9.先輩後輩

 今日は屋上に出ても押し潰されることはなかった。


「今日もパン? 栄養が偏る可能性大」

「その言葉、そっくりそのまま返すよ」


 屋上に出てはじめに目にしたのは、フェンス際に座っている銀髪美少女の姿だった。

 一人きりで購買で買ったであろうパンを頬張っていた。どうやら昨日と同じく昼食をとるためにここへ来たようだ。


「……」


 とくに理由はないけれど、彼女の隣に腰を下ろす。


「……」


 彼女もとくに文句がないのか、何も言うことなくもきゅもきゅとパンを食べていた。

 しばらく昼飯を食べるだけの沈黙の時間が続いた。

 何もしゃべらなくとも、気まずさは欠片もなかった。

 僕と彼女は昨日会ったばかりで、特別仲良くなったわけではない。

 けれど、シンパシーのようなものは感じていた。

 スタンド使い同士がひかれ合うように、僕と彼女は言葉を交わさずとも互いの特性を理解していたのだ。

 つまり、この銀髪長身美少女は……ぼっちである!


「あの、僕は矢沢比呂と申します。学年は二年です」

「んくっ……これはご丁寧に。あたしは一年の城戸きどつむぎです」

「よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」


 意を決して自己紹介してはみたけれど……何この堅苦しいあいさつは!? これから殺し合いでも始まるの!?

 すでに後悔しそうな気分。自分から行動してもろくなことないな……。


「って、年下だったの!?」

「あたしもびっくり。同級生かと思ってた」


 遅れて、目の前の銀髪美少女が後輩だったという事実に驚く。

 こんなにもでかいのに……。胸……じゃなくて身長がね!


「こんなにも可愛いのに、先輩だったなんて……」

「オイ、自分よりも小さい男子は先輩と認めないつもりか?」


「小さくて可愛いでちゅねー♪」ってバカにしてるやつか? くっ、可愛い顔してなんて酷いことを考えているんだ!

 などと脳内で憤慨していると、城戸さんの顔が近づいてきた。

 え……。なんか顔が近いような……? ま、まさか……っ!


「ううん。可愛い顔をしているなと思っていたから。年上に見えなかっただけ」

「そ、そうか」


 ゼロ距離になるなんてことはなく、城戸さんは僕の顔をまじまじと見つめているだけだった。うん、わかっていたよ。わかっていて、あえて焦ったフリをしてみました!

 ……ん? 見た目で判断されたことには変わりないのでは?


「矢沢先輩はなぜ屋上に来たの?」

「なぜって……昼飯食べに来ただけだけど」


 急な話題転換。普段なら固まったり慌てたりするところだけど、なぜか自然に返答できた。

 陰キャには陰キャのテンポ感というものがある。僕と城戸さんは、そういう間が合っているのだろう。


「そうじゃなくて、今まで来たことがなかったから」

「あー……」


 昼休みに屋上に訪れたのは昨日が初めてだ。急に来るようになって、何か理由があるのかと気になったのか。

 理由があるとするのなら、好きだった幼馴染に彼氏ができて気まずくなったから距離をとりたかった、ということになるけれど……。それをそのまま伝えるのは、羞恥に耐えられそうになかった。


「別に、理由はないよ。あえて理由を挙げるのなら、自分の居場所を探していた的な?」


 誤魔化そうとしたら、とても寂しい奴みたいになってしまった。いや、間違いってわけでもないんだけども。


「居場所……。うん、わかる。大変だよね」


 城戸さんはとても優しい微笑みを僕に向けてきた。

 同情心からというよりも、仲間意識を感じさせる微笑み。

 彼女もまた、屋上に自分の居場所を求めていたのかもしれない。僕がここに来て不思議がる程度には、よく屋上にいるみたいだし。


「でも、屋上ばかりもいられないよな。今日はまだ曇ってるからいいけど、夏は暑いし、雨が降ったら出られもしないし」

「傘を差せばすべて解決。雨はもちろん、日傘にもなるから夏でも大丈夫」

「オイオイ……さすがにそこまではしないだろ」


 外見はクールビューティーといった感じなのに、城戸さんは冗談を口にするタイプだったらしい。


「……?」


 え、何その間は?

 冗談……だよな?


「あの──」

「今のは冗談」


 僕が何かを言うよりも早く、被せるように否定された。

 青い瞳は明後日の方向を向いていた。じっと見つめても、視線を合わせる気がないのか全然気づいていませんよー、という雰囲気をバシバシ放っていた。


「そ、そっか冗談か。あははー……」

「そ、そう……面白かったでしょ」


 なんか、心配になるなぁ……。

 同じ陰キャ仲間で後輩だ。少しくらい気にかけても罰は当たらないだろう。

 こうして、「城戸さんが心配だから」という理由をもらったことで、僕は学校の屋上という逃げ場を手に入れたのであった。



  ◇ ◇ ◇



 昼休みの終わりが近くなって、僕と城戸さんは別れた。


「比呂く~ん……探しましたよ~……」

「うわぁっ!?」


 まったりした時間を過ごしていたところから、突然おどろおどろしい声をかけられたギャップが、僕を必要以上に驚かせた。

 心臓が嫌な音を立てている。落ち着けようと胸を押さえながら、声のした方向を見る。


「まったく、今までどこにいたのですか。私、ずっと比呂くんを探していたのですよ?」


 さっきのおどろおどろしい雰囲気はどこへやら。松雪さんが頬を膨らませてプリプリと怒っていた。

 ……あれ、今僕を探していたって言った?


「せっかくお昼を比呂くんと一緒にと思っていましたのに……。この責任、取ってくださいね?」


 そう言って、松雪さんは天使のように微笑んだ。

 笑顔って、笑い方やその人によって違う印象になるんだな。僕は一つ賢くなった気分になった。


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