収まった。

 今はとてもそんな風には見えないが、かつては週に数回家が壊れていた時期もあるらしい。


 そういう実力の折り紙付きの子供であれば当然に才能を嘱望されていて実際に長男であるボクは神童とされている。ステータス上は職業なし、だったけど、教会だともうちょっと違う見え方をしたのかも知れない。


「教会だと公開ステータスの表示がされるからな。現在値からの期待範囲が示される」


 ステータスとF12を出してステータス/p


「神童って書いてある。どういう意味?」

「ヘルプステータス/神童って言ってみろ」


「ステータス神童。就学前年齢におけるステータスの上昇率が2~5倍に拡大する。就学後成年までのステータス上昇率が2倍に拡大する」

「これってすごいみたい」

「事実上勇者専用ステータスだな。だから王国で勇者が生まれたと話題になっているんだ」


「いいことなの?」

「いいことも悪いこともある」

「いいことは?」

「向こうから経験点が来る」

「悪いことは?」

「向こうから敵が来る」


「同じじゃないの?」

「お前が弱ければ悪いことになるし、強ければいいことになる。昼間は修行をつけてもらって夜は魔法というのがしばらくはいいだろう」


「アーレフっ」

 アリシアがボクの背中に飛びつくように抱きついてきた。


「アリシア。なんだよ。いきなり」

 彼女はボクよりもひとつ年上のはずなんだけど、子供っぽい。


「いいじゃない。痛くなかったでしょ」

「痛くはなかったけどさ。驚いたよ」

「嘘。アレフ。気がついてた」


 それはそう。


「アリシア。それでどうしたのさ」

「どうもしないわよ。アレフの顔が見たかったの」


 そう言われると悪い気はしない。


「なんか嬉しい」

「私も」


「ニレの木のところまでいかない?私あそこ好き」


 二人で手を繋いでゆく。

 緑の麦の穂が風に梳かれてざわめいているのが丘から見える。


「この季節は本当にきれいだよね」

「ちょっと暑いけどね」


「少し待ってね」


 そういうとボクは魔法を使って手ぬぐいを水に濡らす。


「つめたい!どうしたの?まさか汗?」

「まさか。魔法だよ」


「魔法?アレフ、魔法なんて使えるの?すごい。でも呪文使わなかったじゃない」

「そんな難しい魔法じゃないもん。それにボク呪文なんてまだ知らない」

「呪文使わないでも魔法が使えるの?」


「うん。まあ使えるみたいだね。こうなんてか、頭ン中で考えた欲しい感じの魔法の効果をお腹ン中にある魔法っぽいところから探して、一旦足の裏に落として手のひらまでジャンプさせてピューと押し出す感じ」


 言葉でするとなんかおかしい。

 そのまま一旦、頭を振ってジャンプしてみせる。

 そんなことしても魔法はでないんだけど、イメージとしてはそんな感じなんだ。

 さもなければ、片足を少し浮かせて、スパンと床を踏み鳴らす感じ。


 うーん。なんだろ。

 じゃぁ、両手を合わせて間にイメージする。

 そのまま両手を離してゆくと


「ほんとだ。水がでてきた」

「いいな。アレフ、魔法使えるんだ。私にも教えてよ」


 少し悩んだけど、教えて教えられるかどうかもわからないし、口約束くらいいいとおもう。

「いいよ。アリシアが出来るように教えられるかわからないけど、ボクの知っていることは教えてあげるよ。と言っても大したことは知らないんだけどね」


 ボクたちはニレの木の下で魔法の練習を始めるようになった。


「アリシアに魔法を教え始めたか」

「まずかったかな」

「いや。避けられないイベントだったろう。完全に教えないとアリシアが死んでしまうこともあるらしいしな」

「なにそれ、怖い」

「ともかく、運命は滑り出した、ということだ」

「それでボクはなにをすればいいの」

「宝剣エクストラを持って王都の大神殿に迎え。そこで金策をして魔法を覚える」

「金策ってどうするの」

「それは道中説明する」

「宝剣エクストラって、持ち出したら怒られないかな。それにまだあんな大きいのちゃんと握れないよ。盗まれたりしたら大変だよ」

「勇者以外は握れない。そういう加護がかかっている。それに今の状態では割れない壊れないだけのただの錆びた鉄の塊だ」


「王都って遠いよ」

「馬に乗れるか」

「一人じゃまだダメだと思う」

「じゃぁそこからだな」


 父親に乗馬の訓練をねだると以外なほどにヨークは喜んだ。

 騎士の子供が馬が乗れないようじゃ困るというのはそうだし、遠出するのにいちいち馬車を仕立てるのは馬にとっても大変だ。


 乗馬は割と簡単だった。

 というよりも、父さんが選んでくれたラバルスは賢い馬だったし、ボクのことをあまりからかわないでくれたから、乗馬が嫌いにならないですんだ。というのが多分正しい。


 ラバルスはボクの乗りやすいように調子を合わせてくれたから、ボクが少し早く走ることをせっついても、ボクの上体が揺らぐようだと落馬する前に歩みを緩めてくれた。

 下手な騎手のいうことを聞いて無理をして急ぐより、落馬させないほうが馬にとっても面倒が少ない。ということをラバルスは知っているのだろう。

 本当に賢い馬だ。

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