第2話 転校生
「転校生を紹介します」
お決まりの挨拶のあと、先生はそう切り出した。俄にざわめき出す教室。転校生が来るなんてイベントはそうそうあるものではない。しかし俺の心は冷めきっていた。何なら、これからのことを思い憂鬱になっていたと言ってもいい。
「それじゃあ入ってきて」
「はーい!」
明るい声と共に教室に入ってきたのは、金色の長髪を持つ少女。スラリとした長い脚に中学生とは思えない豊満な身体。クラスの男子生徒はゴクリと生唾を飲み込む。
「初めまして。わたしは、アンディーク・ルナ・メアって言います。メアって呼んでください!」
ぺこりとお辞儀をすると、彼女はえっとーと言ってこれからどうしたらいいかと先生に視線を向ける。
「何か一言、好きなものでも趣味でもいいから言って貰ってもいいかな?」
「わかりましたー」
大丈夫だ。メアにはアンディーク王国のことや俺との婚約のことは言わないように釘をさしてある。だから大丈夫だ。落ち着け……落ち着け……。
頼む、と見ているとぱちりと目が合ったような気がした。あ、まずい。嫌な予感がする。
「わたしが好きなものは、イノリ……神坂 祈です。これからどうぞよろしくお願いします!」
…………。
一瞬の静寂が教室を包む。俺は何となく、耳を手で覆い隠した。
「「「「「ええええええええぇ!!?」」」」」
クラスメイトの驚きの声が耳を塞いでも聞こえてくる。一気に騒々しくなる教室に、あわあわとしながら生徒の興奮を落ち着かせようと奮闘する先生。
「み、みんな、落ち着いて……!」
「アンディークさん! 神坂とどういう関係なの!!」
先生の声をスルーして、溌剌とした声がメアに届く。
俺はまたもや嫌な予感がしたので顔を伏せる。俺は今から無になる。俺はここにはいないんだ……。
「え? んーっとね、家族だよー」
あっけらかんと放たれたその一言に、またもや教室内が騒然となってしまったのは言うまでもないことだろう。
☆ ☆ ☆
本日の四時間目の授業は体育。しかも、体力測定の日だった。
「うおおおおぉ! 唸れオレの筋肉! きんにくぅぅぅ、さいっこおおおおおぉ!!」
俺は友が雄叫びをあげながらハンドボール投げをする姿を冷めた目で眺めていた。その元気、俺にちょっとは分けてくれないかなぁ。
メアが転校してきて数日が経ち、クラスメイトからの質問攻めも落ち着いてきた。ここ数日を思い返してため息を吐いていると、不意にメアの姿が目に映る。
「……上手くやれてるみたいだな」
クラスの女子と楽しげに話す姿が見えて、ほっと胸を撫で下ろす。異世界やら魔法やらの話をして浮かないか心配していたが、どうやら杞憂のようだ。
「あっれー? これはこれは今話題沸騰中の熱愛カップル、神坂さんじゃないですかー!」
視界の端からウザイ口調で何かが生えてきた。
「おやおやぁ? どこを見て……はっ! あれはメアちゃん! なるほどなるほど。何気ない日常でもついつい目で追ってしまうほどゾッコンだと」
「待て。捏造はやめろ、捏造は」
「えー……捏造では無いですよ? 私はただ、見たものを感じた通りに書いてるだけですから!」
「主観のみの記事とか捏造以外の何物でもないでしょうが」
ピシャリと言い放つと、いやはやと頭をかきながら愛想笑いを浮かべてくる。
「痛いところを突いてくるなぁ。聞かなかったことにしていい?」
「心に留めておいて欲しいんだけど」
俺の心からの苦言を言うも、彼女はすぐに何事も無かったかのようにケロッとしている。
「新聞部の副部長だからってよくもまあ精力的に取材してるよな」
「それはもう好奇心に身を任せてるからね。知りたいという欲求が止まらないんだよ!」
「あ、そうですか。……俺はこれで」
「というわけで、メアちゃんと神坂の関係を詳しく」
話が戻ってしまった。どうにかして話を逸らさないとな、と考えていると男子の歓声が聞こえてくる。声のした方を見てみると、どうやら剛志が新記録を出したらしい。あ、やべ、記録しないと。
「俺なんかよりも剛志を取材したらどうだ? 肉倉 剛志の強さの秘訣、的な」
「ダメダメ。あいつを取材したら、大半が筋肉の話になっちゃうもん」
「呼んだか?」
「筋肉って言った途端に来ちゃったよ」
筋肉という単語だけで、肉倉 剛志はニョキっと生えてきた。どうしよう的な目で見られても、生えてきた以上どうしようもない。
「今、筋肉の話をしたな?」
「してない」
「トレーニングに興味があるのか?」
「ないない」
「安心しな! いつでも歓迎してるぜ!!」
「話を聞けって」
こうなった剛志はプロテインの時間にならないと止まらい。そして今は授業中だ。当然プロテインはない。
「ねぇ神坂。これあんたの担当でしょ? どうにかしてよ」
「担当って言わないで。違うから」
