秋櫻高校天文部活動日誌
池峰奏
第1話 4月-1
春、希望の春。新入生は着なれない制服に身を包みながら、キラキラと目を輝かせている。きっとこれから始まる高校生活へのちょっぴりの不安と大きな大きな期待を胸に抱えながらも、それでもどこか誇らしげに歩いている。
春、絶望の春。二年生になった俺らは既に着なれた制服に身を包みながら、死んだ魚と同じと評された目をしている。これから始まる高い高い障壁の前に、力無さげに歩いている。
さあ、天文部の勧誘活動を始めようか。
体育館で行われた部活動説明会、様々な部活が趣向を凝らして、新入生を確保しようと限られた時間内で躍起になっている。運動部は普段の練習の様子を再現し、動きの少ない文化部でも吹奏楽部の演奏は盛り上がりを見せた。
しかし、長い説明会で新入生は目に見えて飽き飽きとしている。予算も人員も足りない弱小部は興味を惹くことももなく終わっている様子が散見された。
「新入生の皆さんこんにちは。天文部部長の倉田です。短い時間ですが皆さんに天体の魅力を聞いてもらいたいと思います」
パチパチパチとお情けのような拍手が鳴った。味方でもなければ敵でもない。興味すら存在しないのをありありと表しているようだった。まだ寒い体育館の空気が、より一層冷たく感じた。
我が天文部は酷い有り様だった。去年の文化祭用に間に合わせで作ったポスターの持って、お堅い天体についての解説。文字は小さくて見えるはずなどない。しかし、それ以外の勧誘方法を持ち合わせていないのも事実だった。人前に立つのが苦手な俺は、小粋なジョークを挟む実力も持っているはずもなく、ただただ機械的に壇上で話しているだけだった。
誰かが欠伸をしたのが壇上から見えた。いっそのこと聞いていないでくれと願うばかりだった。
第一ラウンドは大敗北。だけど、それで良いのかもしれない。正直な話、真面目に天体に興味がある新入生が来たらそれはそれで困る。 そう自分に言い聞かせた。
第二ラウンド、体育館から出てきた哀れな子羊達を待ち構えているのは二列に並んだハンターの群れ。その列の間を歩く間に数々のビラを渡される。ここでのMVPは料理部だ。家庭科室で作ってきたであろうお菓子をビラに添えているため、多くの数を渡せている。甘い匂いに誘われて、虫のようにまた一人吸い寄せられていく。
情報過多になった新入生は余程目当ての部活でもない限りビラすら受け取ってくれないのである。 それもそのはず、この高校は一学年の生徒数が千人を越えるマンモス校だ。それ故、部活動の絶対数も多い。
それぞれの部活の胸に秘めている思いは別だろう。多くの部費を確保するため部員を欲しがっている部活、毎年の伝統だからお祭り感覚で勧誘する部活。その中でも天文部はただただ部員が一人でも欲しくて勧誘している。部として認められる条件は部員が四人いること、只今三人しか所属していない我が部活にとっては部員集めは死活問題なのである。
効率を上げるためと三人を別々の場所に配置したのがまずかったか、そもそも陰キャでコミュ障気味の俺らにはビラを渡すことさえ一困難なのである。
既に卒業した先輩に遺された言葉を思い出す。
「出来るだけ死んだ魚の目をしているやつに渡せ。今よりはちっとはマシだったがお前らのような目をしているやつだ。高校に入ったはいいがやることも決まってなくてとりあえず部活に所属しておこうと思っていそうなやつだ。背筋が曲がっているとなおいいぞ」
……今思うと酷い言い草である。だがそれで先輩は俺らを集めたのである。ならば従っておく他ないだろう。全てはあの快適な部室を守るため。
いくら待てど来るのは活気のある顔をした新入生ばかり。くそう、どいつもこいつもキラキラした目をしやがって、眩しいじゃないか。ついつい目を伏せがちになってしまいそうになるが、腹にぐっと力を入れて上を向く。あ、活きが悪いやつがいる。背筋も曲がっているぞ。
「天文部です。部活動見学だけでも来ませんか?」
「あ、もうもらっているので大丈夫です」
手の中に大事そうに抱えられているビラは囲碁部、存在さえほとんど知られていない部活だ。同じ弱小部活、考えることは一緒だったか。
結局、数を絞って刷ったはずなのに、俺のビラはほとんどが手元に残った。他の二人に期待することにしよう。
部の命運を賭けた第二ラウンドも大敗北だった。
肩を落としながら教室に戻ると、既に同じく天文部員のタッキーとニックがいた。浮かない顔をしているようだが二人に限って言えばそれが平常運行のため一縷の希望に賭ける。
「よう、お前らはどうだった?」
「このビラの束を見ればわかるだろ」
「俺も……、駄目だった……」
万事休すか……。そもそも無理があったのかもしれない。俺らに先輩のような謎のカリスマさえあれば。しかし、無い物ねだりをしたところで結果は変わらない。それならばやるべきなのは明るい未来のための議論だろう。 日陰者らしく、教室の隅に固まった俺らは作戦が漏れないように辺りの騒音でかき消される音量で会議を始めた。重い沈黙の中、これしかないと言うようにタッキーが呟いた。
「やはり武力行使か」
それを聞いてもう一人、ニックが頷く。
「武器の調達なら任せてくれ……」
「タッキー、ニック、待ってくれ。出来るだけ穏便に済ませよう」
今にも蛮行に及びそうな二人を止める。そんなことをやったら廃部になってしまうだろう。二人は代案を出せと言いたげだが、俺の言いたいことなんてお前らならすぐに伝わるだろ。俺は親指と人差し指で輪っかを作る。
「金か!」
「……は! 俺はいつも……、暴力でしか解決する方法しか思い付かなかった……。倉田、やはり貴様は天才か……」
タッキーとニックが称賛の言葉を投げ掛けてくる。二人とは頭の出来が違うからな。平和主義者、日和見の倉田とは俺のことだ。
「いや、なにが天才なの……」
「春日さん!?」
会話に自然に混ざってきたのは春日さん。ギャル的な存在で、クラスの中心人物のような彼女が何故隅に溜まった埃のような俺らの会話を聞いているとは何事だろうか。いや実際、同じクラスメイトとはいえ普段関わりのない人に話しかけられるのは勇気がいる。それを易々と行えることに格差を感じる。
「ここの三人って天文部だよね」
「そうだけど」
「そっか。じゃあよろしくね」
それだけ言うと立ち去っていった。いや、なにがよろしくだよ。俺には心当たりはない、他の二人も同様のようだ。
「倉田、なにをやらかしたんだ」
「いや、なにもやらかしてない。やらかしと言えばニックだろ」
「俺も……、今回はなにも爆発させてないない……」
一人一人責任を転嫁する。約一名趣旨が違うやつがいた気がするが、今回関係ないから不問とする。
であればだ。ニックではないがとびきりの爆弾が投下された今、解決策を共に模索していこうではないか。二人の目を見て俺は頷いた。
「これは体育館裏に呼び出されるパターンじゃないか。なあ、部員の責任は部長の責任でもあるよな」
「同意……。部長が責任を取るべき……」
そんなことはなかった。この人でなしどもめ。お前らには血が通ってないのか。
「やめろ、俺に押し付けるな。俺らは三人で天文部だろ」
ここで良い方に捉えられないのは日頃の行いだろうか。二人め、責任転嫁するつもり満々じゃないか。
「とりあえず気にしてても仕方がない。それよりも目の前の問題を片付けるべきだ」
意味深な台詞を残していった春日さんを気にしても仕方がない。それよりも新入部員の方が俺らにとっては大事なことだった。逃げたわけじゃないからな。
ここからは第三ラウンドだ。人知尽くして天命を待つ。新入生を迎えるだけだ。本当に人知を尽くしたか?
「タッキー、ニック。準備はできてるか?」
「ポットのお湯は沸かしてあるよ」
「甘いお菓子を……、チョイスしてきた……。それに人感センサも取り付けてある」
この日のための対策を重ねてきた。買収の件は一先ず置いておく。もしかしたらという可能性にまだすがりたいのだ。
「よし、完璧だな。……タッキー、少しは落ち着け」
そわそわしているタッキーが目に入る。貧乏ゆすりが激しくて見てられない。
「なあ、トランプでもして待ってようぜ」
「気を紛わらせたいのか。タッキーは本当に肝っ玉が小さいな」
そうは言っても暇なのも事実だった。暇潰しも兼ねてポーカーでもするか。口に出さずとも、ニックは無言でシャッフルを始めていた。
暇潰しのはずだったポーカーは、時間を忘れて白熱した。今の戦況は俺が劣勢だ。ニックのポーカーフェイスは完璧だった。タッキーは緊張でいつも以上に回る舌で口三味線を弾いているが、それが上手くはまっている。
なにも賭けていないとはいえ、これは勝負だ。そう易々と負けてやるわけにはいかねえ。来い、起死回生の手札。勢いよく引いたカードをゆっくりと確認する。ふっと息を短く吐くと、手札をテーブルに叩きつける。
「オールインだ」
「やる気だね、倉田」
「乗ってやろう……」
来やがったな。この手は敗れまい、俺の勝ちだ。
ビー、無情にもブザーが鳴った。入り口付近に取り付けた人感センサが誰かを感知したらしい。くそう、良いところだったのに。
「おっと、ここまでのようだ。倉田の負けだな」
「いいから早く準備しろ」
「人使いの……、荒いやつだ……」
バタバタと急いでカードを回収して準備をする。コンコンとドアがノックされた。顧問の先生ならノックなどしない。ならば待ちに待った新入生か。
「失礼します。天文部の部室でしょうか」
「お邪魔しますっす!」
威圧感を与えないように出来る限りの笑顔を作る。これも実は練習をした。変だ不気味だと好き勝手言って二人への恨みを俺は忘れない。
「ようこそ、天文部へ。タッキー、飲み物をお出ししろ。ニックはお茶菓子を。さあさ、座って座って」
おお、二人も来てくれたのか。しかも女の子。事前の打ち合わせ通り、流れるような作業で来賓をもてなす。ここで好印象を抱かせておきたい。
「はい、コーヒー飲める?お砂糖とミルクは好きに使ってね」
「こっちも……、好きに食べてくれて構わない……」
「あ、ありがとうございます」
椅子を引いて座らせてから勢いのままコーヒーとお菓子を差し出す。その間実に一秒。見事な連携だ。
二人とも砂糖とミルクを入れてかき回している。それから一口飲んだのを確認する。よし、もう逃げられないし逃がさない。
一息ついた所で本題に入ろうか。
「さて、自己紹介から入ろうか。俺は部長の倉田。ここの三人は二年生だ」
「副部長の岡本です。タッキーってあだ名だよ」
「杉野だ……。ニックと呼ばれている……」
俺たち三人が短く自己紹介をすると、二人もそれに答えてくれる。
「一年の桃城真美っす」
「同じく一年の春日葵です」
春日さん、誰かに似ている気がする。誰だっけな、春日……?
