第12話

 KOUを座らせると、リリスは完全にお飾りのエプロンを身に付ける。


「杉屋と吉田屋の牛丼、どっちにします? あ、カレーとビーフシチューとビーフストロガノフもありますよ!」

「う~ん、吉田屋かな?」

「は~い♡」


 毎食買いに出るのが面倒になってきていたリリスは、買い置きの牛丼の具を大量に持っていた。


「ご飯はこのくらい?」

「あ、炊いてあるの? だったら大盛りがいい」


 よく食べてえらい……!

 KOUを子供扱いしたいのではないが、自然に出た感想がこれである。

 家にある中で一番大きい器に米を詰め込んでいると、早くもレンジが鳴った。

 一合の米に牛丼の具を三袋分乗せれば、KOUご所望の大盛り牛丼の完成だ。


「お待たせしました~。上になんか乗せます?」

「何あるの?」

「キムチ、チーズ、明太マヨ、温玉、おくらなど……」

「もう店だね……温玉がいいです」


 冷蔵庫にあった温玉を全部乗せようとしたら、流石に止められた。


「リリスちゃんは食べないの?」

「なんというか……お腹いっぱいで。お代わりするならまたご飯炊いときますよ!」

「いやいや……」

「じゃ、じゃあ味噌汁は!? カップのとかあって……」


 よくよく考えると今しているのはただの食事なんかではなく、二人きりの打ち上げだ。

 本当はビールが欲しいかもしれないが、推しの前で堂々と未成年飲酒をカミングアウトするわけにはいかない。


「味噌汁好きだよ。しじみとか」

「かしこまりましたぁ!」


 カップの味噌汁にポットの湯を注ぎ、店以上の早さを実現するリリス。

 そんなリリスがおかしかったのか、KOUはプッと吹き出した。


「ごめんね、なんか気ィ遣わせちゃって……今度俺にもご馳走させてよ」

「ええっ、いいんですか!? ファンの人に見られたりしたらまずくないですか!?」

「あぁ、俺はそういうの気にしないってか、アイドル的な売り方好きじゃないんだよね」


 「そんな感じするう~!」とも言えないので、曖昧に頷いておく。

 女になってから、物事の進むスピードが倍になった気がする。


 男だったら、プレイヤー側に居ても憧れのロッカーとの距離を縮めるのは大変なことだった。

 忠犬のようについて回って、やっと便利な後輩ポジションを得たものだ。



「ごちそうさま、今日はありがとう。またなんか危ないとか怖いことあったら連絡して」

「はい! ありがとうございます」

「あと、これ……本当はさっき、これを渡したかったんだ」


 帰り際、KOUはリリスに紙を渡してきた。

 それはなんと、KOUが飢郎に入る前から所属していたバンドのライブチケットだった。


「え、いいんですか……!」

「うん。俺目当てかも分からないのに渡すのってどうかと思ってさ」

「いやいやいやバリバリKOUさん目当てっスよぉ!」


 興奮のあまり、リリスはつい素で喋ってしまった。

 連日のネットストーカーの甲斐あってKOUが複数のバンドを掛け持ちしているのは勿論知っていたが、そちらにまで行くのは少し気まずさがあった。

 別に自分がバンドマンをしていて、全てのライブやインストアイベントに来てくれる客が居ても有り難さしかないというのに。

 間違っても「こいついつも居るなぁ、暇人なんか?」などとは思わないのに、自分が客の立場になると、そう思われてはいないかと不安になる。


 しかしリリスは、KOU本人に招待された。来てもいいと、お墨付きを貰ったのだ。


「絶対行きますね……!」


 これまで通り飢郎のライブにも、インストアイベントにも……!

 リリスのモチベーションは更に上がった。


 KOUはフッと微笑んで、ドアが閉まる。また開けてみたら既に居なかった。歩くのが早い。

 一気に現実味がなくなったものの、キッチンにはKOUが使った空の器やカップが確かにあった。

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