第2話 4月-2
「お疲れ様です」
「お疲れ様っす!あれ、今日はニック先輩いないっすね」
「お疲れ、あいつならバイトだよ」
部活に新たに部員が入ってきて一週間、クラスが一緒の春日さんと桃城さんが仲良く部室に来た。この光景も当たり前のことになっている。
「……この学校ってバイト禁止ですよね」
春日さんがジト目でこちらを見てくる。
「バイトというか手伝いだな。知り合いのジャンクショップでジャンク品を直してレストア品にしている。それの謝礼をいくらかもらってるって感じだな」
「それならばバイトではないのですね」
ひとまず納得してくれたようでなによりだ。ちなみにそのジャンクショップでの手伝いは、メインはニックだが、俺もタッキーも人手が欲しいときは応援に行く。
部室内での定位置はすでに決まっていた。自分用の机に荷物を置くと二人はいつものようにコーヒーに淹れに行く。砂糖とミルクも忘れずに加えた。
こんな時に気が利くのは意外にも桃城さんだった。後輩根性が身に染みてると言うべきか。
「先輩たちはコーヒーのお代わりいりませんか?」
「僕は大丈夫」
「じゃあ俺の分お願い」
「はい、倉田先輩はナシナシですよね」
ナシナシとは砂糖とミルクも入れないこと、つまりはブラックだ。茂木先生が使っていたので覚えた。雀荘用語らしい。
俺にコーヒーを渡してから二人は席に座ると、桃城さんが唐突に疑問を投げつけてきた。
「ずっと気になってたんすけど、ニック先輩ってハーフなんですか?」
「いや、純日本人だよ。ニックはあだ名。というか、下の名前知らないのか?」
「だって、先輩たち自己紹介の時に名字しか言わなかったじゃないっすか」
そう言えばそうだったかもしれない。基本あだ名で呼んでるし、支障なかったからな。
「俺が倉田悠人でニックが杉野真」
「僕が岡本圭」
改めて自己紹介をする。ニックは他己紹介だけど。
「じゃあなんでニックって呼ばれているんすか?」
「あいつは電子分野とかPC分野に明るくて、色々作ったり直したり出来るからな。メカニックから取ってニックってあだ名を先輩が付けた」
「なるほどー、じゃあタッキー先輩は?」
「タッキーはオタクだから、オタッキーから取ってタッキーってあだ名を先輩が付けた」
「オタッキーとはまた……、古い言葉を。倉田先輩はあだ名とかないんすか?」
「俺か?俺はだな……」
俺が言い淀んでいるとタッキーがこれ見よがしに説明を始める。こいつ、楽しんでやがるな。
「こいつは特に付ける要素がないから付けられなかった。器用貧乏だからな。十人いてなにかするならいつも四位になるタイプ。上位だけど表彰台には立てない」
「酷い言われようだな」
「間違いじゃないだろ?」
実際、嘘はついていない。あだ名を決める段階で特にないから倉田のままでいいやと先輩に言われた過去がある。
まあ、別に良いけどさ。俺だけあだ名がないなんて拗ねたりはしないさ。どうせ器用貧乏だし……。
「はぇー、なんか歴史を感じるっすね。先輩、私にもあだ名付けて欲しいっす!」
「えぇ……、めんどくさい」
「いいじゃないか。かわいい後輩の頼みだろ?」
「じゃあタッキーが付けてあげればいいじゃないか」
「こういうのは部長の役目だろ」
こいつめ、都合の良いときだけ部長と言いやがって。先ほどからノリノリだな。俺にネーミングセンスがないことを知っているくせに。
断りたい気持ちで一杯だが、桃城さんの期待する目を見てしまうと強く出れない自分がいる。俺は女の子に弱いのだ。
「そうだな、桃城さんは身長が小さいよな」
「桃城さん、クラスでも一番小さいですよ」
「それは言わなくていいっす!」
小さい、小動物……。これだ!
