10.放課後は学校一の美少女とともに
昼休みの間、松雪さんからメッセージがいくつも届いていた。
普段メッセージアプリを使う機会がないものだから、通知に気づかなかったようだ。スマホは基本、ニュースを見るかゲームをするか動画を眺めるかの使い道しかないからな。
「無視されるなんて……私は悲しいですよ」
「本当にごめんっ」
およよよよ、と泣き真似をする松雪さんに謝罪する。これは僕が全面的に悪い。
謝罪は言葉よりも行動で示すのが誠意なわけで……。
放課後。松雪さんに喫茶店でおごることになった。
「何をご馳走してもらいましょうかねー♪」
鼻歌混じりにメニュー表を眺める松雪さん。
「……」
僕はといえば、喫茶店のおしゃれな雰囲気に圧倒されて萎縮していた。
いや、だってこんなおしゃれな店に入るのは初めてだし……。美月と行ったことのある飲食店なんてファミレスがほとんどだ。他には小さい頃に家族ぐるみで焼き肉とか行ったことがあるくらい。
松雪さんは美人さんなので、こんなおしゃれな店に合っているけれど、僕みたいな奴は場違い感がすごくある。
というか、喫茶店って何を注文すればいいんだ?
コーヒー、紅茶……。いや、松雪さんは何か食べる気満々だし、僕も何か食べた方がいいのか?
「ご注文はお決まりですか?」
おしゃれな制服を着たウェイトレスさんが注文を取りに来てしまった。行きつけのファミレスみたいにタッチパネルで注文させてほしかったよ。
こっちはまだ心の準備ができていないのにっ。どどど、どうすればいいんだ!?
「私はミルクティーと、このふわふわパンケーキをお願いします。比呂くんは?」
「えっと……僕も同じもので……」
「かしこまりました」
ふぅ、とりあえず乗り切った。
去っていくウェイトレスさんの後ろ姿を眺めながら、まずは一安心。
「ふふっ、真似っこですか?」
「……」
前言撤回。まだ安心できるような時間じゃなかった。
にまにまと僕の顔を下から覗き込んでくる松雪さん。やめて、その角度は視線で心をえぐられるような感じがするから。どうせ自分で食べたいものすら選べない男ですからっ!
「それにしても、お昼はなぜ私のメッセージに気づかなかったのですか?」
「ごめん、スマホを見てなかったから」
「一人でいて、まったくスマホを見ないなんてことあります?」
オイ、独りぼっちだと決めつけているんじゃないよ。
まあ教室での僕を知っているだけに、友達と一緒に昼を共にする光景が想像できないのだろう。
実際、今まで美月がいなければ一人だったわけだしな。昨日今日は例外である。
城戸さんは……知り合い、とは言えるか? 松雪さんみたいに友達契約を結んだわけでもないし、知り合いが妥当だろう。
「ふむ、お昼は誰かと一緒だったのですね」
「あれ、僕何も言ってないよね?」
怖い。なんでわかるの?
それとも気づいていないだけで、無意識に言葉が漏れていたのか?
「比呂くんは顔に出ますので。見ていればわかりますよ」
「へ、へぇー……」
表情を読み取るって、本当にできる人がいるんだ。ポーカーとか強そう。
「で、誰と一緒だったのですか?」
「追及されるんだ……。なんだか浮気を疑われている彼氏の気分なんだけど」
つい反射で言ってしまったけど、今のはキモかったかも。「彼氏面かよ気持ち悪い」と蔑まれてもおかしくない。
「私というものがありながら……比呂くんは酷い男の子ですっ!」
「ちょっ、やめてっ。知らない人が見たら誤解しちゃうっ!」
およよよよと泣き真似を披露する松雪さん。クラスメイトならあり得ない組み合わせだから冗談だとわかるだろうけど、知らない人が見たら誤解するかもしれないじゃないかっ。
「まあ、私もてっきりお昼は空いているのかと思っていたので。友達と約束があるのでしたら、そちらを優先してくださっていいですよ」
「いや、別に友達というわけじゃ……。ていうか松雪さんの方こそ友達と一緒に食べないの? クラスメイトとか……いっぱいいるでしょ」
「私、言いませんでしたっけ? クラスに友達がいないって」
「え、でも……」
教室で陽キャグループの中心にいたんじゃなかったのか?
「ああ、教室では情報収集に努めていますので。それでみんなのお話を聞いているだけですよ」
「情報収集?」
「ええ。学校や人間関係の情報は、雑談にこそ含まれていますからね。話したがりの人は案外多いものですし」
情報の考え方が似ていてちょっと親近感。それを集める方法は真逆だけれども。
それにしても、あくまで情報収集しているだけであって、それは友達とは違うのか。なんだかドライに聞こえるな。
「あ、勘違いしないでくださいね。クラスメイトに友達がいなかったというだけで、他のクラスには親しい人がいますからね」
「あ、うん。僕もそうだろうなとは思っていたよ」
あ、危なかった……。一瞬ぼっち仲間かと思って、失礼な仲間意識を口にするところだった。
松雪さんがはっきりと「親しい人」と言うくらいだ。その人たちの前では、教室での貼りつけた笑顔とは違った顔をするのだろう。
僕も相手によって表情や態度が変わっている自覚があるし。教室ではもちろん、松雪さんと城戸さんでもちょっと違う気がする。
美月が相手なら……僕の素を一番出せている気がした。
「あれ、比呂がこんなところにいるなんて珍しいね」
「え」
ギクリとする。
声の主をすぐに理解して、僕の頭は真っ白になった。
「なになにー? 誰と来てるのー? もしかして彼女?」
目を向けなくても、美月が悪戯っ子みたいな顔をしているのが鮮明に想像できる。
美月とは別の、もう一人の気配を感じる。きっと、ここへは放課後デートに訪れたのだろう。
やばい……。こんな近い距離で、二人を見たくない……っ。
「って、え……松雪、さん?」
「はい、こんにちは美月さん」
松雪さんが明るくあいさつをした時だった。
「うわっ!?」
僕は美月に腕を引っ張られていた。無理やり立ち上がらされたと思ったら、美月は僕を庇うように前に出る。
「他の人ならともかく……比呂に手を出すのは、私が許さないからっ!」
久しぶりに、美月が怒ったところを見た。
幼馴染だからこそわかる。これは本気の怒りだ。
敵意剥き出しの美月を前にしても、松雪さんは余裕の微笑みを絶やさなかった。けれど、冷ややかな空気が流れているのは感じられる。
……あの、どうして修羅場みたいな雰囲気になってるの?
置いてけぼりになった僕は、ただただ女子二人が相対するのを見つめていることしかできなかったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます