異世界から来た王女様が俺の婚約者を名乗っているのだが、俺には異世界での記憶が無くて怖い(助けて)

警備員さん

第1話 俺たちだけが知らない物語



 とある休日の昼下がり。自室で課題をやっていた俺の耳にピンポーンとインターホンの音が入ってきた。


「兄さーん、ちょっと出てー」

「わかったー」


 ぐっと背伸びをしながら立ち上がると扉に向かう。

 本日の我が家に来客の予定は無かったような。配達かな。そうだとしたら印鑑持って出ていった方が良かったかもしれない。

 なんて、益体のないことを考えながら外へと顔を出した。


「はーい、どちら様で……」

「イノリ! やっと会えたぁ――」


 顔を出した途端に人が飛び込んで来たのが目に見えて、反射的に扉を閉めた。直後、扉から何かがぶつかる音。……やべっ。


「す、すみません! ちょっとビックリしてしまって」


 慌てて再び扉を開けると、またしてもゴンッと何かにぶつかる音がした。


「あ、ごめんなさい! 本当にわざとじゃないんです」


 愛想笑いを浮かべながら謝り倒す。涙目で頭を押えていた少女の目がこっちを見た。途端に、彼女はニコパっと笑顔を浮かべる。


「大丈夫だよー。ぜんっぜん気にしてないから!」

「そ、そうですか。ありがとうございます」


 日本では珍しい綺麗な金色の髪に、爛々と輝く碧眼。その端正な顔立ちは、どこかのお姫様と言われても信じてしまいそうだった。


「えっと、それで何の御用で?」


 ドキマギしながら尋ねる。こんな美少女なのだ。年頃の男子である俺からしたら、ドキドキとしてしまうのは仕方がないこと。が、次の瞬間そんな考えが吹き飛ぶ。


「わたしはアンディーク・ルナ・メア。アンディーク王国の第二王女にしてイノリの婚約者だよ!」


 バタン。扉を閉めた。ついでに心も閉ざした。

 なになになに。怖い怖い怖い。よく分からない国の王女を名乗る人物が自身の婚約者を名乗ったのだ。普通に怖い。あと何故か自分の下の名前を知られているのも怖い。


 いや待て落ち着け。突っ走るのは悪い癖だ。きっと聞き間違えだ多分。翻訳者とか。広報役者とか。意味は分からないが恐怖感は薄れる。それに王国のくだりはお年頃なのだろうきっと。うんうん多分そうに違いない。


「あはは……さっきからすみません。あの、もう一度名前を伺ってもいいですか?」

「いいよー! わたしはメア。イノリの婚約者だよ!」


 聞き間違えじゃなかった。もう扉閉めてしまいたい。


「あのー、すみません。家と人、間違えてませんか? あの、ここは神坂っていう家なんですが……」

「あってるよ? 神坂 祈だよね、君」


 間違ってなかったかー。俺は何も知らないんだけどなー。怖いなー。これ絶対美人局か宗教勧誘か詐欺だよ絶対。だって我が家婚約者とか出来るほどの家じゃないもん。両親公務員で祖父母は畑を耕してる一般家庭だぞ。


「俺、あなたのこと知らないんですが……。何なら婚約者がいること自体初めて知ったのですが」

「大丈夫だよ! うん、わたしは気にしないから! 全然大丈夫!」

「何も大丈夫じゃないんですが。あのうち、お金たくさんある訳じゃないんで他所をあたってください」


 話を通じないなこの人。これ以上話をしても無駄だと判断してさっさと扉を閉めようとする。と、締め切る前にガッと扉を掴んできた。


「あのほんと、勘弁してくださいっ。ほんとにうち――って力強いなこの人!?」

「ちょっとちょっと! 話を聞いてってば!」

「俺騙されやすいんで無理です! 話聞けません!」


 扉のところで押し問答を続けていると、救いの女神が現れた。


「何やってんの、さっきから。騒ぎ声がこっちまで聞こえてくるんだけど」

「かなえ!」


 救いの女神こと妹のかなえは、また何かやらかしたのかと胡乱げな目線を向けてくる。しかし今回は大丈夫だ。自称婚約者の不審者と小さな頃からの絆で結ばれた兄。どっちの肩を持つかは明白だ。