「スターとかどうだ?」
「おお! 星の名を冠するなんて天文部らしいっすね!」
「いや、ハムスターから」
「えぇ……」
露骨にがっかりしたのが伝わってくる。駄目だったか。
「お気にめなさい?」
「正直、微妙っすね」
「じゃあスモモだな」
「倉田、いくらなんでも安直すぎないか?」
「いいっすね! 気に入ったっす!」
「ほら、スモモも喜んでる」
決定、桃城さんはこれからスモモと呼ぶことに決めた。いやはや、なんとか丸く収まったな。
「もう取り入れたのか。わかった。よろしくな、スモモ」
「スモモか、かわいいですね」
「ふっふーん! かわいいすよね。そうだ、倉田先輩。春日ちゃんにもあだ名付けてあげてください!」
なんとかスモモにあだ名を付けたのに、これ以上はきついだろ。更にネーミングセンスのなさを露呈させたくない。
「私? 私はそういうの得意じゃないから……」
「ほら、春日さんもそう言っている」
「春日ちゃんだけあだ名がないのはかわいそうっす」
「俺だってないのだけど」
「倉田先輩はそれ自体があだ名みたいなもんじゃないすか」
「お、よくわかっていらっしゃる」
「本名なんだけどな……」
まあいい、ここまできたら付けてあげようじゃないか。気に入らなくても知らんぞ。
春日さんの特徴は妹、真面目……。そうだな、これに決めた。
「スターとかどうだ?」
「またですか。次は天文部に関係あるのですか?」
「いや、シスターから」
「えぇ……」
本日二度目のドン引きだった……。しかも今度は三人から呆れた視線を向けられる。やめろ、俺をそんな目で見るな!
「じゃあコハルで」
「コハル……、ですか」
「いいじゃん、コハルちゃん!」
「もう、スモモまで」
どうやらこれでよかったらしい。後輩二人がキャッキャしてる。これがあと一人いたら姦しいだな。
「またもや安直だな」
「うるせえ」
「倉田先輩のあだ名の傾向がわかったっすよ!それじゃあタッキー先輩に今あだ名を付けるとしたら」
「オタモトだな」
どうせ安直ですよ、ほっとけ。
「コハルというのはやっぱり妹から来ているのですか?」
「そうだな、駄目だったか?」
「いえ、これで姉が部室に来たとき区別がつきやすいかと」
「……お姉さんを部室に呼ぶのはやめてくれよ」
「ふふ、わかりました。前向きに検討します」
「それ検討しかしないやつじゃん!」
さて、一大イベント? を終え部室にまた平穏な時間が訪れる。親睦も深まったとこだし、タッキーが持ってきた漫画でも読むか。
「覚悟はしてましたけど、本当に部活動って部室でダラダラするだけなんですね」
「最初に言っただろ」
「まあ、そうですけど。少しぐらい星を見るものだと」
コハルの言葉に俺とタッキーが反応する。お互いに顔を見合わせてうなずく。にしてもこいつ悪い顔してるな、多分俺も同じだろう。ここらで一回やるのも悪くはないな。時期的にも丁度いいし。
「そうか、星が見たいか。……そうだな、今週の金曜日は空いてるか?」
「空いてます」
「じゃあ土曜日は?」
「空いてますよ」
「スモモはどうだ?」
「両方空いてますっすよ」
「それならばそろそろ星を見るか。タイミング的にも丁度良い」
「僕とニックには聞かないのな」
「お前らはいつも暇だろ」
「毎度のことながら暴君なことで。わかった、ニックにも連絡しとくよ」
強制的に決める権利、それが部長権限だと先輩に教わった。あの人よりは暴君ではないだろう。
そこからの行動は早かった。タッキーがニックに連絡する、ついでにジャンクショップで寝袋も二つ調達してきてもらおう。いや、タッキーなら既に伝えてるかな。俺も茂木さんに許可を貰いに行くか。
「じゃあ行ってくるわ」
職員室に入るのはいつも緊張する。別に悪いことをしているわけではないのだが、どうしても身構えてしまう。街中でパトカーを見かけたときと同じ感じ。なんでだ、日頃の行いが悪いせいか?