「もしかして、春日さんって2-Aにお姉さんとかいる?」
「はい、いますよ」
「やっぱりか。それで話しかけられたわけだな」
そう言われれば似ている気がする。姉ちゃんの方は薄い化粧と緩い巻き髪をしているからギャルっぽいけど、妹さんの方はすごく真面目そうだ
「よかったな倉田、放課後大人数に囲まれてボコボコにされるわけじゃなくて」
「一安心……」
二人はバシバシと勢いよく俺の肩を叩いてくる。や、やめろ。少し、いや、かなり痛い。
「いや、だから俺に押し付けるんじゃねえ」
本気で喜んでいる俺らを見てドン引きしているのは春日妹。
「ええ……、姉はどんな印象を持たれてるのですか……」
これに関して言えば完全に俺らの妄想だ。でも、お姉さんは陽キャだから怖いですよ、なんて言えねえよな。例えその人がどんなにいい人でも陰キャは無条件で陽キャが怖いものなんだ。
俺らが共通の認識を再確認しているともう一人の女子、桃城さんが声を挙げた。
「私も一つ質問いいすっか。この部活って兼部は大丈夫すか?」
「問題ないけど、どの部活と兼部するの?」
「漫研にも入りたいと思ってるっす!」
「漫研か!」
タッキーが同好の士を見つけてぴくりと眉を動かす。
「まずかったっすか?」
「いや、全然構わないよ。僕も漫研に入ろうかと思ってたぐらいだし」
「女子しかいなくてびびって入れなかったけどな」
「ああ、それは言うなよ」
がっくしとタッキーが肩を落とす。漫研の部室の前でビクビクしていたところを先輩に半ば拉致されてこの部室に入ったからな。ちなみに俺が手足を縛った。
「タッキー先輩も漫画とか描くんすか」
「まあ全般興味はあるかな」
「それよりさ」
話に花が咲きそうなのでそれを遮る。オタクというのは総じて話が長いからな。後でしてもらう分には一向に構わないけど今はもっと大事な話がある。
「二人はどうして天文部に入ろうと思ったの?」
「私は風の噂で漫画みたいな部活があると聞いたっす。実際来てみると噂以上っすね。目につくだけで色々物があるっすね」
「どんな噂だよ……。まあ、冷蔵庫やポットや電子レンジがある部室はここだけだろうね。その他にもボードゲーム各種、アコギとかもあるし、全部去年の元部長が持ち込んだものだけど」
「その元部長何者なんすか……」
「それは追々話すとして、春日さんはどうして?」
「私は元々天体に興味があって、詳しいわけじゃないのですが。それに姉の助言もあってここに来ました」
「天体に興味ね……。ならこの部活に向いてないかもしれないな」
一年間ここで過ごしてきたものの意見だ。部員を逃すのは痛いが、それ以上に伝えなければならないことだった。
「ここ天文部ですよね?」
「そうだが、考えてもみてくれ。この学校の下校時間は六時三十分だ。夏場ならまだ日も沈んでない時間だぞ」
「じゃあ活動内容はどんな感じなんですか」
「一応月に一度は星を見るようにしているが、それ以外は基本部室で遊んでいるだけだな」
「ますます漫画みたいでいいっすね!」
「だろぉ。桃城さんはこの部活向いてるよ」
いえーいと桃城さんとハイタッチをする。存外、この子ノリいいな。ますますうちの部活に向いている気がする。
そんな俺らを呆れたという表情の春日さん。対してタッキーとニックはうんうんと目を瞑り頷いている。部員確保のためなら嘘八百でも並べた方がいいのかもしれないが、それで途中で止められても困る。桃城さんが興味を示してくれているから充分だろう。最悪一人でも入ってくれれば問題ないのだ。
「無理強いはしないけど、今日はもう他の部活周るのもきついだろうし、親睦のためトランプでもやっていかない? 甘いお菓子もあるよ」
「……わかりました。今日はそれで」
トランプに惹かれたのか、はたまた甘いお菓子に惹かれたのか。どうやら俺らのやり方に付き合ってくれるそうだ。出来れば悪い噂とか流さないで欲しいという打算もある、主に姉に。
しばらくトランプに勤しんでいると、先に上がった桃城さんがぐっと伸びをしてから周りを見渡す。おい、勝者の余裕か?
