第1話「訪問客」①
再び戦火が上がり、世界の果てが激しく揺れる
時代の転換点
悲しみの涙の中で、生き生きと
この世に絶対はない
ひとりの執念が、多くの人の悲しみを生む
人々が喜びに躍る時、われらはまた滅亡を迎えるだろう
だが喜ぶことも、恐れることもない
運命のステップは
どんなに乱れていても
いつかは前に躍り出るのだから
しっ!よく聞きなさい
すべての欲望は
世界の果ての風によって
静かに音楽を奏でる
── グレイヴ・ミザリー
最初と最後の風の歌、序曲
◇ ◇ ◇
目の前に広がるのは、人生で最も不気味で恐ろしい光景だった。
林に囲まれた雪原で、小高い山ほどの背丈がある氷のように冷たい青色の巨人が、とてつもなく巨大な紺色の戦斧を持ち、雪原に立つ女を見下ろしていた。二人の周囲の雪は血で赤く染まり、地面には死体や切断された手足、内臓が散乱していた。混沌の中、真っ白なローブを身に纏ったその女は、もはや神聖さすら感じる。
だが、実際はそうではない。その女は彼の最愛を奪った、人生で最も憎い敵だった。彼がここに来た目的も、彼女を自らの手で殺すためだ。決して誰にも邪魔はさせない。
たとえ相手が神であろうとも。
「おい、大男。失せろ。」
男はそう言いながら林から出て来た。思いがけない声が聴こえて女は振り向いたが、男の顔をはっきりと認識した途端、目を丸くしてこう言った。
「どうして……」
しかし、男は女のことなど無視して、懐から黒石の短棒を取り出すと、声を張り上げて、巨人に向かって叫んだ。
「聴こえなかったのか?失せろと言ってるんだ!」
このとき、巨人はようやく反応し、その無表情で恐ろしい顔がゆっくりと男の方を向いた。サファイアのような瞳で、男が手に持つ短棒を見つめている。次の瞬間、深く低い声が男の頭の中に響いた。
「はじまりの石か……」
その声に男は本能的に震えたが、すぐに果てしなく湧き上がる怒りによってその恐怖を抑え込んだ。
「おい、クリスティー。こいつの手にかかって死にたくなければ、俺に力を貸せ。」
その言葉に、元より顔面蒼白だった女は無理して苦笑いを浮かべた。
「その後であなたに殺されろって?」
「よく分かっているじゃないか。その通りだ、誰の手にかかって死ぬか自分で選べ。」
「相変わらずわがままなのね。相手の弱点は目だと思う。いい?一まで数えたら跳び上がるのよ。三、二……」
カウントダウンが始まると、男はすぐに腰からナイフを取り出し、ナイフの柄を口に咥えると、左手の甲を刃にそっと押し当てた。傷口から血が滴り落ちた瞬間、女も「一」と叫んだので、男は一切の躊躇なく跳び上がり、足元に湧き起こった強烈な力に導かれるまま巨人の頭めがけて飛びかかる。
まるで矢の如く飛びかかって来る男を見て、巨人は左手を上げて彼を捕まえようとしたが、男はそう来ると予想していたので、すぐに左手の甲の血を右手の短棒に塗りつけた。その瞬間、巨人の手が空中で止まり、男の足元を支えていた力も消えてしまった。
男は慣性に従って巨人の手の指に降り立つと、しゃがみ込んで再び巨人の顔めがけて跳び上がる。巨人の細枝のような髪にしがみつき、その巨大な青い瞳に映る自分の姿を見て、男は思わず嫌悪感を覚えた。
「俺の獲物を……奪うんじゃねえ!」
男は歯軋りしながらそう言って、短棒を振り上げると、ありったけの力で突き刺した。
◇ ◇ ◇
「うあああああ!」
ウェンデルは激しい叫び声と共に夢から目覚めた。まだ興奮冷めやらぬ彼は、荒い息遣いのまま、巨人の悲鳴が、頭が苦痛の咆哮が、粉々に割れてしまいそうになるほど頭の中に響き渡っている。
「なんて嫌な夢なんだ……」
ウェンデルはぶつぶつと呟きながら身を起こした。手を伸ばして額を拭うと、全身が汗でびっしょり濡れていることにようやく気付いた。
彼はよく変な夢を見る。