「失礼します。茂木先生はいらっしゃいますか?」
「おう、倉田か。どうした?」
「宿泊申請を取りに来ました」
「お、ついにやるのか」
茂木さんは得心がいった様子で頷いた。こういう話の早いところが茂木さんの良いところだ。
「いつも言ってるが問題だけは起こすなよ。俺の責任になる」
「わかってますって、いつも大丈夫でしょう?」
「そうは言っても、今回は女子がいるからなぁ」
「俺たちは猿じゃないですよ」
「そうかそうか、失礼。問題なかったな、お前らは猿じゃなくてチキンだもんな」
「仮にも教え子に酷い言いぐさですね」
こういうところは茂木さんの悪いところだろう。それでも、もう慣れているけど。デリカシーってものがないんだよなぁ。
「じゃあ、念を押すようだが問題だけは起こすなよ。それと楽しんでこいよ」
「はい、ありがとうございます!」
なんだかんだで憎めないのは茂木さんの人柄だろう。
「ただいま、許可とってきたぞ」
「一体、なにをするのですか?」
「さっきも言ってただろ。星を見るんだよ」
「そんな、天文部みたいなことやるのですか!」
コハルは目を見開いて驚いた。いや、そこまでのことか、これ。
「失礼な、みたいじゃなくてうちは天文部だよ」
「てっきり、本当に名ばかりの天文部かと……」
信頼がないな。普段の部活動のせいか? いや、罪はないがタッキーとニックのせいにしておこう。俺の心持ちが少しばかりか楽になる。
さて、かわいい後輩のために一肌脱ぎますか。
待ちに待った金曜日、これでも俺は楽しみにしていた。なんだかんだで星を見るのは好きだし、夜の校舎に泊まるのはそれだけでワクワクするものである。
「葵から聞いたんだけど、今日学校に泊まるの?」
「げぇ、春日さん」
今日も今日とて、春日さんに話しかけられる。前よりずっとフランクになった気がする春日さん、コハルと天文部という共通の話題が見つかったからかもしれない。
「だからなによ、その態度は。いよいよ遠慮なくなってきたわね」
バレているのだからこれ以上は隠しても意味がないという俺の中での合理的な判断である。
「確かに今日学校に泊まるけど」
「いいわね、あたしもやってみたい!」
「宿泊申請出してないから無理です」
本心なのかからかっているのか、多分両方なんだろうな。陽キャ特有のノリのよさがめんどくさ、いや、なんでもない。
「大体春日さんは星に興味ないだろ」
「いやー、興味自体はあるのだけれどね。水金地火木土天冥海ぐらいしか知らない」
「随分と古くさい覚え方してるな」
「古くさいとは?」
「まず冥王星は太陽系の惑星の枠から外れたし、冥王星が海王星より太陽に近かったのは二、三十年前の話だぞ」
「それって変わるものなの?」
「それはだな、星の公転軌道は楕円の形をしている。冥王星の近日点と遠日点の差が三十億キロメートル離れているから順番が前後したんだな。近日点と遠日点と言うのは太陽に最も近づく点と離れる点のこと。ちなみに海王星はその差が一億キロメートルないくらいなんだけど……」
あ、またやってしまった。どうしても星のことになると饒舌になってしまう。オタクの悪い癖だから直した方がいいとタッキーに言われたこともある。いや、お前だけには言われたくない。
春日さんはぽかんと口を開けこちらを見ている。
「ごめん」
「え、なんで謝ってるの?」
「ベラベラと話しすぎたから……。呆れてたでしょ?」
「いや、圧倒されてただけだよ、すごい知識量だなって。それに……」
「それに?」
「なにか好きなものを話しているとき、いつもと違ってイキイキとしててかっこよかったよ」
いつもと違っては余計なお世話だ。伊達に目が死んでるとは言われなれていない。
素直に恥ずかしいはずのことを言っているのは春日さんの方なのに、なんだかこちらが恥ずかしい。なので精一杯の照れ隠しを言ってみる。
