「ヂクショォ! 返ゼっ! ああ吐げ! このッ!

「お客様、他のお客様のご迷惑に――

「ウルサイッ! コイツが僕の~~っ、あ"ぅ!はっ!


 鼓膜をつんざくネオン光。耳を震わす電響音。二足歩行を辞めるヨッパライ。

 浅ましい弱者共の群れから欲望を啜る遊技場は、今日も下には下が居ることを教えてくれる。

 底辺の私は一人、束の間の優越感に吹かれながら。ただ咥えてばかり、ロクに減らないタバコを飲むフリばかりしている。


「な"ぁ兄ちゃん! 見どっだやん"! 見どっだやんね!


 警備員の制止を振り切り、肩を掴んできた隣席。泣き叫びながら台を蹴り飛ばし、いよいよ連行されていたハゲ頭は、最後のワラとして、横で死んだ目をしていた、なで肩へと縋ることを決めたらしい。


「うぇ! へっ、"ボク" ?


 流石に急だった。

 いくら勇者とは言え、アルコール耐性は低かったのだ。数年ぶりに思わず飛び出した一人称に、少し戸惑いながら頬を掻いた。 ヨッパライは少しどころでは無かった。自分の半分も無いであろう華奢な身体からは、想像も付かない巨木に気付いたのだ。

 彼は強めに、私の肩をもう一度揺すった。確かめるようだった。しかし動かない。アロンファロアで固めたトすら思えた。やがてその酩酊したハズの赤面は、みるく-く青くなっていった。


「ちょっと貴方! す、スイマセンお客様

「あ、あぁいや……別に。オッサン、どう、冷めた?


 痛みも特に無かった。怒りも特になく、私はただ目の前で青すら抜けて白くなる男の顔をのぞき込んだ。彼の目は怯えた子鹿のように震え、とにかく目の前の若人から逃げる事に必死だった。


「だ、大丈夫。さみました。ころさないでください……


 口は震え、上手く回らないようであった。一抹の罪悪感から肩を叩いてやると、彼は「ひっぃ! ぎゃ! ト悲鳴を荒げて店を出て行った。


 バケモノと出会したような醜態。嗤う気にはなれなかった。ひたすらに自分の中、決して撤去はされない壁の存在ばかりが主張を強めた。

 男が出て行った席を、しばらく私はジィト見つめていた。


「お、お客様……あの。

「え、……ハイ

「あ、コチラその、少しばかり弾のほうサービスを。お詫びと言ってはなんですが――

「ああイヤ、大丈夫っス、帰るんで、もう

「……申し訳ありません。あ、でしたら――


 遊ぶ気持ちにはもう、ならないのだろう。

 見当外れに察した店員の善意を断って、私はそのまま外へと逃げ出した。

 手には適当に選んだお菓子が握られていた。

 自動ドアを抜けて、空は暗かった。ずっと暗かった。夜から夜へ、変わることの無い一枚板は、まるで世界が私のために一歩止まってくれた気がして、ほんの少しばかり救われた気がした。


 自分と一緒だ。皆逃げたいんだ。

 

 あそこに行けばそんな奴らが沢山いた。目的とか、将来とか、現実とか、お金とか、仕事とか勉強とか……色々忘れて、取り敢えず座っときゃ良いんだから。

 ホラ見ろ、どうだいッテ。

 なんだかんだ皆生きてるじゃ無いか。

 そう、慰めてくれる気がした。


「今日の私はさ、偉いんじゃ無いか。少しばかり。店員だってホラ、アレなら困らんだろう


 言い聞かせるように呟いて、一人夜道をヨタヨタ歩く。

 いつの間にか食い尽くした紙袋を、擦り粒さんと握りつぶす。

 怯えたあの男の顔が、どこまでもどこまでもこびりついてくる。虎が水を飲むとき、鹿も馬もトカゲも消えて、忽然と水面をその舌が揺らす情景を思い浮かべる。


「覚えられちゃったな……顔、


 だからなんだ。なんだって言うんだ。どうでも良いだろう。別に。

 意味の無い言い訳をうそぶく。

 二度と行くまいト、決意をカラの拳で握りしめる。ひとりぼっちの夜、上を向くことも出来ずうなだれて、唇だけを噛みしめる。


「あいまぁルーザー! どうせだったらぁ! とうぼえだって――


 公園を抜けた辺り、男の絶叫が聞こえて来た。ブランコのギィコく-くト言う伴奏と共に、ソレは、私の耳をつんざいた。


 男は必死に謳っていた。上着を脱ぎ捨て、ヨレヨレのスーツに汗を散らして。額に撒いたネクタイはぱたぱたトそよぎ、歌とも呼べぬ歌を叫んでいた。


 彼を嗤う事は出来なかった。そりゃそうだ。私と違って働いていて、誰にも迷惑を掛けずこんな夜更け、一人泣き、打ちひしがれているダケなのだから。


 思えばあの男も必死だった。人の胸ぐらを掴むほど、のっぴきならない気力があったのだ。ソレがどんな情けなく傲慢な者であろうとも、きっと、無気力にタダ、日常と言うヤツを貪るだけの、廃人よりはマシなのだろう。


 雨に打たれた気がした。

 ようやく私は上を向いた。


 甘いだけの歯にこびたイチゴを舐めながら、わなわなト震えだした。


 道を見やればトラックが行く。上を見やれば街灯が照るる。奥を目指せばコンビニが覗く。

 すべての輪郭が潤み、やがてぼやけて目を焼いた。とても眩しく感じられた。


 眩しい。眩しいト昼を拒んで、いつしか夜ですら――


 気付いた時にはもう、私は走っていた。サンダルは破け、髪は解け、車を追い抜いていた。

 何も見えぬぐちゃぐちゃの視界で扉を開けて、布団に顔を突っ伏した。


「うぅ、うえぇ、ぐぅ、


 情けない。情けない声だった。

 自分でも恐ろしいぐらいあどけない声だった。泣いているのか、吐いているのか、区別の付かない声だった。


 いつまで、いつまで、いつまで……?


 底辺ト、自虐するのが怖くなった。怖くて堪らなくなった。本物は笑えない。正に心理だった。


 どうすれば良いんだろうか。

 このまま進めばゴミクズで、元に戻れどバケモノで。ニンゲンは、ニンゲンは何処にあるんだろうか。


 私は、何処で間違えたんだろうか。


 ……この日なのか、次の日なのかは解らない。

 やがて私の息は、少しずつ小さくなっていった。


―――――――――――――――――――――――

二日目!

 実体験ですね。人生追い詰められたら深夜徘徊すると良いですよ。景色は変わるし、どこか神秘的な情緒を楽しめます。下には下が居ると勘違いできます。

 劇薬です。ほんの数日です。早めに昼の世界に戻らないとこうなります。


 いつまでも鬱らせるダケじゃつまんないですね。すぐやめますこんなの、チャント生きてもらいましょう。コイツには。ではまた明日


追伸

環境基本法に背く、こんなクソ文章の垂れ流しに★や♡を恵んでくださる奇特な方が3名も居られました。大したモノは返せませんが、届いております。本当にありがとうございます。いつか内臓が欲しくなったら教えて下さい。コレステロールの低さにだけは自信があります。

 

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