14.いじめ疑惑

 いずみ清十郎せいじゅうろう。僕から美月を奪った、にっくき恋敵である。

 身長が高く、顔も良い。女子から好かれそうな外見をしているいけ好かない奴だ。

 そんな男子に、僕は朝っぱらから廊下の壁際に追い詰められていた。


「はぁはぁはぁ……や、矢沢くん……っ」


 僕を逃がさないためだろう。泉くんは壁に手を突いて行く手を阻んでいた。

 壁に手を突いているということは、僕と泉くんの距離が近くなるわけで。彼の呼吸が感じられるどころか、物理的に吐息が顔に当たってとても不快だった。

 いつまでもこんな状態でいたくない。なんだか廊下を行き交う生徒たちの視線ですら不快に感じるし。


「で、泉くんは僕に何か用があるの?」


 用事があるのなら早く済ませてほしい。

 そんな気持ちから、さっさと話を促すことにした。


「そ、それはだな……」


 泉くんが頬を赤らめる。もじもじして、ちょっと気持ち悪い。

 恥じらう女子は可愛いと感じるけれど、男子が同じことをするのはただただ気持ち悪かった。脳と心がボロボロな僕だけど、この感覚は正常なようで安心する。

 言葉を詰まらせている泉くんをまだかまだかと眺めていると、なぜか周囲の女子たちがハラハラとした様子で見守っていることに気づく。

 そんな女子たちの反応に、僕はどうしてこんな状況になっているのかということに思い至ってしまった。

 こ、これは……いじめか?

 きっと女子たちには僕がいじめられているように見えているのだろう。確かに背の高い男子が、低身長の僕を壁際に追い詰めて何やらこそこそと話しているこの状況……。いじめが行われているのではないかと心配になってもおかしくない。

 純然たるいじめ! 突然のことで頭が回っていなかったけど、この状況から考えられる未来は僕がいじめられる光景しか想像できないっ!


「そ、その……だな」


 泉くんは言いづらそうにしている。

「金を出せ」なんて、どんな人でも言いづらいに決まっている。それとも別のことだったらどうしよう……。暴力に訴えられたら、運動能力が平均以下の僕に勝ち目はない。


「ま、待ってっ。は、話せばわかる──」

「俺の彼女……君の幼馴染について相談があるんだ!」


 ……ん?

 あれ、何やら想像していたことと違う言葉を聞いた気がするんだけど?


「へ?」


 間抜けな声が漏れる。

 泉くんはそれを聞き返されたと受け取ったのだろう。


「羽柴さんのことで相談があるんだ。こんなこと、彼女の幼馴染の君にしか相談できない」


 と、ハッキリ言った。


「なーんだ」

「期待して損した」

「そういう関係かと思って次の同人誌のネタになるかと思ったのに……ガッカリよ」


 僕たちを囲んでいた女子たちが、深いため息とともに散らばっていく。いじめではないと判断したんだろうけど……「同人誌のネタ」って何? どこら辺がネタになる要素があったの?


「えっと、美月のこと?」

「そうだ。矢沢くんは羽柴さんと仲が良いんだろう? 少しアドバイスをくれないか」


 えぇー……。よりによって僕にアドバイスを求める?

 泉くんは知らないんだろうけど、僕は美月のことをただの幼馴染とは思っていない。それは彼氏ができた今でも変わってはいなかった。

 だからって泉くんを出し抜いて奪ってやる、という気概があるわけでもないが……。それでも僕に尋ねる内容としては酷いにもほどがあるだろう。


「えっと、アドバイスって何が聞きたいの?」


 だというのに、断れない僕。ああ、「NO」と言える日本人になりたい。


「そ、それはだね……」


 再びもじもじし始める泉くん。うん、もう教室に行ってもいいかな?

 ただでさえ聞きたくもない内容っぽいのに、肝心の泉くんがこれでは、いくら温厚な僕でもフラストレーションが溜まってしまう。

 ああ……このままでは意味もなくキレてしまいそうだ。

 暴言を吐いてしまいたい衝動に襲われる。でも陰キャの僕がいきなりキレ散らかせば、今後の学校生活に支障をきたしてしまう。

 そうなればもう学校に来れなくなってしまうだろう。そしてお先真っ暗の将来が僕を待っている……。


「何してるの」


 高校を中退して、バイトの面接すら緊張しすぎて逃げ出したところまで妄想していたら、横から声がかけられた。

 ぐいっと腕を引っ張られる。この状況、昨日もあったなぁと他人事のようにぼんやり思った。


「城戸さん?」

「ん」


 僕を背に隠し、銀髪長身美少女が泉くんの前に立った。


「えっと、君は?」


 泉くんは突然間に割って入った相手に向かって、当然の疑問を投げかける。


「あたしのことはどうでもいい。あなた……矢沢先輩に何をしようとしていたの?」


 城戸さんは泉くんに対して敵意剥き出しだった。

 声を荒らげているわけではない。まして胸倉を掴んでいるわけでも、暴力に訴えようとしているわけでもない。

 なのにこの異様な雰囲気……。城戸さんは明らかに怒っていた。

 城戸さんの怒りの理由がわからなくて、僕は戸惑った。同じ気持ちであろう泉くんも似たような表情をしていた。


「あの、城戸さん」

「大丈夫。あたしに任せて」


 城戸さんはこっちを見ないまま、僕の頭を撫でる。

 ……いや、身長差的に丁度手が当たる位置に頭があったかもしれないけどさ。後輩女子が先輩男子の頭を撫でたらいけないでしょうよ。主に僕のプライドの問題で。


「先輩のことは、あたしが守るから」


 トゥンク……。以前感じていたはずの女子に接する時のドキドキとは違った胸の高鳴りを、なぜか今感じてしまった。


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