第3話 夜の学校探検



「――深夜の校舎で謎の生物を見たというタレコミが入りました。これから我々は、その審議を確かめに行きます!」


 暗い中でも分かるほど目を輝かせている白部。俺はそんな彼女を無視して、その隣にいる人物に声をかける。


「剛志、来てたのか」

「おうとも! 詩葉にオレの筋肉が必要だって言われたからな!」

「不審者対策で呼びました」

「この場合、俺らの方が不審者なのですが……」


 深夜の学校に忍び込む。これだけ聞くと青春っぽいが、バレたら停学、下手すれば退学も有り得る犯罪行為。


「本気で行くつもりか? 今回のことがバレたら、シャレにならないよ」

「当たり前! 罰が怖くてジャーナリストは名乗れないからね!」

「まだジャーナリストではないでしょ、新聞部副部長」


 俺の苦言も華麗にスルーした白部は、興味深そうに学校を覗き込むメアに視線を移す。


「それよりメアちゃんは大丈夫? 無理しなくてもいいよ、この二人は強制だけど」

「おい」


 その気遣いを少しはこっちに向けて欲しい。


「もちろん! 夜の学校に忍び込むって何だかワクワクするね!」


 こういったことを経験したことがないのか、お姫様は白部以上に爛々と目を輝かせていた。


「わかるよ、その気持ち! そっかぁ。メアちゃんもこっち側かぁ」

「違うから。メアにあまり変な影響与えるなよ」

「よし。じゃあみんな集まったことだし、そろそろ行こっか!」


 もしかして俺はこの場にいないのかな。もしそうなら帰りたいな。そう思いながら、動き出そうとする一団に待ったをかける。


「俺、まだ行くって言ってないんだけど」

「もし来ないなら明日の学校新聞の一面が神坂くんの熱愛報道になるけど、どうする?」

「行きます」

 