不名誉な肩書きを否定しつつ、今も筋肉について語り続けている剛志に向き直る。
「そういえば剛志、ハンドボール投げ良い結果だったみたいだね」
「それで上腕二頭筋を――え? おお! 学年の最高記録を更新だぜ!」
「そっか、それは凄いな」
都合のいいこと以外は聞こえないのが剛志の耳だ。逆に都合のいいことであればちゃんと通じる。彼と話す時は喜びそうなことを最初に言えばいい。
「さっすが神坂、鮮やかな手並みだね。で、メアちゃんとの関係は?」
「本当にしつこいな……」
「ふっふっふっ。取材はしつこいと思われてからが本番だからね」
「うわぁ……」
「ほらほら詳しく! 詳細に! 事細かに! 聞かせてよ!」
うるさいのを静かにさせたら別のうるさいのが復活した。何この状況。俺そろそろ立ち幅跳びに行ってもいいかなぁ。
「なになに、わたしの話?」
「あ、アンディークさん」
「メアでいいよ」
「メアちゃん、今神坂との関係を取材しててるんだよ。ほら、あたし新聞部だからさ。二人のただならぬ関係に好奇……気になってね!」
「本人を前に正直だよな、白部は」
「わたしに何か聞きたいの? なんでも答えるよー!」
なんでも、という単語に反応する好奇心の変態、白部 詩葉さん。よだれを垂らして笑みを浮かべるその顔は通報しても許されるのではないかと思うほどだった。
「じゃ、じゃあ、神坂とメアちゃんの関係って何?」
「んーっとね、家族かな!」
「もっと詳しく言うなら?」
「ごめん。これ以上はイノリに口止めされてるんだよね」
「そこをなんとか! 言える範囲でいいからさ!」
「うーん……。あ、そうだ! パートナー、みたいな感じかな!」
ギラリ。白部の瞳が光った気がした。
「へぇー! パートナー! なるほどね。ちなみに、メアちゃんは神坂のことをどう思ってるのかな?」
「え? それはもちろんだいす――」
「ああっとメア! そろそろ女子はハンドボール投げやるみたいだな! 頑張れよ!」
メアと白部の間に入り、彼女の体の向きをぐるりと変える。すると何を思ったのか、メアこちらをじっと見上げてきた。
「……イノリは、頑張って欲しい?」
「え? それは体力テスト何だから、頑張っていい記録を取ろうとする方が良いとは思うけど――」
「わかった、任せて! 『スピード』、『パワード』」
「え、ちょっ、待って――!」
俺の制止を振り切って、彼女は一直線にハンドボール投げの投球位置に到達する。そして、大きく振りかぶると――。
その後、歓声と悲鳴の混じった声が校庭に響くことになる。幸いにも怪我人が出ることはなかったが、俺はその日、メアに学校では魔法を使わないという約束をさせようと心に決めた。
☆ ☆ ☆
あの騒動から数日後の夜。
俺のスマホに連絡が入り、その宛先を見て顔を歪める。嫌な予感しかしない。そう思いながらもメッセージを確認するのは、無視した場合が怖いからだ。
内容はこうだ。
『9時半に正門前に集合ね』
どうして、とメッセージを送ったところ先程のメッセージのコピーが送られてくる。理由はあくまで秘密。だが俺は知っている。これを無視した場合にどうなるのか。
「あれ? どしたの、こんな夜に」
出かける準備をする俺を見つけた妹が、怪訝そうな顔をする。
「ちょっと白部に呼び出されて」
それだけで何があったのかは察してくれたらしい。彼女はふーん、と呆れたような声を出す。
「あのさぁ、担当だからって何でもかんでも言うことを聞く必要は無いと思うよ?」
「担当ではないんですが」
「兄さんの担当でしょ、変人担当」
「俺いつの間にそんな役職についてたの」
知らない間に知らない役職をつけられているのに恐怖を覚えつつも、はははと笑みを返す。
「まあ、あいつらとは友達だから。多少バカなことにも付き合うよ」
俺がそう言うと、妹は深い深いため息を吐き出した。
「まったく。そのバカの担当をするこっちの身にもなってよね」
「え、何か言ったか?」
「別に! ……最近、あんたの学校で行方不明者出てるから気をつけてよね」
「うん。……ん? え、そうなの?」
行くのやめようかな。怖いしな。でも、俺が行かなかったら白部一人なんだよな。でも行くの怖いな。
行くのを躊躇っていると、雰囲気をぶち壊すような明るい声が入ってきた。
「あれ、イノリにカナエ。二人してどうしたの?」
「このバカがこんな夜から友達と遊びに行くんだって」
「え!? なにそれ楽しそう! わたしも行く!」
あれよあれよと俺が行く流れになっていく。
えっ、待って。まだ決めてない。怖いし危ないしまた今度にしない?
俺の抵抗は虚しく、妹に見送られ、メアからは背を押され、夜の世界に出ていくことになってしまった。
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