第4話

「ねー君! そう、君! そこのかわいこちゃん!」

「……私?」


 近所の牛丼屋帰りのリリスは、車道から聞こえる声に呼び止められた。

 昨日は夕方まで寝て起きてダラダラした後に来たので、時刻はまだ朝だ。


「あーやっぱり! こないだ俺らのライブ来てくれたよね!? キャスケット被ってたっしょ?」

「えっと……あ! 餓郎が出てた?」

「なんだよあいつらのファンかよー!」


 話をしていると、どうやら先日のセルフ公開処刑主宰バンドのメンバーのようだ。


「アンコールの時最前来てたから俺のファンだと思ったのにぃ……あとキャスケットも、俺よく被るからたまに真似されてて……」

「あはは……そういえば最初と最後二回演奏するって珍しいですよね」

「あぁ、それは餓郎呼ぶとほとんどあいつらの客だから、先にやらしたら俺らの曲聞く前に帰っちゃうでしょ?」

「……なるほど」


 軽いように見えて、悲しいほど自分を客観視している人だった。

 でも、自分にとって痛い事実にも向き合い、工夫して克服しようとする人はきっと成功する。

 則夫が32年生きてきて得た気付きである。


「ところでさ、これから俺らと遊びに行かない?」

「えっ? まだ朝ですよ?」

「楽しいとこ連れてくからさ。餓郎の奴も来るよ?」


 ばったり会ったバンドマンが、気になっているバンドのメンバーと会わせてくれると言っている。

 よほどの馬鹿でなければ、これをチャンスとは捉えないだろう。何故なら怪しすぎる。


 しかし、リリスに怪しんで逃げる必要などなかった。

 世の女性にとっての最低限の自衛すら、リリスには無用の長物に他ならない。

 明確な目的があって女にさせられたのだから、自身の身の安全よりも優先すべきことがある。


「……本当ですかぁ? ついてっちゃおうかなぁ」

「マジマジ! 後ろ乗りな!」


 やけくそで乗り込んだ車の中は芳香剤や香水の匂いで充満していて、ろくな場所に連れて行かれない雰囲気が漂っていた。

 助手席と後部座席にはバンドのメンバーであろう男が一人ずつ乗っていて、リリスはすっぴんのバンドマンに囲まれている。

 それだけはやけに懐かしく、リリスは場違いに笑いそうになった。


 数十分、一時間と時が経てば、呑気に笑ってはいられないほど雲行きが怪しくなる。

 この車は、明らかに山奥へと進んでいるのだ。

 人が良さそうなバンドマンがリリスを気遣って流してくれた餓郎のCDも、リリスを懐柔する為の飴のように思えてくる。


「あーー山わけわかんねー!」

「コウくんに電話しろよ」

「繋がる!?」

「この辺ならこっちから掛けてもまだいけんじゃね? コウくんがWi-Fi持ってたらラインでならいけるだろ」


 バンドマン達の口から出た『コウ』の名前を、リリスは聞き逃さなかった。

 あの後SNSを調べて、餓郎のギタリスト・KOUのアカウントを見つけ出した。

 すぐさま鍵アカウントでフォローし、以後動向を追っている。


 KOUに会える……! そう確信したリリスのバンドマン達への疑念は吹き飛び、ただひたすらに感謝した。

 正直犯されて山で捨てられることも覚悟したが、きっと天国の祖母もリリスを応援してくれているのだ。


 数日前までは絶対地獄に落ちているに違いないと毒づいていた祖母に、リリスは心の中で語りかけた。


 天国のおばあちゃん……! リリスきっと、幸せになります……!

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