第9話

あれからメラは、境界にやって来なくなった。





その間にも戦争はますます激しくなり、昨日は俺の幼なじみが死んだ。




もし次の戦いに負ければ、残り少ない光を奪われて俺の地区は滅びてしまう。





そんな限界な状況の中、周りの大人たちの目にも絶望の色が浮かんできた。









「母さん、これ今日のパン…」




わずかな稼ぎで買った二切れのパンをじっと見つめた母は、随分やつれてしまった顔に僅かな笑みを浮かべて首を振った。




「私はいいから、ルカが全部食べなさい。」


「駄目だよ、一枚ずつ食べよう」






「……ルカ。」


二人分の水を注ぐ俺に、静かに声をかける母。





「今度の話し合いで、核兵器を使うことが決まったの。」



話し合い…というのは、戦争の進め方を決める地区の大人たちの集まりだ。





「あれは危険すぎる。それに…人間をあんな風に殺す武器を使うことには反対なの。」



「…うん」



「だから、あなたは逃げなさい。」



「……え?」



「誰にも気づかれないように、隣の地区に行きなさい。そこで仕事を見つけて、一人で生きていくの。」



「何言ってるんだよ、それなら母さんも一緒に…」



「私にはできない。お父さんと約束したの。あなたを立派に育て上げるって。」



昔みたいに、俺の髪を優しく撫でる母が、悲しげに呟く。




「今私が逃げ出したら、ルカまで酷い目に合う。だから、一人で行きなさい。」



「いやだよそんなの、俺は…」



「ルカ、分かって。この街には、どうしようもないことがあるのよ。」


 



何で…、 



何で皆んな戦争ばっかり…




毎日人が死んで、勝っても永遠に光を求め続けて争いは止まない。







こんなの誰が望むんだよ






俺は光なんていらない。






友達と家族さえいれば、それでいいのに。







そう思いながら不意に時計を目にした俺は、

ある事を思い出した。






そして、外に出てはいけないという母の制止を無視すると、家を飛び出した。

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