「……それタッキーに言ってやれよ。オタク知識をこれでもかと語ってくれるぞ」
「それ照れ隠しでしょ。倉田くんのこと段々わかってきたよ」
春日さんは手で口を隠してクスクスと笑った。見透かされてる、やりづらくってしょうがない。
「興味があるのは本当だよ。また聞かせてね」
「……機会があれば」
「約束だよ」
そう言って彼女は去っていった。いつも春日さんは俺の調子を乱すことを言うのだ。
いや、あれは彼女なりのお世辞だろう。そう思っておかないと俺の中の歯車が狂う気がした。
「よし、全員集まったか。先にやること説明しておくぞ。まずは買い出し、夕飯の用意だな」
「夕飯もここで食べるんっすか?」
「ああ、バーベキューをやるぞ!」
「本当っすか!」
「おいおい、あまりハードルをあげるなよ……」
嘘は言ってない。期待に応えるものかは保証してないが。
「その後、星を見たあとシャワーからの就寝だな。シャワーは運動部がいつも使ってるシャワー室を使ってくれ」
「寝るってどこで寝るのですか?」
「いい質問だ。俺らは部室で寝るから隣の空き教室を使ってくれ。ニックに寝袋を調達してきてもらっているから床に段ボールを敷いてその上で眠ってくれ」
露骨に嫌そうな顔をする女子陣、そんな顔されてもベッドやソファーなんてないのだから意味がない。もしあったら俺が使ってる。
「だから部室に段ボールがあるのですね……」
「別に机を並べてその上でもいいぞ」
「あまり変わらない気がします……」
「慣れろ」
こればかりはどうしようもないので、そう言うしかない。案外慣れるといいもんだぜ。俺は枕が高い方が好きなのでタオルを持ってきたけど。
まだまだ言いたいことがありそうな二人を無視して近くのスーパーに買い出しに向かう。
これまた意外だったのはスモモが家庭的なところを見せた。肉の違いが牛、豚、鳥しかない俺らにはありがたい。部位なんて気にしたこともなかった。
ただ、「栄養バランス考えなきゃ駄目っすよ!」と野菜を大量に買われたのは解せない。一応まな板と包丁もあるから調理も出来るけどさ。
「よし、そろそろ始めるか」
下校時刻を回り、生徒が帰宅したのを見計らって始める。準備は万端だ。
「生徒がいない学校ってなんだかドキドキしますね」
「そうだろ。わかってきたじゃないか。じゃあ俺は屋上の鍵を借りてくる」
「屋上に行くのですか?」
「漫画みたいっす!」
二人ともテンションが上がっているみたいで、なんとなくこちらも嬉しい。それと同時に俺が失くしてしまった純粋さを感じてしまう。いや、一年前の俺はこんなに純粋だったか?
「倉田、必要なものはは僕たちで持ってくから先に案内してあげなよ。待ちきれなさそうだよ」
「え、下級生ですし、私たちも手伝います」
「今回だけは僕たちに任せて。来月からびしびしこき使うからな」
「はい、ありがとうございます!」
なんて殊勝な子達なんだ! まあ、俺は今からこき使うけど。
「コハルは三脚、スモモは望遠鏡を持ってついてきて。俺はテーブルでも持つから」
よし、屋上に向かうか。電気はつけず、懐中電灯の明かりを頼りに廊下を歩く。
「なんで廊下の電気をつけないんっすか? それにその懐中電灯も赤い光っすね」
「星を見るにはまず暗闇に慣れる必要があるからな。赤い光以外の光だと折角夜目に慣れたのに元に戻ってしまう」
「はえー、ただ星を見上げるだけだと思ってたっす!」
準備は今から始まってるってことだ。夜目に慣らすには大体三十分くらい必要だって言われている。少しでも時間を稼いでおきたい。
ちなみにこの懐中電灯はニックお手製のものだ。赤いフィルムを貼り付けるのではなく、赤いLEDに換装してある。そこら辺はニックのこだわりらしく、詳しく話を聞こうと思ったけど長くなりそうなのでやめた。好きなものを語らせたら長くなるのは天文部の悪癖なのか?
