さよなら、僕らの赤色革命

ばち公

さよなら、僕らの赤色革命

 茶色の四角い休耕田ばかりが並ぶ、閑散とした冬景色。遠くには山々が霞んでいる。

 白衣のポケットに両手をしまったまま、僕は白い息を吐いた。

 この山裾に抱かれた小さな平地。そこが僕らの故郷くにだった。


 かつて革命家エリクスは、田舎の腕白小僧だった。赤い布を巻いたパチンコを握りしめて、どこにでも向かった。

 彼の後をいく僕らが手に持つのは木の棒で、パチンコを作った者もいたが、エリクスはそれに布を巻くのを許さなかった。それは特別の証だった。


 彼は赤色を好んだ。生命の色だ。

「ほんとは俺は双子だったのさ」

 夏のある日、川縁の木陰で、彼は僕にこっそりと話した。

「でも片っぽはいなくなっちゃった。産まれたとき、俺を残してどこかに行っちゃったんだ」

「それは寂しいね」

「とにかくそんなわけで、俺の命は二人分あるんだ」

「それなら寂しくないね」

「だろう。お前は分かってるな、シアス」

 彼は笑った。

 翌日、彼は僕に白色の布をくれた。僕はそれを木の棒でなく手首に巻いた。彼はそれを見て満足げに笑い、みんなが僕を羨ましがった。僕はそれが誇らしかった。


 子どもらしい傲慢さに溢れたエリクスを皆が慕ったのは、彼がそれ足る少年だったからだ。仲間に優しく、誇り高く、人ではなく不条理に反抗する。外見だけなら、茶色いくせ毛をボサボサにし、顔中泥だらけで駆け回る、他の子どもとなんら変わりはない。彼が優れていたのは、その不思議と人を惹き付ける心根故だった。

 そんな彼に、僕は右腕としてどこまでもついていった。

 成長するにつれ、他の子どもがそれぞれの道を歩むようになってもから。僕が医学を学ぶため大学に通うようになってからも。彼が革命家として『赤色勇士』を率いるようになってからも。互いに妻と子を持つようになってからも。かつての革命仲間が彼から離れ、消えてしまってからも。


 白い布を腕に巻いた時のことを、僕は忘れない。迷彩服を着て、赤いマントを肩にかけるようになっても、僕は決して忘れなかった。僕はあの瞬間からずっと彼の相棒であった。三十八年間、ずっと。


 『赤色勇士』の赤は、生命の色だ。同朋が流した血の色であり、我らが大地の色である。革命家エリクスが背負うに相応しい色である。

 だから僕の瞳には、この全てが霞んだ風景のなかでも、彼の赤色だけは聳え立つように、浮かび上がって映る。

「エリクス――」

「やあ、シアス。久しぶりに見たが似合うじゃないか、その白衣。眼鏡はともかくね。――ところでコートはどうした? 老身に、我らが故郷は冷えるだろう」

 赤のコートに痩身を包んだ男は、朗らかな調子で滔々と話す。洒落たくせ毛の髪といい、すらりとした背格好といい、傍目にはまさか革命家とは思えない容姿である。

「……そうでもないさ。確かに冷えるが、思い出がある」

「勇士のマントをその肩にかけてやれたらいいのだが、生憎お前の分は無くてね。恨まないでくれよ、シアス」

 エリクスはポケットに両手をつっこんだまま、唇を歪めた。どれだけ悲しくても、彼はそれをこういった表情でしか表に出せない。


 僕らの革命家エリクスは消えた。パチンコは銃になり、よれた服は質の良い外国製品に。非難し、打倒すると誓った大国に擦り寄り、かつての仲間は離れて消えた。文字通り、消されたのだ。

 その身を包む赤は、もはや生命の色ではない。彼が流した、数多の人間の血の色なのだ。

 僕らの『赤色革命』は、他ならぬ彼の手によって堕ちてしまった。

 それを理解した僕は彼から離れた。近頃では彼も僕を疎んじていたから、別離は早かった。


「なあ、どうしてここに現れてしまったんだ? 逃げる場所なんて、他にいくらでもあっただろうに」

 腕に力を込めた彼の問いかけに、僕は答えない。別れの挨拶はなんとすべきだろうか。そういうことを考えている。出会ってからずっと、僕らの挨拶といえば「またね」だったのだ。しかしそれももう使えまい。

 僕はただ無言のまま、彼と同じようにポケットにしまった手で、中に隠した拳銃を弄んだ。

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