第6話

 夢のような時間はあっという間に過ぎ去り、暗くなる前に帰ろうという話が出た。


「えー! 泊まる約束だったじゃん!」

「俺らはともかくリリスちゃんを山に泊まらせられないでしょ」

「わ、私なら大丈夫ですよ……!」


 だって、実はオッサンなので……。

 ……などとは言えず、根拠のない大丈夫以上の言葉が出てこない。


「どうしても泊まるって言うなら、俺がリリスちゃん送ってきますんで」

「えっ!? KOUさんが!? 悪いですよそんな!」

「そーだよ! それなら俺が送るって!」


 致死量の女の子扱いに恐縮しっぱなしのリリスだったが、ちょうどいい妥協点が見つかった。

 名付けて、『対バン相手のバンドマンに送ってもらって、KOUにはゆっくりしてもらおう作戦』だ。


「……それ一番心配なんですけど」


 結局KOUの同意は得られず、リリスはKOUに送り届けられることとなった。

 KOUはバイクで来ていたので、バンドマンの車を借りていた。


「KOUさん、バイクで来てたんですね。……乗ってみたいなぁ」

「危ねーから駄目」


 さりげなくタンデムしようとしてみたリリスだったが、あっさり却下された。

 KOUのバイクには乗れなくても、オッサンはバイクが大好きだ。則夫も原付を持っている。


「あの……私、本当に泊まりでも大丈夫ですよ。KOUさんと一緒のテントだったら」


 助手席に座ったリリスは、少しだけあざとく振る舞ってみた。

 心の中では市長に向かって「やってやったぞ!」とかなり勝ち誇っている。


「……リリスちゃん、男にそんなこと言ったら駄目だよ」

「ごめんなさい……」


 しかし、敢えなく玉砕。なんと手強い男だろうか。


「怒ってるわけじゃないけど、危ないからさ」

「……KOUさんにしか言いませんよ?」

「えっ……」

「KOUさんってなんか、安心するから」


 玉砕しようと、爪痕はしっかり残していく。

 ……家までの道中、1ミリもいやらしい雰囲気にならなかったが、残せていると思いたい。


「駅の前でいい? それともどっかの店の前で降ろす?」

「あ、この辺で大丈夫です」


 リリスが停まった車から降りようとすると、急にKOUから呼び止められた。


「ちょっと待って! cherry adam好きなの?」


 KOUがどうしてこの質問をしてきたのか、リリスには覚えがあった。

 あの日のキャリーケースに貼っていたのは、実家に放置していた昔のバンドのグッズだった。


「……あのステッカーなら、親戚のおじさんが持ってたんです」

「そっか……」


 『cherry adam』は、則夫が所属していたバンドだ。

 リリスと名乗って、大して上手くもない歌を歌っていた。


「KOUさん、送ってくれてありがとうございました。おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」


 ドアを閉じると、KOUが乗った車は遠ざかっていく。

 やっぱり、KOUには女にがっつく感じがない。

 けれどcherry adamの話をしている時だけは、食いつくようにこちらを見てきた。


「えっ俺、昔の自分に負けた…?」


 ……というのも、自意識過剰かもしれない。

 KOUはリリスを好きだとは言っていないし、cherry adamを好きなのだって、則夫の勘違いである可能性も否めない。


 どちらにせよ次の約束もなければ、連絡先さえも聞かれなかった。

 任務のターゲットとするには、KOUとの距離はまだまだ遠いのだった。

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