第13話

 チェキを一枚ずつスリーブに入れて、台紙に貼り付ける。

 全てKOUが映ったもので揃え、真ん中には落書き入りの当たりチェキを置いて、額縁に入れた。

 額縁はこだわりたかったのでモールの雑貨屋で買ったが、揃えようと思えば全部100円ショップで揃えられるのだから最近の推し活関係は凄い。


「随分買ったんですねぇ。百枚くらいあります?」

「アッ、市長……」


 猫の姿の市長がテーブルに飛び乗り、内緒にしていたチェキの束をまじまじと見てくる。


「遊ぶのもいいですけど、あなたが上京してきたのは任務の為だってこと、忘れないでくださいね」


 小言を言われてしまった……。しかし、ちえについては追及されていない。

 いくら市長クラスの人間でも、無断で自分のカードを一枚千円のチェキ百枚を買うのに使われたと知ったら、少なくとも一言二言何かある筈だ。

 もしかすると、市長は則夫がそんな図々しい男とは気付いていなくて、自腹で買ったと思い込んでいるのかもしれない。

 もしくは、たかが紙に十万円もの値段が付くとは思いもしないのか……。

 とにかく、バレなければいいのである。


「はいはーい」


 リリスは一先ずチェキを仕舞い、パソコンを開く。

 丁度調べものをしたかったし、墓穴を掘りたくない。


「きくりん、っと……」


 有名になっただけあって、読みを入力しただけで『KIKU♡rin』が予測変換に出てくる。

 KOUのことはあらかた調べ尽くしたので、今日は菊馬の情報を探してみることにしたのだ。

 早速検索してみると、まずサジェストからしておかしかった。


『KIKU♡rin リリス』

『KIKU♡rin キクリリ』

『KIKU♡rin ゲイ』

『キクリリ オンリーイベント』

『キクリリ 同人誌』

『リリキク 地雷』


「な、なんじゃあこりゃあ……」


 見慣れない文字列に、リリスは目を疑った。

 これが本当にミュージシャンの名前を検索して出てくる情報だというのか。

 というか既に脱退したリリスの名前が、どうしてサジェストの一番上に表示されるのかも分からない。


「まぁ、これが一番マシなんだよな、多分……」


 『KIKU♡rin リリス』をクリックすると、歌詞サイトやファンサイトがヒットした。

 菊馬が作詞作曲編曲をした、『リリス』という楽曲があるらしい。

 この時点で胸焼けがしてくる。


「いや、駄目だよな胸焼けとか言ったら……」


 ……と言いつつも、一旦ファンサイトに避難したリリス。

 作曲者や作曲者などで検索すると曲名一覧が表示される、ありがたいサイトだ。

 菊馬作詞の曲はアルバムに一曲は収録されるペースで作られていて、作曲と編曲も菊馬がしているようだ。


 画面をスクロールしていくと、歌詞ページへのリンクになっている曲名がずらずらと出てきた。

 『リリス』『L.I.P』『マリアの唄』『うそつき』……など、目についたタイトルだけでも菊馬の情緒不安定さが伝わってくる。


「………………」


 知っておくべきなのだと自分に言い聞かせ、リリスは『リリス』のリンクをクリックした。


『リリス

作詞・作曲・編曲 KIKU♡rin


ねぇリリス

もう僕には見えないものになったの?

君は 亡霊の母となって

誰にも思い出されずに 僕もいらなくなって


君の綺麗な髪が 君の望むものを摘み取るナイフのままなら良かった

鋭さに傷付けられても 薔薇のような君が良かった


ねぇリリス



「ウワーッ!! なんだこれ! なんだこれ!」


 歌詞を途中まで見たリリスは、乱暴にノートパソコンを閉じた。

 わざわざ元メンバーの名前を使ってこんな詞を書いて、ファンはどう受け止めているのかが気になる。調べる勇気はない。


「ハァ、ハァ……ブラウザバック……」


 息切れを起こしながら、『リリス』のページを消す。

 心臓を鷲掴みにされたように、全身の震えが止まらなかった。


「……これは俺に関係なさそうだな」


 止めておけばいいのに、リリスはまた別の曲の歌詞ページを表示してしまった。

 そして激しく後悔した。


『マリアの唄

作詞・作曲・編曲 KIKU♡rin


僕がもし今死んだら

君の歌を一番近くで聴ける そんな場所に行けるのなら

僕はもう 終わったって



「ギャーーーッ!! 身内のそういうの聞きたくない!!」


 リリスはとうとう、ファンサイトからも逃げ出した。

 気晴らしで見た画像検索結果には、オークションで高騰するKIKU♡rinとリリスの2ショットチェキが表示されていた。

 そういえば、二人で撮る時はいつも連写モードにされていたが、菊馬はまだ一緒に撮ったチェキを持っているのだろうか。


「あっ……! 明日交換してもらうチェキ、スリーブに入れないと!」


 飢郎のインストアイベントでの交換の約束を思い出したリリスは、再びテーブルにチェキを広げる。

 SNSでバンギャアカウントを作ったリリスは、ダメ元でチェキの交換を募り、約束を取り付けたのだ。

 目当ては圧倒的人気を誇るKOUだから、纏めて交換してもらえるのはかなりの幸運であった。


 作業に取りかかる前に、壁にKOU尽くしの額縁を掛ける。

 「任務終わったら貰っちゃお、実家に持って帰っちゃお」と考えながら選んだ奢美な家具に囲まれても、KOUは輝いている。


 推しが居て金があって、リリスの日々は充実していた。

 女でいるのも悪くはないかもしれない。呑気にも、則夫はそう思いつつあった。



第一章・完

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