「相変わらず、詳しいのですね」
「当たり前だ」
モテたくて色々調べたからな、とは続けなかった。流石に野暮なことくらい、俺にもわかる。
そんなこんな話しているうちに屋上についた。別になんの変哲もない、ただの屋上なんだけどな。言葉に出さなくても二人の期待が伝わってきて実際辛い。
俺も一年前はこうだったのだろうか。来慣れてしまっているため特別な感情は抱けないってのが正直なところだ。悲しきかな。
「おー、これが我が学校の屋上っすか!」
「なんだか新鮮ですね」
「お気に召していただけたなら幸いです」
よかった、喜んでくれたみたいだ。
だが星は見えるがそこまでではない。学校がまだ明るいからだ。
「もう少ししたら教室の明かりとかが消えて見やすくなるから待っててくれよ」
「だからそこ前に夕飯ですね」
「バーベキューっすね!」
これはやってしまっただろうか。少しばかり頭を抱える。期待させたのは俺だけど、ここまで期待されるなんて思わないじゃないか。これから来る答え合わせが怖くて仕方がない。
「おっす、持ってきたぞ」
「待たせた……」
時間とは止まってくれないもので、タッキーとニックが現れた。くそう、もうちょっと心の準備をさせてくれよ。
「はえー、ランプも赤色の光なんっすね」
「俺が……改造した……」
「流石っすね! それと、バーベキューなのに炭とかは用意してないないんすか?」
「いやー、それはだな」
「倉田、まだ説明してなかったのか……」
タッキーが呆れたように呟く。その後ろでニックは小刻みに肩を震わせてこれから起こるであろう出来事に対して笑っている。本当にいい性格してるやつらだよ。
「スモモ、天文部式バーベキューはこれを使う」
「ホットプレートすか……。倉田先輩、バーベキューの語源は知ってるっすか?」
光の消えた瞳で質問してくるスモモ。いや、もはやこれは詰問だろう。いつもの元気なスモモはどこに行ったのやら。しかし、ここで逃げるわけにはいかないのだ。俺は四肢に力を込めて答える。
「知らない」
「スペイン語で丸焼きを意味する言葉から来てるっす。転じて直火で焼く料理のことを指すっす!これじゃバーベキューではないっす!」
「今からガスコンロ持ってくるか?」
「もう遅いっす!折角買ったマシュマロはどうすればいいんすか!」
大層ご立腹である。これに関しては俺が全部悪い、素直に謝ろう。
「すまん。代わりといっちゃなんだが俺がスモモの肉を焼いてやるからさ」
「一回生焼けで腹壊したことある倉田だけどな」
「信じられないっす! 私が全て焼くっす!」
「倉田先輩、同情はしませんよ。私も期待してたんですから」
スモモの怒りは収まることを知らない。それに加え、コハルからも冷たい視線が送られてくる。参ったな……。
まあいいや、とりあえず飯にしよう。腹が一杯になったら落ち着くだろ。
発言の通り、スモモは焼き肉奉行だった。物怖じしないやつだとは知っていたが、スイッチが入るとここまで変わるとは……。
「倉田先輩、そっちの肉はまだ生焼けっす! ニック先輩、ちゃんと野菜も食べるっす! コハルちゃん、肉は何度もひっくり返したら駄目っす!」
「「「ごめんなさい……」」」
先輩後輩関係なく圧倒されていた、正直怖い。これが怒ったスモモなのか。これからは出来るだけスモモは怒らせないようにしよう。俺は固く心に誓った。
「いやー、バーベキューではなかったっすけど、なんだかんだで美味しかったっす!」
「まだ言うか」
「まだまだ私は恨みを忘れてないっすからね。ホットプレートなら部室でやればよかったじゃないっすか」
「それは駄目だ、理由は二つだな。一つはずっと言ってるが夜目に慣れる必要があること。もう一つは、肉焼くと臭いやら煙やらで大変なことになるからな」
「なんだか誤魔化された気分っす……」
教訓になったことがあるとするならば食べ物の恨みは恐ろしいってことだな。
ここからは俺のターンだ。挽回していくぞ。
「さて、メインイベントの始まりだ。上を見上げてみろ。なんか感じるか?」
「いつもより星が綺麗に見えます。なんだか近いような」
「そうだ。目を慣らしたのが効いているな」
「いつもと同じ星空なのに、いつもと違うみたいッス!」
わかる、わかるぞその気持ち。俺も最初見たときはびっくりしたからな。でもな、山に行くともっとすごいぞ。それは夏の合宿のお楽しみかな。
「じゃあ月を見ることから始めよう。導入をしていくぞ」
「導入ってなんですか?」
「望遠鏡で星を捕らえることだな。今日は月齢二十三くらいか大体半月だな」
「どう見ても半分には見えませんが……」
「多分コハルが言っているのは下弦の月だな。この前一緒に見た満月が月齢十五だろ。新月が月齢零だからその中間である今日が半月と言うんだ」
興味深そうに望遠鏡を覗くコハルとスモモ。まだまだ夜は長いぞ、ついでに俺の話も長いぞ。こいつらは天文部員だからいくら話しても大丈夫だろう。
「次に行くぞ。これはご存じの通り太陽系最大の惑星、木星だ。縞模様まで見えてくるだろ、これは表面付近で嵐が吹き荒れることで作られている」
「おー、大きいはずなのにすごい小さく見えるっす!」
「それだけ地球との距離が離れている証拠だな。木星は太陽の親戚ではないかと言われる天体で、大気の成分が太陽とそっくりなんだ」
それから土星を見たり、それから春の星座を見たりした。俺は去年学んだ知識を惜しみ無く披露する機会を得て満足した。
二人はどうだったのだろうか。また俺の独りよがりになってしまっていたのではないのだろうか。後悔先に立たずとは言ったもので後から不安になってくる。大丈夫だよな?