 ☆ ☆ ☆



 メディアの力に屈し、学校に忍び込むことになった俺は二階の廊下を歩いていた。そもそも入ることが出来ない、なんて予想は外れてしまい無事に侵入出来てしまった。


「目撃情報の一つ目は二階のトイレだよ」


 ここまで来てしまったらバレずに終わることが一番だ。俺は周囲を警戒しつつ先に進む。


「ねぇねぇ、夜の学校って昼の時と全然違うね!」

「そうだね。暗くて危ないから転けないようにな」


 メアに何かあれば間違いなく妹にシバかれる。恐ろしい。


「メアちゃんって夜の学校は初めてなの?」

「普通はそうだろ」

「うん。前は学校じゃなくておし……お家で先生を読んで教えてもらってたから」

「宅トレみたいなものだな!」

「どっちかと言うなら家庭教師だと思うけど」


 メアの居た世界では学校が普通ではなかったのだろう。だからこの学校での時間をこんなにも新鮮に感じている。


「着いたよ」


 暗いせいか道のりがいつもより長く感じたものの、無事に目的地に到着する。


「それじゃあ俺らは男子トイレの方見てくるから」

「何かあったらちゃんと撮ってね。はい、デジカメと懐中電灯」

「どうも」


 男子トイレの中に入るが、やはりいつもより薄暗い程度で何か変わった様子はない。念の為天井にも光を当てるが、当然何も無かった。


「なあ、ちょっとこっちに光を当ててくれ」

「どうした剛志、何かあったのか?」


 声のする方に光を向けると、そこでは剛志が鏡の前でポージングしていた。


「……なに?」

「どうだ、祈。良い筋肉だと思わないか?」

「……そだね」


 ホラゲーだと鏡の中に引きずり込まれる立ち回りだぞ、それ。と、助言しようかと悩んでいると、剛志が「あ」と声をあげた。


「今度は何?」

「今、そこの窓になにか通り過ぎなかったか?」


 何それ怖い。

 しかし、デジカメを渡された以上責任を果たさないわけにはいかない。そう思い恐る恐る振り返ってみたが、窓には何も映っていなかった。


「嘘じゃないぜ。さっきそこをヒョイって何かが通り過ぎたんだ」

「通り過ぎたって、鳥じゃないのか?」

「鳥って感じじゃあなかったんだがなぁ」


 窓を開けて周囲を見回してみるが、何かがいる様子は無い。一応、窓の辺りをパシャリと撮ってトイレから出る。そこには既に調査が終わったらしいメアと白部がいた。


「どうだった?」

「剛志が窓の外になにかがいたのを見たらしい」

「本当だって。オレは見たぜ。長い何かが窓を横切るのをな!」


 自信満々に訴える剛志に、それにうんうんと頷いてメモをとる白部。俺はその二人からそっと離れ、なにやら考え込んでいるメアの隣に立つ。


「どうした?」

「んー、あ、イノリ。ううん、何でもないよ」


 そう言って頭を振るメア。何でもなさそうではなかったが、本人がそう言うのだからそうなのだろう。

 それ以上追求することなく、そうかとだけ返す。


「あ、そうだ。イノリ、これあげる」

「……なにこれ?」


 渡されたのは剣のキーホルダー。お土産屋で売ってあるようなゴテゴテしたやつではないが、だからといって渡されても若干困る。


「お守り。ずっと身につけていてね」

「ええ……うん、ありがとう……」


 メアの好意を無下にするのも気が引ける。プレゼントのセンスはどうかと思うが、素直に受けとっておくことにした。


「なあ、これって――」

「さあ、次は四階に続く階段に向かうよ!」


 何かがいた、という情報が結構嬉しかったのかテンションが三割ほど高くなった白部が意気揚々と先導する。そして、それを追いかけてメアはこちらに背を向けて、途中でちらりとこちらを見た。


「ね、早く行こ?」


 窓から差し込む月明かりに照らされたメアは、何処か神秘的で俺はああ、とくぐもった声しか返せなかった。



 ☆ ☆ ☆



 夜の階段はどこか薄気味悪いものを感じる。


「うーん……何も無いねぇ」


 この場所に来て十数分が経過した。三階から四階に続くこの階段を何度も往復してみたが、特に変わった様子もない。


「何も無いんじゃない?」

「そんなはずはないよ! きっと何かがあるはず。今のままでは新聞にするにはインパクトに欠けるからね」


 そうは言ってもないものはない。そろそろどうやって諦めさせるかを考える時間かな……。そんなことを考えた時だった。

 突然、剛志が何かから白部を庇うように前に出た。


「ぐっ……!?」


 剛志が何やら声を漏らす。何事かと見てみると、彼の右腕に何かが巻きついていた。


「剛志!?」

「問題ない、ぜ! き、んにくぅぅぅぅ! さいっこう!!」


 剛志は左手で巻きついていた何かを掴むと、自信を鼓舞するように叫びながら何かを引きちぎった。


「大丈夫か!?」

「よ、ゆう! ってか、これなんだ?」


 剛志が巻きついてきた何かを見せてくる。俺と白部がそれに光を当てると、謎の何かの正体はすぐに分かった。


「「……タコ?」」


 何かの正体はタコの足だった。

 なぜ、タコの足が? 俺たち三人の心の声は一致した。


「どうしてこんなところで、タコの足なんて……」

「……よく分からないけど、さすがに帰ろう。これ以上は危険な気がする」


 さっきまでとは違う気味の悪い雰囲気。それを感じ取った俺は早々に提案する。この先は危険で、未知で、恐ろしい。その意見に賛成なのか、渋々ではあったが白部は頷いた。


「今回はこれで終わりにしようか。メアちゃんも……メアちゃん? どうしたの?」


 怪訝そうな白部の言葉に、俺も釣られてこれまで静かだったメアの方に視線を向ける。


「きゃっ!」


 短い悲鳴の後、何かに引っ張られるかのように階段の下へと転倒していくメアの姿が見えたのは同時だった。


「メア!」


 俺は咄嗟に手を伸ばし、彼女の腕を掴み引っ張り上げた。それはほとんど条件反射のようなもので、その後のことを考えない動きだった。


 ――だから、俺はメアと入れ替わるようにして体勢を崩した。


 みるみるうちに階段の先の床が近づいてくるのが見える。しまった、と思った時にはもう遅かった。

 ああ、俺は助かるのだろうか。コマ送りのように感じる一瞬の中にそう考える。死ぬのは怖いな。でも、良かった。


 ――今度こそメアが無事で本当に良かった。


 俺の名前を呼ぶ声を聞きながら、心の底からそう思った。



 ☆ ☆ ☆



 ――俺は今、どこにいる?


 目を開けると、目の前には地面があった。体は重くて動かせない。なぜ? と思いながらも、どうにかして顔を少しだけだが上げる。


 ――まず目に入ったのは校舎だった。そこから自分が今どこにいるのかがわかる。恐らく、校庭の中だ。

 ――そして、最も目を引いたのは彼女だった。

 これまでに見た事のないような感情を宿した瞳で、俺を見ていた。そして、震える唇で言葉を紡ぐ。


「ねぇ、イノリ。……わたしね、ずうっと前から貴方を愛してたの。これは本当のことだから」


 何があったのか、なんて聞こうとしても口が動かない。どうして、俺はここにいるのか。何も分からない。どうして、彼女が泣いているのか。何も知らない。怖い。彼女が傷付いていることが。何も出来ないことが、怖い。


 必死に動こうとする俺の意識とは裏腹に、瞼は次第に重くなっていって目を覆ってしまった。

 

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