8.悪女の噂
学校での休み時間。
何も用事がなければ、教室で読書をするか寝たフリをするのが、いつもの僕の習慣である。
本日は読んでいたラノベを読破したばかりというのもあって、寝たフリをして情報収集に励んでいた。
周囲の雑談が僕の貴重な情報源だったりする。
クラスに気軽に話ができる相手がいないので、こうでもしないと情報に疎くなってしまうのだ。
可愛い女子の話、先生ごとのテストの傾向、食堂に新しいメニューが追加されたなどなど。雑談とバカにするなかれ。貴重な情報というものは、ふとした会話の中に転がっているものだ。
「松雪さんって、男を騙す悪女なんだってさ」
そんな中、ふと耳に入ってきたのは松雪さんの話題だった。
彼女と友達になったのは、つい昨晩のことだ。話が気になって、気づかれないように男子たちの声に耳を傾ける。
「あー、定期的に男を作っては別れてを繰り返していたもんな」
「いやいや、大体は男の方が悪いって話だろ? 前も松雪綾乃の彼氏になったんだーつって、でかい顔してた奴がいたじゃん」
「俺が聞いたのは、松雪さんが性悪すぎて破局したって話だけど。それ言ってたの誰だっけかな」
「俺だったら多少性格が悪くても、あの容姿なら許せるね」
「確かに。アイドルグループに入っても遜色ないくらい可愛いし、とりあえず一発はヤッときたいよな」
なんというゲス会話! 男という生き物は猥談せずにはいられないのかっ。
……というか、松雪さんって彼氏いたことがあるんだな。
夜の公園でお菓子を食べていたところを思うと、意外と子供っぽいという印象だったんだけど。
まあ女子を一面だけで語ることはできないだろう。僕が知っている松雪さんも、教室とあの夜の顔しか知らないわけだしな。
「……」
寝たフリをしながら、教室の端で明るく雑談しているグループに目を向ける。
クラスで一番目立つ、男女混合の陽キャグループだ。その輪の中心で、松雪さんは笑っていた。
どうやらこっちのゲス話は聞こえていなかったらしい。
よかった、とほっとする反面、陽キャ集団に溶け込んでいる松雪さんに違和感を覚える。
松雪さんはクラスに友達はいないと言っていた。
しかし、よく考えれば彼女は誰とでも仲良くできるタイプだ。
しかも学校一の美少女と全校生徒のほとんどが認識している。女子との関わりがあまりない僕でさえ、松雪さんの美少女オーラは段違いだと感じるほどだ。
そんな人が、わざわざ僕と友達になりたいと言った理由はなんだ?
「……」
さっきの「悪女」という言葉が頭の中でぐるぐると回る。
松雪さんが本当に悪女だとすれば……。この不可解な言動の理由が説明できるのではないだろうか。
もしかして、僕を利用しようとしているのか?
友達だと油断させて、僕を騙そうとしているのかもしれない。悪女なら、詐欺師めいたことだってするだろう。
「バカみたいだ……」
「あん?」
「い、いや……なんでもないっ」
独り言を呟くと、丁度通りかかった男子に反応されてしまった。恥ずかしい……。
何事もなかったとアピールするために咳ばらいをする。とくに誰からも注目されていないけれどもっ。
……バカなのは僕だ。人の噂は貴重な情報源だけれど、そのすべてが真実とは限らない。
だから、大切なことは僕自身が判断しよう。僕の目で見たもの、僕の耳で聞いたことが、真実を判断する上で一番重要になるのだから。
◇ ◇ ◇
僕の目で見たもの、僕の耳で聞いたこと。それが真実だとするのなら……。
「泉くんったら面白いこと言うんだね。あっ、口元にご飯粒ついてるよ」
「え、あ、ど、どこ?」
「そこそこ、そこだってば。もうっ、しかたないなぁ~。私が取ってあげるよ」
「えぇっ? い、いやぁ……悪いね」
……これは、間違いなく現実なのだろう。
昼休み。今日は新しいメニューが増えたとの情報を得て食堂に訪れたものだけど……。
美月と泉くんが仲良さげにしている場面を目撃してしまった。バカップルの如くイチャイチャしていて、完全に二人の世界に入っていやがる……。あっ、男子の口元に指をつけるなんてハレンチだと思いますっ!
美月のデレデレした顔が見ていられなくて、僕は即座に回れ右をした。
まだ破壊された脳は癒えていないというのに……。致命傷になる前に方向転換。購買でパンを買おうと予定を変える。
臨機応変に動けるのが一人きりのいいところ。僕は目的のパンを買うと、食堂からできるだけ離れようと屋上に向かった。
「あ……」
「う……?」
そういえば、屋上を利用するのは僕だけじゃないんだっけ。
「ひ、久しぶり?」
「いや、昨日ぶりだけどね」
名前も知らない銀髪長身美少女が、恥じらいながら僕に向かってはにかんだ。
美月と離れようとすると他の人と接する機会が増える。
これを運命と思えるのなら、僕はとっくに未練を断ち切れるのに。ずっと好きだった幼馴染以上の美少女を前にしても、やはり僕の胸はときめかなかった。
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