「二人とも、初めての部での天体観測はどうだった?」
「綺麗だったっす!」
「本当に綺麗で、ずっと見ていたいくらいです」
目を輝かせている二人を見てとりあえずほっと一息つく。やってよかったな。
「それじゃあ片付けて撤収するぞ」
四月の夜、暖かくなってきたとは言えそれなりに冷えるものだ。そろそろ戻るべきだ。
「あの!」
みんなが帰る体勢に入ったときだった。コハルが大きな声をあげた。
「もう少しだけ見ていてもいいですか?」
こんなにも楽しんでいるのにダメとは言いづらい。かと言って一人放置しておく訳にもいかないだろう。
それに、俺たちは天文部だ、わざわざ興味を持ってくれた部員を無下にすることはできない。
「タッキー、ニック。それからスモモも片付けをしてもらっていいか。俺とコハルはもう少し見てから戻るよ」
「了解、望遠鏡はどうする?」
「それも片付けておいて。コハル、それでいいか?」
「はい! これは私のわがままなので。それに肉眼でも見える星座もありますから。あれとか」
コハルが北斗七星を指差しながら言う。その顔は褒められるのを待っている生徒のようだ。
「よし、ちゃんと覚えてたな」
「はい!」
「じゃあ……、先に戻ってるぞ……」
「片付けて押し付けちゃって悪いね」
「貸し……、一つな……」
抜け目のないやつめ。わかってますよ、と伝えるように俺は手をひらひらと動かした。それに満足したのかニックとタッキーは頷いた。
さて、三人が戻って更に静かとなった屋上。小さいビニールシートに二人で座る。
「冷えるからコーヒーでも飲むか」
持ってきたアウトドア用のガスバーナーでお湯を沸かす。
「そんなものまで部室にあるんですね。でもコンセントがあるならポットとか持ってきた方がよかったんじゃないですか?」
チッチッと口で鳴らしながら指を振る。俺はニヒルな顔をしながら言った。
「わかってないな。だって、この方がかっこいいじゃないか」
「先輩はそういうのばっかりですね」
「少しでも見栄を張りたいお年頃なんだよ」
そう告げるとコハルは手で口を隠してクスクスと笑った。どっかで見たことあるぞこれ。
「私の顔をまじまじと見てどうしたんですか?」
「やっぱり似てるなぁって。コハルと春日さん」
「私も春日ですけどね。そんなに似てますか?」
「同じような行動とかしてたり。姉妹なんだな」
「血は逆らえませんね」
そんな下らない話をしているうちにお湯も沸いたようだ。二人分のコーヒーを淹れて一つを手渡す。ついでに砂糖とミルクを差し出すとコハルはそれを拒んだ。
「あれ、コハルはいつも砂糖もミルクも入れるよな?」
「はい、いつもは入れます。だけど先輩たちを見ていて思ったんです。今日はブラックにしようかなと」
「どうしてだ?」
チッチッと口で鳴らしながら指を振る。コハルはニヒルな顔をしながら言った。
「わかってないですね。だって、この方がかっこいいじゃないですか」
こいつめ、なかなかにわかってきたじゃないか。それと似てないから俺の真似はやめろ。なんだか恥ずかしい。
やはりブラックは苦かったのか、あからさまに顔を歪めている。もう一度砂糖とミルクを差し出すとそっぽ向いて拒んだ。
慣れないコーヒーに苦戦しながらもコハルは空を見上げて一つ一つ星を指差す。
「ドゥーベ、メラク、フェクダ、メグレズ、アリオト、ミザール、ジュネトナシュ。どうですか? 先輩に言われてから勉強したんですよ」
胸を張るコハル。純粋に天体に興味を持ってくれたことが嬉しい。
それならば、俺も応えなくては。天文部の先輩として教えてあげられることはやっぱり星のことだ。