「でも部室に家電一式あるのいいっすね」
「本当は駄目だぞ。学業や部活動に関係ないもの持ち込み禁止だ」
「この部活そういうものだらけじゃないっすか!」
「あー、良くも悪くも顧問が適当な人だからな」
そこまで言って、ビーと再びブザーが鳴った。噂をすれば影、この時間に新入生も来ないだろうし、話題の顧問だろう。
「オース! おお、新入生が来てるじゃないか、しかも女の子二人。野郎ばっかりでむさ苦しかった部活も華やかになるな。タッキー、コーヒーナシナシで」
「丁度先生のこと話してたんですよ。自己紹介お願いします」
「おっと失礼、天文部顧問で物理担当の茂木だ。二人とも入ってくれるのかね」
「あ、私は入るつもりっす!」
「私は悩み中です……」
「コーヒーありがと。そうかいそうかい。とりあえず一人は入ってくれるのか。じゃあこの部室も守られるな。お菓子ももらうぞ」
「なるほど、この部活にしてこの顧問ありっすね!」
桃城さんな順応が早いらしい。良いことだ。
「まあ、そういうことだな。ご馳走さま、俺は他の部活も見てくるよ。本入部したらよろしくね」
本当にコーヒーとお菓子が目当てだったようだ。いつものことながら嵐のような人だな。その適当さが茂木先生の良いところだけど。そのお陰でいつも助かっています。
「よし、これで俺の勝ちだな、お疲れちゃん。そろそろいい時間だし帰るか」
「本当にトランプしてるだけで部活動が終わりなんですね……」
「勝ち逃げっすか、ずるいっすよ! それにこういうのって新入生に花を持たせるものじゃないんすか」
「ははは、この天文部は常に実力主義なのだ。これこそが男女平等だ」
「大人げないっすね……。もう一戦だけ」
「俺もそうしてやりたいのは山々だが、下校時間が迫ってる」
ちらりと時計を見ると、既に六時二十分を指していた。随分と長いことやってたな。それだけ白熱した試合だった。
「まあこれからいくらでも出来ることだし、今日だけは倉田のまぐれ勝ちにしてあげてもいいだろ」
「タッキー、自分が惨敗したからって汚い野郎だ。いいから負けたやつはいつも通り片付け頼むぞ」
ワーキャー騒いでる敗者達を無視して帰り支度を始める。いいから早く帰るぞ。日ごとに日の入りが遅くなると言ってもまだまだ四月始め。外は既に真っ暗だった。
「じゃあ俺はチャリを取ってくる。他に自転車通学はいるか?」
「私は電車です」
「私もっす!」
「了解、俺だけか」
自転車置き場から愛用のクロスバイクを見つけ、跨がる。 さて、このまま帰ってしまっても構わないが一つ懸念がある。最寄り駅なんてすぐそこだしちょっと見に行くか。
悪いことに、俺の嫌な予感は見事的中した。四人は二人と二人のグループに分かれている。タッキーと桃城さんは仲睦まじく話している、タッキーの盛り上がりようからオタクトークでも話しているのではなかろうか。問題はもう二人、ニックと春日さんはまるっきし会話がない。ニックは口下手だから期待するのも酷な話か。仕方ない、助け船を出してやろう。
「おっす、お疲れさん」
「倉田……、帰ったのでは……?」
「まあまあ、今日くらい見送ってやろうという気まぐれだよ。今日は月が綺麗だな。ねえ、春日さん」
「え?! 急にどうしたんですか」
なにを勘違いしたのか大袈裟に驚く春日さん。天文部なんだ、月の話ぐらいするだろう。
「確か月齢が大体十五くらい、満月だからさ。あんまり星を見るには適してはいないけど」
「ああ、そういうことですか。随分天文部らしいこと言うのですね」
今までの発言で少し気分を害していたのか。ほんの少し刺が見え隠れする態度だった。まあ、仕方がないだろう。興味があるなら向いてないとまで言ったわけだからな。
実際、それも嘘ではない。でも正しくはない。これでも俺らも天文部だ。普通に興味はある。かなりある。結局のところ普段の活動では見れないよってことなんだけど、そこまで説明してないからな。
「らしいと言うか天文部なんだけど。今日の満月は一年で一番地球に近い満月だ。それに見えにくいかな、あそこの七つの星はわかるかい」
「いや、わかりません……」
「あれはかの有名な北斗七星だな。春の星座だし、肉眼でも見えるから覚えておくといいよ」
春日さんは意外性に溢れるといった顔でこちらを見ている。なんだその顔は。
「倉田先輩、詳しいのですね 」
「そりゃ、曲がりなりにも天文部の部長やってるしな。それに去年の先輩に言われて必死こいて覚えたし」
「なんでですか?」
「先輩に星を見て語れる男はモテるぞって騙されて。実際には披露する機会なんて一回くらいしかなかったし、もっとも、細かく語りすぎて引かれたけど。ニックもそうだよな」
「俺に振るな……。俺は倉田ほど熱心にはおぼえなかったけどな……」
「なんですかそれ。下らない理由ですね」
春日さんがやっと笑ってくれた。もしかしたら笑顔を見たのは今日初めてかもしれない。去年覚えた天体の知識も会話の繋ぎぐらいにはなっただろう。
そろそろ駅につくな。これでお別れか。
「ちっとは天体への興味も深まったかい」
「……倉田先輩はずるいです」
「え、なんて言った?」
「いえ、なんでもありません。今日はありがとうございました」
そう言って逃げるように駆け足で駅に向かう春日さん。もしかして嫌われたか。
「なあ、ニック。春日さん何て言ってた?」
「……スケコマシめ」
「なんでだよ!」
「自覚ないのか……。まあいい……、じゃあな……」
「あっ、なんだよ。じゃあな」
いまいち腑に落ちないがニックも駅に向かっていった。なんだよ、聞いてたなら教えてくれてもいいじゃんか。
次の日、いよいよ本格的に始まりだした授業に疲労感を覚えつつ、それでも終わりを告げるチャイムが鳴るとやる気が出てきた。守ることが出来た部室に行くか。
「タッキー、ニック。行こうぜ」
この学校はマンモス校だからか、クラス替えがない。そのため、タッキーとニックとも変わらず同じクラスだ。
そう思うと先輩はすごいな。最初のクラスで三人確保して、居心地の良い部室を確保したのち、早々に勧誘をやめたのか。改めて先輩のカリスマに驚く。
「倉田くん、昨日は葵がお世話になったね」
「げっ、春日さん」
「なによその態度。それに、色々聞いちゃったんだからね」
その言葉に冷や汗が出てくる。色々ってなんだ。ただでさえ怖い春日さんが更に恐ろしく感じる。
「部室がすごいらしいね。今度遊びに行こうかしら」
「うちは部員のみ立ち入れるので……」
「へー、じゃああたしも入部しようかしら」
「ええ!」
「なによその反応。それにあたしのことなんか怖い人だと思ってない?」
思ってますとも、なんてとてもじゃないけど口に出すことは出来ない。
「そんなことないですよ……」
「声が小さいよ。まあいいや、それと葵が倉田くんのこと、いや、それは言わないでおこうかな」
また意味深な台詞だけ残して去っていった。気になるじゃないか。これは本格的に嫌われたか。
「やっぱり、なにかやらかすなら倉田だよな」
「俺たちは……、無関係……」
「お前らは、見てたなら助けろよ」
「君子危うきに近寄らずだ」
「誰が君子だ、人格者でもなんでもないくせに」
春日さんのことは気になるが、俺たちだけで話し合っても正解は見つけられない。部室にでも行くか。
天文部の部室は学校の端の辺境な所にぽつんと存在する。教室から遠いが、他の部から干渉を受けない秘密基地みたいで気に入っている。
「今日は桃城さんは来ないんだっけ」
「漫研に行くみたいだから来ないね。じゃあまたいつもの三人だね」
「いや……、そうとは限らない……」
「なんだニック、宛でもあるのか」
「まあな……」
ニックが誰か見つけたのか。いや、でも俺以上に口下手だぞ。そうは思えないけどな。グダグダ話しているうちに部室に到着、落ち着くものだ。さて、部活動に勤しむか。
いつも通りダラダラしていると、コンコンとドアがノックされた。本当に誰か来たのか。ドアを開けたのは俺にとっては意外な人物だった。
「お疲れ様です」
「春日さん!? どうして……」
俺とタッキーは驚き、ニックはやっぱりといった感じで頷いている。
「春日葵、天文部に入部しに来ました!」
春、出会いの春。これから五人体制の天文部が始まろうとしていた。
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