第2話
「ジィナイース!」
驚いた。
この世にその名で自分を呼ぶ人は、もういないと思っていたから。
あまりに思い出の中の、ともすれば少女のようにも見えた幼少期の姿と異なっていたので、ネーリは一瞬、言葉が出て来なかった。
しかし、全てを忘れるには、彼の瞳は美しすぎた。
心を開いて見つめれば、きっと誰もが彼の瞳を好きになる。
幼い頃は無力なことが多くて、落ち込んでいることがとても多かったけれど、成長をして、世界を知り、知識を知り、人を知って行けば、出来ることも増えて行き、この青い瞳に希望の光がもっと灯る。きっと美しく光り輝くだろう。
ネーリには会った瞬間から予感があったのだ。
誰に聞いても、理解されないだろうから、言ったことがない。
何もかも話していた祖父にでさえ、はっきりと話していなかった。
ただ、祖父は何となく、察していた部分はあったようだ。
『お前は、時々じっと人の顔を見ていることがあるな』
そんな風に言っていた。
――ネーリは時々、幻視を見た。
何でも見るというわけではなく、彼が見るのはたった一つだ。
水の中の――いや、『海』の中のイメージだ。
時折不意に、目の前に海の中のイメージが視えることがある。
ラファエルに会った時、実はそれが見えた。
一瞬のイメージである。
近づいて行くと、彼は泣いていて、とても瞳が綺麗な子だった。こんなに綺麗な瞳の子が、悲しんでいてはダメだと、きっと海の精霊が教えてくれたのだろうと思って……彼を大切にした。きっと、彼が元気になるまで力を貸してあげなさい、と言ってくれたのだろうと思ったから。
幻視は頻繁に見るというわけではないが、連続して見たこともある。
そういうことが何度かあったから、ネーリは気づいたのだ。
この幻視は神の意志ではなく、『人』が顕われるタイミングを握っている。
特別な人間が現われる時に、自然とそれを予兆のように見るのだと。
一番凄い幻視を見たのは、一番最初に【シビュラの塔】の前に行った時だったが、あれは一度きりのことだ。二度目に行った時は見なかったし、何の意味があったかは分からない。
それに、よく幻視を見たのは子供の頃で、今はほぼ、見なくなった。
なんとなく、【見そうな予感】を覚えることはあったが、いつの間にか見なくなった。
そのことが、なんとなく、自分は海の国であるヴェネトの――ヴェネツィアに失望されて見放されたのだろうと、漠然と思う理由の一つにもなっていたのかもしれない。
もしかしたら双子の兄であるルシュアン・プルートが今は、その幻視を見るようになっているのかもしれない。
ヴェネトの黄金の玉座にいずれ座るのは彼だ。
(誰が見たっていいんだ。その人がヴェネトを守ってくれるなら)
ハッ、としていた。
もうとっくの昔に自分のもとから離れたその名前を、何故か天啓のように思い出した。
「……ラファエル……?」
ネーリが呼んだ瞬間、ラファエル・イーシャの美しい青い瞳が輝いて、顔に喜びが満ちた。彼は駆け寄って来て、ネーリを抱きしめた。
「ジィナイース!」
ひょい、と抱き上げられる。
幼い頃はほとんど同じ身長だったのに、彼は大きくなっていた。
「ジィナイース、会いたかった!」
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