「あれ、もしかして妹さん? 初めまして。わたし、イノリの婚約者のメアって言います!」

「聞いての通りだマイシスター。ちょっと変な人が来ちゃってな。とりあえず警察に電話するフリでもして追い払ってくれ!」

「えっ?」


 不審者は未だバレバレな芝居を続けている。

 残念だったな。我が妹は近所のお巡りさんとマブダチなのだ。主に俺のせいで。だが、この時ばかりは即断即決即通報が信条の、兄通報記録一位保持者は動かなかった。そればかりか、パァっと笑顔を浮かべて我が家を守る兄を突き飛ばしたのだ。


「――ああっ! 初めまして。妹の叶です。すみませんね、うちのバカ兄貴如きが」


 なんと賢き妹君が不審者を歓迎し出した。あれ、かなえちゃん今、如きって言った? 兄如きって言った?

 …………これ、本当に婚約者なのか? もしくは二人はグルでドッキリだったり? 『もしも美少女が婚約者だと言い張ったら信じる? 信じない?』みたいな番組とか? いやでも、バカ兄貴呼ばわりする時って結構本気で怒ってたりするのよね、かなえは。


「ささ、あがってください。狭いところですけど」

「大丈夫! わたし、狭いところ慣れてるから!」


 俺の入る余地もないままに話が進んでしまい、この不審者を家に招き入れることになってしまった。



 ☆ ☆ ☆



 妹は言った。『あたし、買い物行ってくるから。その間にさっきまでのこと、ちゃんと謝っときなさいよね』と。俺は釈然としなかったが、躾の行き届いた兄なので妹の言うことには逆らわない。怖いので。


