第4話 エピローグ



 ――目を開くと、そこは見覚えのある天井が見えた。というか、自分の部屋だ。


「俺……いつの間に寝て……あ、そういえば昨日……!」


 寝ぼけ眼を擦りながら体を起こすと、同時に昨日のあれやこれやを思い出す。


「何で家に。メアが運んでくれたのかな。……ん?」


 そう考えながら体を起こそうとすると、腹部あたりの重みにようやく気がついた。


「げっ、メア……!?」


 何故ここに、と声に出しかけてぐっと堪える。彼女が運んで、寝かしてくれたのだろう。そして心配をしてくれたのだ、きっと。


「……ありがとう、メア」


 彼女を起こさないようにそっと体を抜かせようと捻っていると、不意にパチりとメアの目が開いた。


「あ! イノリ起きてる!」

「あ、うん。ごめん、起こしたみたいだね」

「良かったぁ! ずっと起きないからこのまま死んじゃうんじゃないかと思ったよー!」

「ははは、縁起でもない。……あの、心配してくれたのは分かったから、抱きつくのやめてもらってもいい? ミシミシって体から聞こえてはいけない音がするんだけど……!」


 手加減無しの全力の抱擁にどうにか抜け出そうと四苦八苦していると、今度は部屋の扉が静かに開く。


「メアさん、兄さんは起き――」

「か、かなえ! た、たすけっ」

「はあ……ごゆっくり」

「いや待って。絶対誤解だから! あとかなえが思っている以上のピンチだから!」


 あ、やばい。段々意識が遠くなっていくような。そんな気が――。



 ☆ ☆ ☆

 


「ごめんね。大丈夫?」

「あ、うん。大丈夫……」


 三途の川の向こう側で白部と剛志が手を振っていたのが見えた気がする。二人は死んでないのに。……あれ、もしかして俺の方が死んでた?


「……そういえば、あれからどうなったんだ?」

「イノリを担いで学校から逃げ出したよ。白部ちゃんも肉倉くんもイノリを心配してた」

「あの二人が……」


 剛志はともかく白部は意外だ。事故なんて起きようものなら嬉々としてニュースにしそうなのに。さすがにこの考えは白部に失礼か。


「そういえば白部のやつ、新聞どうするんだろうな。俺の怪我ではネタにならないだろうから」

「それは大丈夫だと思うよ。行方不明者が見つかったらしいから、それを記事にするんじゃないかな」

「見つかったんだ」

「うん。かなえちゃんのお友達? がそう言ってたって」


 そういえばうちの妹とお巡りさんはマブダチだった。そんな話を小学生にするなと思うが、そこはもう今更だろう。……ん? ちょっと待て。


「メア、もしかして俺……結構な時間寝てた?」

「うん。といっても、一日ぐらいだけど」


 マジか。もしかして相当やばい状態だったのかと思うと怖い。


「とりあえず今日一日は安静にしてね。わたしがずっとそばに居るから」

「学校に行ってもいいんだよ」

「やだ。心配だもん」


 体調はすこぶる良いので心配されると少し申し訳なく思ってしまう。


「本当に大丈夫だよ。何なら以前よりも体調良い気がするし」

「あ、やっぱり? よかったぁ。こっちでも『ヒール』はちゃんと使えるみたい」

「……え? まさか、魔法を使ったのか?」

「うん。学校じゃダメって約束だったから、家に帰ってから使ったんだよー」


 ダメだと言った理由はそこでは無いのだが、まあいいか。ただ、得体の知れない力が俺の体に作用したと考えると怖いな……でもまあ。

 ちらりと彼女の姿を見る。ひたすらに真っ直ぐな碧色の瞳からは、害意や悪意は読み取れない。きっと安全だと、自分に言い聞かせる。


「そうか。ありがとな」


 俺のことを知っている不審者で。身に覚えのない記憶を捏造してくる自称婚約者で。素直すぎる程に純粋な同居人。


「メア」


 不信感も懐疑心も恐怖もまだないとは言えない。それでも少しは信用出来ると、友達になれるとそう思った。


「これからもよろしく」


 彼女は驚いたように目を開く。何かを躊躇っているのか、碧色の目は揺れている。そして、メアはそっと瞼を閉じた。


「…………うん」


 目を開けたメアは、また鈴のように笑った。


「ね、イノリ」


 いつもの声音で俺を呼ぶ。そして言うのだ。軽やかに。歌うように。けれど、大切な宝物を忘れないようにはっきりと。


「大好きだよ」


 俺はいつの日か、この言葉を真正面から受け取れるようになれればいいなと、心の底からそう思った。

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