「すごいな。それじゃあミザールのそばにもう一つ星が見えるか?」
「見えます。あれがどうしたんですか?」
「あの星はアルコルという名前でな。あの二つがちゃんと見えるかどうかで昔は視力検査に使われてたんだ。北斗七星の柄から曲線を繋げていくとアルクトゥールス、更に伸ばすとある星がスピカ。これが春の大曲線と呼ばれる。アルクトゥールスとスピカ、それとあそこにあるデネボラを繋げると春の大三角だよ」
そこまで言うとコハルはキラキラとした目線をこちらに向けてきた。そんな目で見られることは慣れてなくて少しむず痒い。
「先輩って好きなこと話してるときはイキイキとしていてかっこいいですね」
どこかで聞いたような台詞だ。やっぱり姉妹なんだな。
「それ、お前の姉ちゃんにも言われたよ」
「お姉ちゃんもそう思ってたんだ。先輩は普段からイキイキしていればいいのに」
そんなに変わるものだろうか? 頭の中でイキイキとしている俺を思い浮かべてみる。うへぇ、無理だわ。陰キャは陰キャらしく身の程をわきまえて生きていくべきだ。
しばらく無言で空を眺めていると、一筋の流れ星を見つけた。
「先輩! 見ましたか? 流れ星ですよ!」
テンションが一気に上がるコハル、元気だなぁ。俺もはしゃぎたくなるがその気持ちをぐっとこらえる。今日はかっこいい先輩を演じたいからな。
「そういえばこと座流星群の極大が近かったな。珍しいぞ」
「……先輩はなんでも知っているんですね」
静かに、それでいて確かに伝えられた。思い浮かべるのは先輩の顔。俺もあなたのように立派な天文部員になれましたかね。
「俺は一年間コハルより勉強してきているからな」
「もっと、もっと色々教えて下さい。私ももっと、もっと天体が好きになりました! 私、好きなものには真剣になりたいんです」
それは、天文部の部長としてこれ以上になく嬉しい言葉で。俺もコハルに負けないぐらい勉強しないといけないな。
「俺でよければ」
なんて、そっけなく答えてしまうのは照れ臭かったから。
ここからは後日談。週が明け、登校する俺を待ち構えてたのは春日さん。仁王立ちをしている。どす黒いオーラを出して、背後にはなんか鬼すら見えそう。
冷たい目線を向けられると、真冬の天体観測を思い出した。
「おはよう、倉田くん」
「おはようございます……」
「帰って来た葵ったら、星とあなたの話ばっかり。なんでも、色々教えてくれたとか」
「いや、先輩として天体の話をしていただけです……」
圧が強い。俺は今、多分涙目だろう。だって春日さん怖いもん。最近フランクになったと思っていたのは気のせいだったか。
冤罪だ、冤罪。弁護人を呼べ!そこにタイミングよく来たのはタッキーとニック。よし、これで勝つる!
「ねえ、葵の様子がどこかおかしいの。岡本くんと杉野くんはなにか知らない?」
「あいつら夜の屋上に二人きりでいました!」
「帰って来た倉田は……ニヤニヤ笑ってました……!」
つっかえねぇ! 疑惑は晴れるばかりか深まる一方。いや、本当になにもなかったから。
「極めつけはね、私少し大人になったのって言ってきたのだけど」
おい、コハル! ちゃんと詳しく説明しろ。お前はブラックコーヒーが飲めるようになっただけだろ。飲めてなかったけど。
タッキーとニックから、これでもかと嫌悪の目線を向けられる。俺たち友達だろ?
その後、誤解を解くのに時間がかかったのは言うまでもないだろう。コハル、後で覚えておけよ。
「一回部室に行って確かめなきゃ」
春日さんの呟きは俺にとっての死刑宣告に聞こえた。
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