11.安心してください、修羅場ではありませんから
フシャー! と野良猫みたいに威嚇している美月。
対する松雪さんは、それを余裕の微笑みで受け流す。剥き出しの敵意が突き刺さっているだろうに、彼女は動じる様子を見せない。
ただ、隠し切れないほどの冷気が放たれていた。どうやら松雪さんは氷属性だったらしい。
って、何くだらないことを考えているんだ僕はっ!
これは一体どういう状況だ? 喫茶店で松雪さんと雑談していたら美月たちが現れて……。気がついたら美月と松雪さんが睨み合う形となっていた。
突然の女子二人の険悪な雰囲気に、残された男子二人は恐ろしさで震えているばかり。
って、泉くん……お前もか。この時ばかりは仲間意識が芽生えてしまいそうだった。
「私、松雪さんの噂を知っているんだよ。男を弄ぶ悪女なんだってね。うちのクラスの男子も犠牲者になったらしいじゃん。今度は比呂をターゲットにするつもり?」
松雪さんが悪女……。それ、クラスの男子も言っていたな。
「……」
美月に問い詰められても、松雪さんは否定しなかった。
余裕の微笑みを崩すことなく、美月を見据えている。……というか、表情固まってない?
「私が注意する立場でもないと思っていたけどさ、比呂が相手なら別だよ。彼は私の大切な幼馴染なの。もし他の男子みたいに比呂を傷つけるつもりなら……私はあなたを絶対に許さないっ」
美月が学校一の美少女に向かって堂々と啖呵を切った。
「私の大切な」と言われて嬉しかった一方で、「幼馴染」と強調されて悲しくなる。繊細な僕の男心は揺さぶられまくりだ。
美月は、あくまで家族同然の幼馴染を守るために言ってくれているのだろう。
「……」
でも、この違和感はなんだろう……。
これだけ言われても、松雪さんは言い返そうともせず沈黙を守っていた。
美月に呆れて、相手にしていないというわけではない。
むしろ諦めているような……。反論することすら無意味に感じているように見えた。
修羅場みたいな雰囲気になっていたと思っていたけれど、それは僕の勘違いなのかもしれない。
事実がどうかはわからない。
ただ、大切なことは僕自身で判断したかった。僕の目で見たもの、僕の耳で聞いたこと。重要なのは、僕がどう感じているかだろう。
「美月」
口を開こうとしない松雪さんに代わって、僕は美月の名前を呼んだ。
大切な幼馴染が呼びかけたというのに、美月はこちらに振り返ろうともせず返事だけをする。
「邪魔しないで比呂。松雪さんは私の手で……」
私の手で……どうするつもり? ハッキリ言わないのが逆に怖いんですけど。
けれど、怖いからって退くわけにはいかない。
「あのさ、お店の人の迷惑になってるから。そろそろやめようか」
僕の言葉で、美月はようやく店内の様子に気づいたようだ。
突然の修羅場っぽい雰囲気に、喫茶店のおしゃれなムードはぶち壊しである。迷惑そうにしている店員さんと、好奇心に満ちた目を向けてくるお客さん。不本意ながら、僕たちは注目の的になっていた。
「あ、あははー……ごめんなさい……」
店員さんに頭を下げる美月。
これにはヒートアップしていた彼女の頭も冷えたらしい。今なら僕の言葉も届くだろう。
「そういうわけだから、とりあえずこの場はここまで。騒いで出禁になりたくないしね。それに美月もデートでここに来たんでしょ。ほら、泉くんが気まずそうにしてるよ」
「わわっ!? ご、ごめんね泉くん……」
「あ、ああ……別に、気にしないで」
今度は泉くんに向かってペコペコと頭を下げる美月だった。
よし、これでもうこの話は終わりっ。解散!
変な空気の中でしゃべったもんだから冷や汗かいちゃったよ。緊張していたから美月と泉くんが二人仲睦まじくしているところを目にしても、あまり気にならないね。……ごめん嘘、吐きそうなほどきついです。
「って、比呂。何しれっと席に戻ろうとしてるのよ」
ちっ、バレたか。
美月の怒りがうやむやになってくれたらと思ったけど、そうは上手くいかないらしい。
「比呂がこんなところに来るなんて、きっと松雪さんに誘われたんだろうけど……騙されているだけなんだからねっ。だからこっちにおいで。私たちと一緒にいようよ」
いやいやいや、それは泉くんが可哀想でしょうが! 何が悲しくて、せっかくの放課後デートに幼馴染の男子を同席させる奴がいるんだよっ。もし僕だったら気まずすぎて吐くわ!
幼馴染思いでいてくれるのは素直に嬉しい。でも、僕は美月にそんなこと望んでなんかいないのだ。
「美月は泉くんとデートに来た。だったら僕のことは放っておいてよ」
「そんなっ。放っておけるわけない──」
「やめてくれ。僕の友達を悪く言う美月を見たくないんだ」
美月が固まる。
「友達って……そんなの、松雪さんに騙されているだけだよっ」
なおも頑なに僕を松雪さんから引き離そうとする美月。
そんな彼女の手を、僕は振り払った。
ああ……これはやってしまったかもしれない。
「比呂……?」
愕然とする美月。僕に手を振り払われるなんて、一ミリも考えていなかったのだろう。
かくいう僕も驚いている。美月をぞんざいに扱うなんて、今までそんなことしたことがなかったから。
「……わかった。もういいっ、比呂なんか知らない!」
美月は踵を返して、喫茶店を出て行ってしまった。泉くんが慌てて追いかけて行く。
美月のことは彼に任せよう。彼氏……なんだし。
……勝手に怒っちゃってさ。イライラしているのはこっちだっての。
「あの、よかったのですか?」
席に座り直すと、松雪さんが先ほどの余裕ありげな表情とは真逆の、心配そうな顔を向けてきた。
「いやいや、むしろ僕の幼馴染がごめん。美月は悪い奴じゃないんだけど、たまに正義感が暴走するというか。弟みたいな存在の僕がいじめられているように見えたのかもしれないね」
なんか言ってて悲しくなってきた。しかも、たぶん間違いじゃないだろうってのが余計に悲しい。
後で怒られるんだろうなぁとか、泉くんが可哀想なだけだったよなぁとか、どうでもいい考えが頭に浮かぶ。
「比呂くんは怒らないのですか?」
「え、いきなり何?」
「だって、その……」
松雪さんは俯きながら小さな声で「私、悪女ですから」と言った。
本人が「悪女」と認めた。これは噂が本当だったってことなのだろうか。
うーん、でも、僕にそんなことを言われても……。
「うん、やっぱりどうでもいい」
「どうでも、いい……?」
松雪さんが不思議そうに聞き返してくる。
言葉を選ぶのは苦手だ。どうせ時間をかけて考えても、僕の頭では正解に辿り着くとも限らないし。
「だって、僕は松雪さんに興味ないから」
なので、素直な気持ちを伝えることにした。
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