第11話
「リリスちゃん、家まで送るよ」
「えっでも、打ち上げとかあるんじゃないですか?」
「あったとしても行きたくないし……」
誤解でここまで嫌われてしまった菊馬に、リリスは心の中で謝った。
半分誤解ではないかもしれないが、原因はリリスにもあるし、立場上釈明してやることも出来ない。
帰る途中、KOUは菊馬と何かあったのかなど、そういった詮索を一切してこなかった。
ただ、評判が良くない相手と対バンをしたせいで怖がらせたと謝ってきた。
しっかり悪評広まるだけのことしてるんかい! と、今からでも戻って突っ込んでやりたくなる。
しかし、何も悪くないのに自分を責める若者をほっぽってまでそうすべきとも思えなかった。
「じゃあ……今日は駄目だったけど、次からは危なくないようにするから。また来てくれると嬉しい、よ」
「はい! 絶対行きます!」
「あ、そうだこれあげる。こないだの遠征で買ったお土産。ハゲの月」
リリス宅の玄関先で、KOUはおもむろに小さな箱をポケットから取り出した。
その突然のサプライズに動揺し、リリスも少し変になってしまったのだ。
「あ、じゃ私もその……牛丼食べます!?」
「え、いいの?」
「あぁ上がってもらったら、服もお返しできますし……! いや、洗濯、クリーニングしてからか!?」
「はは、いいよそんなの」
こうして、本命バンドマンを自宅に上げてしまったリリス。
どうせ市長の金だからと衝動的に家具を買い込んだのも、この時の為だったのかもしれない。
KOUを床に座らせて、テーブル代わりのダンボールで食事をさせるわけにはいかない。
「適当に座っててください……! 私着替えてくるんで」
「うん」
部屋のドアを閉め、破れたワンピースはゴミ箱に放り込む。
丁寧に畳んだパーカーよりも値段は高価だろうが、ただの布切れにしか見えなくて直そうとも思えなかった。
KOUがライブ中に着ていたパーカーは今、リリスの手の中にある。
ステージではインナーも無しに、素肌の上に着ていた。
それなのに汗臭いどころか、妙にいい匂いが漂っている。
咄嗟に返すと言ってしまったが、返さなくて済むならば返したくないというのが本音だ。
パーカーの引力に逆らい、リリスは服を着替えて髪を梳かす。
最後にめいっぱいパーカーの周りの空気を吸い込み、KOUが待つリビングへ戻った。
「お待たせ……えっ?」
リリスは、てっきりKOUはテーブルとセットになった椅子か、ソファーに座っているものだと思っていた。
しかしKOUが選んだのは、床に無造作に置いていた人を駄目にするクッションだった。
「あ、ここで食べたらこぼして大変だよね、ごめん……」
「あ、いいんですけど……起きれます? めっちゃ沈んでますよ」
「ちょっと待って、ああ~……落ちる……」
「座ってみたかったんだ……」と、リリスは和まされた。
イケイケの格好いいイメージしかKOUにはなかったが、意外と天然なのかもしれない。
生温かい『ハゲの月』といい、今日はKOUの新しい情報がたくさん明らかになっている。
とても一ファンには享受できないような、ライブやインターネットでは見られないKOUの一面だ。
バンドマン同士とも違うこの関係性は、年老いた則夫の心をも弾ませていた。
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