3.学校一の美少女はクラスメイト
「さあ命の恩人にお礼はないんですか? ほらほらほらぁ♪」
松雪さんは誰もが羨みそうな美貌を、残念なドヤ顔で台無しにしてしまう。
「命の恩人って……さすがに大げさすぎだろ」
電柱にぶつかりそうになったところを助けてもらったのは感謝するけどさ。
「そうとは限りませんよ? 比呂くんが頭をぶつけて、記憶喪失になって、今まで隠されていた能力を開花させるかもしれません!」
「大げさの方向性が違うよ!?」
むんっ、と拳を握って力説する松雪さん。柄でもないのに、思わずツッコんでしまった。
「というか、それだと僕に都合のいいことばかりじゃないか。そうなると松雪さんは僕の命の恩人というよりも、せっかくのチャンスを逃す原因になった迷惑な人になるんだけど?」
今は記憶喪失すら都合がいい。こんな失恋の痛みなんて、できるなら早く忘れ去ってしまいたい。
「はっ!? まさか私はとんでもなく余計なことをしてしまったのでしょうか……?」
「いやいや、僕に隠された能力なんかはないからね? その……松雪さんのおかげで怪我せずに済んだよ。止めてくれてありがとう」
彼女のペースにのせられて、なかなかお礼が言えなかったけど……。なんとか言えてほっとする。
「どういたしまして。それに、比呂くんが少しでも元気になれたならよかったですよ」
「いや、まあ……」
もしかして、落ち込んでいることを見抜かれていたのかな?
クラスメイトとはいえ、とくに親しくもない僕にわざわざ冗談を言うくらいだ。元気づけようとしてくれたからこその、おかしな言動だったのだろう。
「ではまた教室で」
「うん、じゃあね」
松雪さんと別れる。
「気を遣ってくれたのか……優しい人だな」
先に学校へと向かう彼女の後ろ姿を眺めながら、申し訳なく思う。
そんな気持ちが大きかったからか、学校一の美少女としゃべっていた割に、あまり緊張していなかったことに気づいたのは教室に到着してしばらくしてからのことだった。
◇ ◇ ◇
松雪綾乃。僕と同じクラス、二年A組の女子である。
松雪さんが男子から人気があるのは、優れた容姿はもちろんなのだけど、あっさりと懐に入ってしまう距離感の近さに魅了されてしまうのもあるのだろう。
僕のことを「比呂くん」と親し気に呼んではいたが、別に特別仲が良いからというわけではない。
松雪さんはみんなに対して名前呼びをするのだ。男子だろうが女子だろうが関係ない。
少なくとも、同級生の中で彼女から苗字呼びをされている人を見たことがない。これが陽キャのノリか。僕には真似できそうにないな。
「うん、僕は冷静だ」
休み時間。二年A組の教室で、僕は自分の席に座って考え事をしていた。
振り返っていたのは今朝のこと。美月……のことは置いといて! 松雪さんのことである。
少しは話しかけられたことはあるけれど、あんな風に会話と呼べるほどおしゃべりしたのは初めてだったりする。
今までまともに会話できていなかったのは、主に僕のせいなのだけども……。松雪さんがにこやかに話しかけてきても、緊張しすぎてちゃんと返事ができていなかったから。
「僕にしては冷静すぎる……」
松雪さんだからというわけじゃない。他の女子が相手でも、僕は緊張して頭が真っ白になって何をしゃべればいいのかわからなくなってしまうことばかりだった。
それがどうだろう? 松雪さんとの今朝のやり取り。会話の上手か下手かはともかくとして、頭が真っ白になることもなくちゃんと返答できたと思う。
「なぜ急に?」
僕自身、なんとかしたいと考えていた緊張しやすい体質。
それが急になくなった。いや、まだ女子に対して緊張しなくなったと考えるのは早計か。
……まあ、原因があるとすれば失恋したことなんだろうけど。
美月を他の男子に取られてしまったショックが、僕に緊張する余裕すら与えてくれないのかもしれない。
「そういう克服の仕方は嬉しくないなぁ……」
「比呂くん、何をぶつぶつ言っているのですか?」
「うわっ!?」
突然、黒髪ロングの清楚系美少女が現れた。
アイドル顔負けの美貌が急に目の前に現れたら、喜ぶよりも先にびっくりするはずだ。つまり、僕の反応は正常である。
「驚きすぎですって。私クラスメイトなのに……ショックです」
およよよと泣いてしまう松雪さん。そんな彼女を前にして僕は焦った。
「あ、いや、ごめんっ。ちょっと考え事してぼーっとしてただけだからっ」
「いえいえ、私こそ急に話しかけて驚かせてしまったようで、ごめんなさい」
焦った勢いでの謝罪に、彼女は何事もなかったかのようにニコリと笑った。
もしかして僕……からかわれてる?
「何やら珍しく独り言を口にしているようでしたので、悩みでもあるのかと。話したいことがあるのなら、私でよければ聞きますよ?」
「そ、そんなことないよっ。あはは……大丈夫大丈夫」
悩み事というか、悩む暇すらなかったというか……。
そんなことをする前に、僕の恋は終わったんだよ。なんて言えるはずもなく。
乾いた笑いで誤魔化すことしかできなかった。
「本当ですか?」
松雪さんは多くの男子を落としてきたであろう魅力的な目を細めて、僕をじっと見据える。
なぜだろう。彼女の目に見つめられると、嘘が速攻でバレてしまう気がする。
「本当、ですよ」
どこからきたかもわからないプレッシャーに負けた僕は、なぜか敬語で返してしまう。
そういえば松雪さんは同級生なのにどうして敬語なんでしょうね? 今更どうでもいいような疑問に逃げてしまう、弱い僕なのだった。
「そうですか。それならいいんですけど」
笑顔で一礼して、僕の席から離れる松雪さん。
……もしかして今、松雪さんとお近づきになるチャンスだった?
こういうミスの積み重ねが、美月を取られてしまった原因だったんじゃないだろうか?
自分の鈍感さを自覚して、朝よりも気分が重たくなってしまうのであった。
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