第7話
KOUにきっちりと送り届けられてから一週間後。
リリスはといえば、深刻なKOU中毒に陥っていた。
「急遽対バンとか決まんねぇ~かなぁ~~」
無謀な期待をしながらKOUのSNSアカウントを更新してみる。
すると、0秒前と表示された新しい投稿が出てきた。
「なに……!? 餓郎が、cherry adam主宰のライブに参加……!? しかも来週!?」
度肝を抜く情報に、リリスは思わず後ろに倒れる。
安心安全のフカフカベッドのお陰で痛くはない。
cherry adamといえば、則夫にとって元所属バンドである以上に、因縁のバンドでもあった。
則夫が辞める半年前、新しいギタリストを迎えてバンドは新体制に移行した。それがいけなかった。
そのギタリストは、やけにバンドを改革することに躍起になっていたのだ。
当日関西で活動していたのを、拠点を東京にしないかと最初に言い出したのもそいつだったと思う。
同じタイミングで祖父が倒れた則夫に、そいつは言い放った。
代わりのヴォーカルが見つかりそうだから、無理にバンドを続ける必要はないと。
結局則夫は言いなりになって辞めてしまったし、身体はそんな確執を忘れたかのようにチケットを申し込んでいた。
「発券してこなきゃ……参戦服も買っちゃおうかな……」
「自分をクビにしたバンドのライブに行くなんて、随分と高度な自傷行為ですねぇ」
「ウワッ!? ……なぁんだ、市長かよ」
ライブに行く気満々のリリスの前に突然現れて脅かしたのは、猫の姿をした市長の分身だった。
夢の3LDKマンションだったが、一部屋は分身市長に占領されている。
リリスがしっかりと任務に取り組んでいるかを監視する為らしい。
残りの一部屋は固定の男を住まわせてもいいと言われたが、これ以上むさ苦しくなったらたまったものではない。
「てか自傷って……目当てはKOUだしー?」
「KOU? あぁ、貴女が結構ガチめの誘惑をして、棒にも箸にもかからなかったあの男……」
「思いやりとかってないん?」
市長に言われずとも、リリスはKOUに相手にされなかったことを重々理解している。
普通の女であれば、KOUの顔を見るだけでも恥ずかしくてたまらないやらかし具合なのだろう。
しかしリリスの中身は則夫32歳。無駄に歳を重ね、変な方に向いたタフさを身に付けている。
KOUほど格好よくてモテる男なら、リリス程度の痛女には慣れているだろう。
金を出せば客として相手にはしてくれるだろうし、KOUがライブに出るのなら行くしかない。
すっかりKOUの虜となったリリスの強かさは、恋する乙女の領域を軽く超えていた。
「待ってろよKOU……! 俺は全身に可愛い服やアクセサリー、靴を纏ってお前の目の前に現れてやるからな……! お前の好みは巻き髪と編み込みならどっちだ……!? 情報収集してやるぜ、そして完璧なヘアメイクをする……! 何故ならヘアアレンジとメイクは元貧乏バンドマンの得意分野だからだぁー!」
「数年単位でこんなに闘志を燃やすことってなかったんじゃないですか?」
長い間推しと呼べる存在が居らず、たまたま今財力がある。
のめり込むのは仕方ないことで、いくら市長に冷笑されようが止まらない。
「あっ! そういえば俺の髪って地毛は黒なのに今はピンクブラウンじゃん?」
「そうですね」
トータルコーデを考える上で、リリスにははっきりさせておかなければならない疑問があった。
リリスの髪色はピンクブラウンで、色が抜けたり、髪が伸びてもプリンになったりはしない。
つまり、市長の魔法で変色している可能性が高いのだ。
「これって市長の魔法?」
「はい」
「色変えることも可能?」
「可能ですよ」
「ブリーチしてもキューティクルツヤツヤで?」
「髪質は大事ですから当然ですよ」
リリスはガッツポーズをした。これでKOUにワンランク上のアピールが出来る。
「何色にしたいんです?」
「紫! ……でもなぁ、やっぱり……う~~ん……」
「歯切れが悪いですねぇ」
KOUの好きな紫色の髪にする! と意気込んでみたが、考えてみると違う気がしてきた。
SNSの画像に写り込むKOUの爪にはよく紫のネイルが塗られていて、紫が好きなのだと思っていた。
しかし、ただその色しか持っていないだとか、深い理由なく塗っていたのなら、外した上に謎の奇抜頭女になってしまう。
「うう~~……あっ、そうだ! 俺も爪、紫に塗っちゃえばいいんだ!」
「ほ~っ、ご自分で?」
「おうよ、ネイルとか元貧乏バンドマンにかかればちょちょいのちょいよ! あと色々デコったりするのだとサロンの予約とれるかわかんねー」
テーブルにネイルの道具を広げ、早速取りかかる。
今夜は長い夜になりそうだが、リリスはなんだか浮かれていた。
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