17.僕と城戸さんの関係

「ぴゃっ──!?!?!?」


 突然の松雪さんの登場に、一番驚いたのは城戸さんだった。

 変な声を漏らしながら、座った状態で飛び上がっていた。器用すぎない?


「ふっふっふー♪ ついに見つけましたよ比呂くん。さあ、観念してお縄についてください」

「え、ちょっ、僕何か悪いことした?」

「してますよ!」


 しているらしい。松雪さんにこうも力強く言われてしまったのなら、たぶんそうなのだろう。

 ゆっくりとした足取りで近づいてくる松雪さん。長い黒髪が風でなびき、白い肌が陽の光を浴びて輝きを放っていた。

 存在がキラキラしてるな。さすがは学校一の美少女だ。

 そんな彼女に肉薄する美少女ランキング二位の期待の新星。城戸さんはプルプルと震えながら明後日の方向に顔を向けていた。

 って、どうした? 大きな身体を縮こまらせて、まるで松雪さんを怖がっているみたいじゃないか。今朝の僕を助けに来てくれた時の態度とは大違いである。


「お昼を一緒にしたいと言っていたのに、比呂くんったらすぐに教室からいなくなるのですから。ここまで来るのに苦労しましたよ」

「え、昼休みに一緒に食べるって約束したっけ?」

「へぇ……。比呂くんはどうやら、つい昨日のことも忘れてしまうような阿呆だったようですね」

「あ」


 そういえば、それで昨日は喫茶店でおごるはめになったのだったか……。

 でも、ちゃんと約束を交わしたわけでもないし。陽キャのなんとなくのノリで、約束を破ったことにしないでほしい。


「私……お友達とお昼を一緒にするの、初めてだったから楽しみにしていましたのに……」


 うん。これは僕が全面的に悪いな、うん。


「ごめん松雪さん。今度から気をつける……」

「はいっ。気をつけてくださいね」


 松雪さんは悲しそうにしていた表情を笑顔に変える。

 これは魔性の笑顔だ。大抵の男子ならこの笑顔を目にするだけで変な気を起こしてしまうかもしれないほどの破壊力がある。


「それで……そちらは一年生の城戸紬さん、ですよね? 今朝もお会いしましたけれど、比呂くんとはどういった関係ですか?」

「後輩なのに、よくフルネーム知ってるね」

「はい。私はこの学校の全生徒の名前と顔を覚えていますので」


 すごい! すごいんだけど……なんか怖いな。


「……」


 城戸さんは震えたままで、何も答えようとしない。

 松雪さんのオーラにやられてしまって声が出ないのかもしれない。陰の者には、この輝きはきついからな。


「えっと、僕と城戸さんの関係がどうとかって、今重要なことなの?」


 こういう時に助けるのが先輩の役割だろう。今朝は僕の方が助けられたわけだしな。


「重要と言いますか……。もし比呂くんと紬さんが付き合っているのなら、私はお邪魔虫になってしまいますからね。その時はここから退散しようかと思いまして」

「付き合ってるとかっ、そういう関係じゃないからっ!」


 とんでもない誤解が生まれそうだったので、我ながら珍しく声を張り上げた。

 城戸さんが僕なんかと付き合っているだなんて噂が広まったら大変だ。ただでさえ悪い噂があるというのに、そんな誤解が重なってしまえば彼女にとって酷い風評被害になってしまう。


「そ、そうなのですか?」

「そ、そう……。僕と、城戸さんは……」


 ……あれ、どういう関係なんだ?

 先輩後輩……ではあるんだけど、そうなると松雪さんにとっても同じものになるわけで。

 とはいえ、親しい仲というには、僕たちは出会って日が浅すぎた。仲間意識を持っているのは、もしかしたら僕だけかもしれないし……。


「……」


 明後日の方向を向いていた城戸さんの顔が、いつの間にか僕に向けられていた。

 表情は乏しいのに、僕のことをじっと見つめている。

 その目は何かを訴えようとしているようで……。僕はぐっと拳を握った。


「僕と城戸さんは……友達、だよ」


 言った。言ってしまった。

 まだ友達かどうかもわからないのに、勝手に友達宣言してしまった。

 城戸さんにそういう気持ちがなかったら、すごく迷惑な話だ……。ど、どうしよう……僕はとんでもないことをしてしまったんじゃないか? これは早まったか?


「うんっ。あたしと矢沢先輩は……友達!」


 胸の中が後悔で埋め尽くされそうになった時だった。

 城戸さんが僕に顔を近づけながら、嬉しそうにそう言ったのである。

 そっか……僕だけが思っている関係じゃなかったんだな。

 よかったと、安堵感が一気に広がった。胸の中を埋め尽くそうとしていた後悔が晴れていく。


「っ!」

「ん?」


 ズザッ、と足を滑らせるような音が聞こえたので見てみれば、松雪さんが後ずさりながらわなわなと震えていた。


「あの、どうしたの?」

「い、いいえ……なんだか尊いなと思いまして……」

「何が!?」


 僕と城戸さんはただの友達と伝えられたはずなのに、また新たな誤解が生まれてしまったように感じるのは気のせいか?


「矢沢先輩」


 城戸さんが僕の制服の裾をちょんちょんと引っ張る。

 顔を向ければ、彼女は僕の耳に口を寄せて言いにくそうにもごもごと呟く。


「えっと、その人……警察の人じゃ?」

「「え?」」


 城戸さんの震えながらの言葉に、僕と松雪さんは同時に首をかしげた。


「だって、さっき……『現行犯で逮捕します』って」


 城戸さん~~っ。その冗談を信じてたのか!?

 僕は松雪さんにじとーっとした目を向ける。こういうのは冗談を口にした張本人が本当のことを言うべきだろう。


「ふっふっふー、バレてしまったのなら仕方がありません」


 オイ、なんだその悪い顔は?

 松雪さんは胸のポケットから黒い手帳を取り出した。もちろん学生の僕らが携帯しているのは学校の生徒手帳である。


「私は警視庁の捜査官です! この学校に潜伏している犯人を追いかけている警察の偉い人なのです!」


 松雪さんは生徒手帳を突き出して、ババーン! と堂々と嘘の上塗りをした。警察ごっこが許されるのは男子中学生までだよ……。


「ごめんなさいごめんなさいっ。あたしは悪いことをしたつもりはなかったんですぅ……っ」


 しかし「警察」という単語が彼女には強烈すぎたのか。生徒手帳をちゃんと見る前に、顔を伏せて謝り出した。

 警察に対して無意味に怯える気持ちはわかる。警察官を前にすると、自転車に乗っているだけで怒られる気がしてしまうし。


「松雪さーん?」

「あ、あはは……。悪ノリが過ぎたみたいですね……」


 ここまで怯えられては、さすがの松雪さんも悪いと思ったらしい。悪ガキの一面も出してもいいけど、時と場合と相手を考えないとね。

 松雪さんが平謝りして、ようやく城戸さんの誤解が解けた。やっぱり親しくなる前に冗談を言うのってあまりよくないんだな。人の失敗を見て勉強になるのであった。


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