いわゆる変な夢とは、いつもあまりにもリアル過ぎるという意味で、まるで単なる夢の中の幻想ではなく、世界のどこかでかつて起こった出来事であるかのようだった。彼はそのような夢を本当にたくさん見てきた。
茶髪の女が親友の殺害を強要される夢、王室の私生児が敬愛する先生の死を非力に傍観する夢、復讐を企んでいた男が更なる悲劇に巻き込まれる夢……。夢の中に登場する人々をウェンデルはひとりも知らないが、夢の中では、まるで彼らのことを最初から知っているかのように非常に親しみを感じていた。
ほとんどの夢は徐々に忘れていくのだが、何度も繰り返し、どうしても忘れられない夢が一つだけある。その夢の中で、彼は独りぼっちで激しい吹雪の舞う山の中を必死に歩いている。目的地がどこなのかも分からず、ただ西に向かって進んでいる。なんだか、とうの昔に失ったけれど、決して失ってはいけないものを探しているかのようだった。
以前、よく悪夢を見てしまうことについて父に話したことがあったが、父は軽く眉間にしわを寄せて、こう答えるだけだった。
「大したことない、忘れりゃいいんだ。」
ウェンデルは父のことをとても尊敬していたし、大好きだった。それは父の言葉はほぼいつも正しかったからであったし、よく色んな面白い話をしてくれたからでもあった。だが一番の理由は、父が家にいる時は、夜に悪夢を見ても、隣の部屋から微かないびきが聞こえるだけで、安心して眠りにつくことができたからだった。
ただ残念ながら、そんな日は多くは無かった。
一年間、三百六十五日のうち、父が村にいる期間は合わせて三ヶ月にも満たない。だから兄弟のいないウェンデルは、ほとんどの時間を独りぼっちで過ごしていた。父はわずか八歳の子どもを家に残していくことが心配で、自分が村を離れる時は隣のフレイ夫婦の家に泊まるよう言付けていたが、ウェンデルはそんなに聞き分けの良い子ではなかった。
すぐにフレイ一家との生活に嫌気が差すと、事あるごとにこっそり家に帰ったり、幾つかある秘密基地へ行ったりした。彼にとっては、独りでいるほうがずっと気楽だったからだ。
ウェンデルは大陸東北部にあるハザードという村に住んでいる。雪山のふもとに位置するその村では、村人のほとんどが伐木で生計を立てており、山で切り倒した木材を近隣の村へ売りに行くことを日課としていた。
俗世から隔たれたこの村にとって、外の世界で起こっていることが村人たちに影響を与えることはほとんどなく、彼らはただ、今日の天候が伐採に適しているかどうか、そして今年の木材の品質はどうかということだけを気にしていた。
この辺では、十月中旬頃から初雪が降り、十一月に入ると、雪は膝よりも高く積もるようになり、翌年の二月まで雪解けが始まらない。言い換えれば、一年のうちおよそ三分の一の期間が冬であるということだ。
ウェンデルは八歳で、まだ伐木隊に加入する年齢に満たないため、冬の時期、彼はほぼ一日中家の中にいて、昼間は毛布にくるまりながら寝椅子で読書に耽っていた。
十二月中旬のある日、ウェンデルはいつものように毛布にくるまりながら、窓辺の寝椅子でのんびりと読書をしていた。少し首が疲れたなと感じ始めた頃、突然窓の外から雪を踏みしめる足音が聞こえてきた。またフレイ兄弟かと思ったウェンデルだったが、父さんの慣れ親しんだしゃがれ声が聞こえた。
「ただいま。」
ウェンデルはすぐに本を放り投げ、寝椅子から跳び上がって、急ぎ足で玄関へと向かった。ドアを開けるやいなや、ウェンデルはザグフェーにぎゅっと抱きついた。
「父さん、おかえり!」
ところが、嬉しくて仕方がないウェンデルに対し、ザグフェーの反応はどこかおかしい。いつもなら、わっはっはと大声で笑い、ウェンデルを抱き上げてその場でくるくる回り、ウェンデルが笑いながら抗議するまで下ろしてくれないのだが、今日は軽く頭をぽんぽんと撫でるだけだった。
「ウェンデル、お客さんだ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます