「よく来たな勇者よ!!


 叫ぶ声も今は遠い。霞みは遙か遠くにありて、あくびの一つでも決めたくなる始末。


「あーソレ来た来た。今北産業 名古屋支店。鍋焼きうどん800円。


 訳の分からない事を呟く。ぼそぼそト、熱にうなされた徘徊老人のような足取りで、勇者ト呼ばれた さまようよろいは、魔王の元へと歩いて行く。


「な、何を言って――


 戸惑う魔王。その声は兜に弾かれて。どこか遠くの草むらで、つわものどもとおねんねした。


「もう良いよ、もう。……メンドクセェ、


 そう言った刹那、勇者は腰の剣を投げ飛ばした。無造作に、適当に、死んだ目で投げつけた。棄てるト言った方が正確だった。そして気付いた頃にはもう、ソレは魔王の脇腹めがけて飛びかかっていた。


「ぎやぁ!ギャァ!がぁ、


 おぞましい肉の裂ける音があって、骨が割れる音が続いた。魔王はその巨躯から、この世の元は思えぬうめき声を荒げては、尻餅をついて身をばたつかせた。


「待て、まて勇者よ! ――まだ、まだ

「終わった終わった……良いだろ、もう。帰るぞ、


 薄らむ視界の中、魔王は必死に手を伸ばした。しかし目当ての人物はつかつかト、踵を返しては遠くなっていった。


「そんな、こんな……

「帰るぞ、キララ、

「え、あ……うん。


 呼ばれた女性は杖を振りかざした。ソレは既にもがく力も失せ、自分の身体からゆっくりと命が流れていくのを絶えるしか無くなった魔王への慈悲であった。

 杖から飛び出た色の付いた風の旋律は魔王の身体を包み、やがてその痛みにもだえる伏身へと、甘美な眠りをもたらした。


 城は崩れ、民はうなだれ、顔は曇っていた。何処にも無い夏草がなびいては、空だけが青く、時が待ってはくれない事を皆に教えた。


 魔王はその姿を隠し、荒れ地は荒れ地に戻った。人々は突然の平穏に喜んだが、肝心の勇者はもう、何処にも顕れる事は無かった。


 大地を割り、海を混ぜ、空を畳む。

 

 人とは思えない伝説の正体は、終ぞ見つかること無くその熱を冷ました。

 

 きっと相撃ちだったのだ。


 守られた者達は、せめてもの責務として、荒れ地をくまなく探して回った。


 しかし二年が過ぎて尚、彼らの建てた銅像に、聖剣のひとかけらすら戻ることは、無かった。。



「――ん。やべ、7時かもう……夜の


 ある住宅街。古ぼけたアパートの二階。物干し竿として聖剣は、その役目を担っていたのだから。。



――――――――――――――――――



  「軒先や 徒然勇者は 夢の痕」


         作 ねんね ゆきよ

――――――――――――――――――



 職業勇者。人生勇者。オレには勇者しかないんですよ。


 いくらでも並べられる。この身体がぐちゃぐちゃになろうとも、その道を進み続けた。私がミスターと違った点を上げるならば、彼が闇夜にひとりぼっちだった頃、私は戦場にひとりぼっちだったことだろう。

 後進の育成なんてありえなかった。大体平和になった世の中で、なぜ虎を飼う必要があるというのか。風に吹かれる道以外、選ぶことは出来なかった。


 戦うことだけを考えてきた。そんな人生を歩み続けた。ソレが意味も無い徒労だと気付いた頃には、もう取り返しの付かないところまで来てしまっていた。


 だからせめて、せめてこれからは人間をやってやろうト。そう決心した。


 使命から解放され、羨望から解放され、期待から解放され……即ち、社会から解放されて。私は自由を手にして、思いのまま羽ばたこうト、そう決心したのだ。


 ――二年が過ぎた。


 なにも、な"に"も"! ながっだ!!


 恐ろしかった。いつしかカレンダーすらめくれなくなった。洗濯、掃除すらおざなりに、服も買わなくなった。

 恋愛というヤツもできなかった。そもそも自分が人間をさして好まない性分であることを忘れていた。


 やりたい事はいっぱいあった。あった。あった? ……あったんだろうか。


 時間さえあれば、時間さえあれば。

 言い聞かせ続けた自己暗示は、いつしか実像となって私を取り囲み、寄生し、よってたかっていじめ抜いて、その心をへし折ってしまった。

 誇りだった鎧も、いまではホコリを被っていた。


 どうするんだろう。どうするんだろう。……いや、どうなるんだろう。


 止まらない将来への不安に、私はいよいよ布団から這い出た。気色の悪い四足歩行で畳を蹴りながら、冷蔵庫へとしがみついた。


「……ねぇし。


 救済ビールは何処にも無かった。そりゃそうだ。先月とうとう医者に没収されたのだから。


「あーくそっ、くそっ、


 扉を閉めて、水道の蛇口をひねった。

 恨み口を冷やかすように、水は冷たく、私の頬へとぶつかった。


 惨めだ。ひどく惨めだ。気が付けば水の温度は少しばかりあがり、塩味が付いてきた。肩がワナワナト震え、脚を折りたたんでは鼻を啜った。

 金はある。力もある。なのに……なのにこの空虚はなんだろうか。

 アレほど望んだ自由を持て余し、一人この古ぼけたアパートで孤独死するのだろうか。


 辛い。辛い。辛い。


 ひとしきりうずくまって、膝をぬらしたいだけぬらした後。私はサンダルを履いてドアを開けた。

 目の前には夜空と、点々トしたビルとコンビニ達の灯りが見えた。僅かな、星々のおこぼれたちの顔すらも、今の私にはまばゆく、直視しづらいものがあった。


「……パチンコ、


 うわごとの様に呟いて、私は一人、スウェットの寝間着のまま、駅の近くへと歩いて行った。


―――――――――――――――――――――――

取り敢えず一日目。

読みに来てくれてありがとうございます。

面白かったら♡や★をくれると嬉しいです。コメントが一番嬉しいです。ではまた明日

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