「……あのー、さっきはすみませんでした。ちょっと取り乱してしまって」

「いいよいいよ! わたしと君の仲なんだから、全然気にしてないよー!」


 俺の形だけの謝罪を快く受け入れてくれた。

 良かった。良い人そうだ。仲も何も初対面だけど。


「その、俺両親から許嫁とかそういった話は聞いてなくて……。その、失礼ですがうちの両親とどういった関係か教えて貰えませんか?」

「え? 君のご両親に会ったことは一度もないけど」


 メアはさらっと答えてくる。


「……あなたとの関係ではなく、あなたのご両親とうちの両親の関係について教えてもらえればと」

「お父様もお母様も君のご両親とは会ったことないと思うよ?」


 ちょっと待て。何か話が変わってきた。

 え、じゃあ何を持って婚約者を名乗ってるのこの人。やっぱり不審者じゃないの。っていうか、何でかなえはこんな子を家に入れちゃったの。帰してもいいかなぁ。


「なら、何で俺とあなたは婚約者に……?」

「もちろん、わたしがお父様を説得したからだよ! この人と結婚したいですって言って、認められたから婚約出来たの!」


 あれ。もしかして自分側の意思だけで婚約したとか言ってんのかなこの人は。


「じゃ、じゃあ、正式な書類だとかうちの両親公認だとかそういったことは……」

「全然ないよ?」


 本当に不審者じゃねぇか! 何この子怖い。普通に怖い。知らない間に知らない人と婚約したことになってるのに得体の知れない恐怖を感じる。


「……お帰りはあちらです」

「えー、帰らないよ。というか、今日からここに住むから」

「何を勝手なこと言ってるんですか」

「勝手じゃないよ。そうなることになってるの」


 どこか含みを持たせた言い回しに怪しさが増す。というかさっきから話が噛み合っていない気がするんだけど。


「何言ってるのかさっきからわからないんですが。そもそも、あなたは何者なんですか?」

「だから、アンディーク王国の第二王女だって」

「あの、俺が中学生だからってバカにしてるんですか。アンディーク王国なんて国はないですよ」


 地理はある程度は学んだ。高校で習うことと比べたら大したことはないかもしれないが、少なくとも国の名前ぐらいはだいたい覚えている。

 俺がそう断言すると、彼女はふむふむと何やら納得したかのように声をあげた。


「なるほどそういうこと。そこがまだ飲み込めてなかったんだね!」

「そこというかどこも咀嚼出来てないんですが」

「あのね。アンディーク王国はこの世界にある国じゃないの。別世界にある国なの。そしてイノリは、その国を救った凄いヒトなんだよ!」

「そういう設定ですか」


 そろそろ本当のことを言って欲しい。かなえが招き入れたことから危険人物では無いと思うが、現時点では不審者でしかない。あと、最近卒業したばかりなので続けられると黒歴史を思い出して恥ずかしくなるのでそのお芝居もやめてほしい。


「設定じゃないよ! まったく。全然信じてないみたいだね」

「信じるので本当のこと言ってください」

「それは信じてない人が言う言葉だよ!」


 まあ信じてないから合ってるんですが。


「あ、そうだ! 実際に見てもらったら信じてもらえるかな」

「信じるって何をですか?」

「はい、手を出して」

「は、手……?」


 差し出された手を言われるがままに触れる。女の子の手って柔らかいんだな、なんてドキドキしてると「じゃあ行くよ!」と声が聞こえてきた。


「『テレポート』」


 視界が白い光に包まれ目を瞑る。そして、再び目を開けるとそこには信じられないような光景が広がっていた。


「は、…………えっ!?」


 眼下に広がるのは我が家とその周辺。つまり俺は今、我が家の真上にいる。見下ろすだけでかなりの範囲を見渡せるほどの高度。


「どう? これで信じてくれるかな!」

「はっ、ちょっ、こ、これって……!」


 空に身を投げ出したとなれば、次に起こる事象は決まっている。万有引力という世界の理に基づいた落下現象だ。


「ねぇねぇ! 信じてくれた?」

「信じる! 信じるから! た、たすけ……っ」


 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。たったそれだけのことが頭の中で繰り返される。パニックになったと言ってもいい。


「はい、じゃあわたしの体を掴んで」


 俺は言われるがままに、少しずつ離れていく彼女との距離をこれ以上離されないように必死になってしがみつく。


「それじゃあ行くよー! 『テレポート』!」


 鈴のような声音が響き、またしても体が光に包まれる。ぎゅっと目を瞑っていると、次第に足下に固い感触がした。


「床……?」


 床だ。俺は今、元の自分の部屋の中にいる。さっきまでの浮遊感が嘘のように、固い床の上に座り込んでいた。


「い、生きてる……」


 安堵が一気に身体中に駆け巡り、力が抜ける。そうして、一息をついたタイミングでようやく体の感覚を取り戻す。


「ねね、どうだった?」


 空中にいた時と変わらない、明るい声が頭の上から降ってきた。……そう、頭の上から降ってきたのだ。正常な感覚を取り戻したことで、腕から伝わってくる暖かい感触に気づいた。


「あは。こんなに近いと照れるかも」


 照れりと頬を染めるメア。俺はようやく今の自分の状態を把握する。そう。俺は今、彼女の体に抱きついてお腹に頭を埋めている状態だったのだ。…………まずい。こんなところを妹に見られたら――。


「兄さん、お茶とお菓子買ってきたから二人で――」


 …………うん、知ってた。

 俺は諦めの笑みを浮かべながら、固まる妹に顔を向けた。


「かなえちゃん、落ち着いて聞いて欲しいんだけどね。本当にこれはやむにやまれぬ事情があって――」

「死ねぇぇぇぇ! クズ兄貴!!」


 クズ兄貴だなんて、半年ぶりに聞いたなぁ。俺はそんな益体のないことを考えながら、眼前に迫ってくる足を甘んじて受け入れるのだった。

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