「あなたが人を刺した数」
ゆーきー
あなたが人を刺した数
「今月に入って何度目だい?」
「…すみません。」
気の進まない言葉を事務的に吐く。白坂はバイト先の店長に叱られている最中だった。頼まれていたバックヤードの整理を忘れていたことに対してのことのようだ。彼のバイト先はコンビニだ、そこで夜間のシフトに入っている。昨日の夜は特別忙しかった。夜間はよっぽどでない限り基本的に一人で店舗を回さなければならない。お客がくれば対応、商品の配送がくれば補充や陳列の作業もしなければならない。それに加えて夜間は揚げ物などに使うフライヤーの洗浄や、床の清掃なども行なわなければならない。普段の日なら難なくこなすのだが、昨日はなぜか客の足が止まなかった。イベント事でもあったのか、だがそんなことは調べる気すら起きなかった。
「この前も頼んだことをやってくれてなかったね。」
「はい…。」「昨日はお客さんも多くて、なかなかできる時間がありませんでした。」
「言い訳はもういいよ、他の子はできてるんだ、白坂君もやってくれないと釣り合わなくなってしまう。」
「…次は気をつけます。」
理不尽だ。実際に見てから言ってもらいたい、俺がいなきゃ店が回らないのがまだ理解できていないのか。このような嫌なことがある毎に白坂はまた「アレ」をやるかと企む。それは自分の感情の行き先を持っていない故に辿り着いた、とても身勝手で愚かな方法だった。
SNSに投稿されてる動画やつぶやき、イラストの投稿等を無作為に閲覧していく。
「〇〇ちゃんのイラスト書いて見ました!良かったら高評価とフォローお待ちしてます!」
何かのアニメのキャラだろうか。アイドルのような衣装を着てポーズをキメているキャラが書いてある。
「くだらねぇ。」
コメントを返信できる欄があるので慣れた流れでタップして入力を始める。
「誰も見てないし、下手くそだから辞めろよ、時間の無駄。」
なんの躊躇いもなく返信と書いてあるところをタップし送信をする。白坂がとった方法はいわゆるアンチコメントや誹謗中傷のコメントを書くことだった。一切の思慮などなく、汚く、まるで刃物のような言葉を向ける手はエスカレートしていく。
とあるインフルエンサー「海外旅行をしてきました〜!その様子を写真で載せておきます!めっちゃ楽しかった〜!」
「自慢乙。ブスのくせに写真のせんな。〇ね。」
とある動画クリエイター「【初挑戦】最近流行りの〇〇ゲームやってみた!【ゲーム】」
「お前らがやっても面白くない、いつも他の真似ばっかりしてクリエイター気取るなよ。登録者が増えないのも納得。」
自分の身に赤い色が跳ね返り、染まっていることには気付いていない。ただただひたすらに己の優位を示すため、何ももっていない自分を認めず無差別に振り回す。ひとしきり打ち込んで満足したのか眠気が襲ってきた。
「まぁ今日はこれぐらいにしとくか。」
「全くゴミみたいなやつらばっかだ。」
「おれのすごさをいつか分からせてやる。」
眠りについて少し経ってからだった。頭の中で何かの数字が反芻している。
「……1054」 無機質な声が微かに聞こえる。
なんだ?1000ってなんの数字だ?
「1054回」 はっきりと聞き取れた。
回数?いったい何の。
「あなたが人を刺した回数です。」
感情をまるで持っていないその喋り方は白坂を恐怖させるのには十分だった。
おれが人を?何の話だ。夢にしては馬鹿げている。
「よってあなたには同じ回数分、それ以上の痛みを味わってもらいます。」
形容するにはあまりに禍々しい物体が自分に近づいてくるのをはっきりと視界に捉えた。言葉を発する暇もなく、次の瞬間には重く鋭い痛みが体に突き刺さった。
それから数えきれない程に。
Fin
「あなたが人を刺した数」 ゆーきー @yu_ki_book
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