第33話 ラヴを持って接すること

 翌日──


 俺とサイファーは再びプレーリー外れの山奥にある小屋……もとい、レイアさんとサイファーの家に戻って来ていた。

 レイアさんの作った料理を昨日と同じように囲む。

 チェイシーは走り疲れたのか、食事を出してもしばらく丸くなって眠っていた。


「さて、冒険者登録も済ませ、買い出しも終えたところで……。お前には色々とやってもらうことがある」


 食事を終えたサイファーがおもむろに立ち上がり、マンティクロスと肩を組むように腕を回した。


「まずは、こいつらの世話を覚えてもらおうかの」

「がウッ!」


 サイファーの言葉に反応するようにマンティクロスが短い鳴き声を上げる。

 ……見た目はライオンを二足歩行させて腕を二本追加したような姿の魔物だ。

 その猛獣にも似た姿のやつと、同じ檻の中にいるようで思わず足がすくむ。

 動物園の飼育員をさせられるのはこんな気分なのだろうか。


 ──というワケで、S級魔物使いテイマーこと、サイファーのところで働く日々が始まった。

 道具屋店員からまた無職になり、魔物使いテイマー見習いになったというわけだ。


 世話といっても大したことはない。

 基本的にはエサやりと一日一回外へ散歩するだけ。

 ただし、サイファーの出した条件が一つ。


「「魔物には"ラヴ"を持って接すること!」」


 見た目年齢七十そこそこはありそうな爺さんが両手でハートマークを作る。

 その隣には見た目十ほどしかないレイアさんも同じように手でハートを作っていた。


 ジジイのその「食べ物が美味しくなる魔法」みたいな姿はとても見てられないが、レイアさんは別だな。

 無表情でハートを作っているところがまた良い。


「お前もやれ」

「…………」


 俺は手でハートマークを作った。


「いいか、魔物というのはな──」


 サイファーの講義が始まる。

 といっても、魔物は俺もゲームだが育成した覚えはある。

 アルティア・クロニクルには魔物との友好度なんてシステムもあり、魔物によって好物が違っていたりするので、上手く見極めていかねばならない。

 リアルな魔物を相手にしたことはないが、その知識があれば多少は上手くいくだろう。


 大型は怖いが……まぁ、マルタローと同じように『ペット』と考えればまだ可愛いか……?


 ちなみに、魔物使いテイマー見習いになった俺の今のステータス。



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 ステータス


 名前:フェイクラント

 種族:人間

 職業:魔物使いテイマー見習い

 年齢:28

 レベル:13

 神威位階:活動

 体力:81

 魔力:20

 力:42

 敏捷:39

 知力:16


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 うーむ、レベル自体にそう変化はないが、体力と力が妙に上がっている。

 恐らくだが、ザミエラ戦によるものだろうか。

 どれだけ修羅場を潜り抜けたのかを物語っている。

 まだ筋肉痛が残っているくらいだ。


「見習いと言っても仕事は仕事じゃからの。ちゃんと働いてくれれば給料は出すし、できないならクビじゃ」


 働く。とはそういう意味だったらしい。

 どうやらギルドとも連携が取れているようで、俺がサイファーのところで活躍できれば冒険者ランクも上がっていき、報酬金も得られるといった塩梅らしい。


 クリスがいなくなった今、一人で冒険者やるよりかは理にかなった働き方かもしれない。

 勢いで魔物使いテイマーになったが、せめてクビにはならないようにしなくては。


「とりあえず、最初から大型の魔物は難しいかもしれんからの……よし!」


 サイファーは意気揚々としながら、満腹になって寝転んでいるマルタローを抱えると。


「まずは、この子からじゃ!」

「……え?」


 マルタローの世話をしろと言われた。


 いや……そもそもクリスと飼っていたから今は俺の魔物なハズなのだが。

 マルタローの世話……それで給料をもらっていいのだろうか?


「……まぁ、気持ちはわかるがな。お前とマルタローはワシからすると全然、全く友好度が無い。せめて自分の魔物くらいは世話できるようにはなってもらわんとな」


 まぁ、それもそうか。

 ここに来るまでもマルタローはレイアさんとべったりだったし、現在サイファーにも問題なく抱き上げられている。

 プレーリーではクリス以外の人間には容赦無く牙を剥いていたマルタローだったが、さすがはS級魔物使いテイマーだからだろうか。

 完全にサイファーに体重を預けている。


「わかった。そうだよな……。マルタロー、これからもよろしくな」


 俺はマルタローに手を差し伸べた。


 マルタローは逃げ出した!


 サイファーの腕から抜け出してまで……。

 先は長そうだ。



 ---



 三日が過ぎた。


 あれからもマルタローは俺の方に歩み寄ってくる気配はない。

 俺は俺なりにマルタローについて考えることにしてみた。


 マルタローはかなり臆病なタイプだ。

 その辺は以前クリスが言ってた通り、人間にいじめられていたことがあるという過去が本当なら、まずはそこからどう俺を信頼されなければならないかになる。


「はぁ……」


 俺は椅子にもたれかかり、天井を見る。


 たかがプレーリーハウンドとは言え、「悪い人間じゃないよ!」と言っても伝わってるかもわからないし、言葉でコミュニケーションが取れないのだから、難しい。


「なんじゃ、ダラダラしよって」


 ちょうど散歩から帰って来たサイファーが俺の顔を上から覗き込む。


「いや……うまくいかなくて……」

「甘えたこと言うな。この元無職」

「いっ……」


 情けないポーズをしている俺の額を、軽く手で叩かれる。


「あの子とも接することが難しいなら、給料はやれんぞ」


 そう言い放ちながら立ち去っていくサイファー。


 クソ……。

 マルタローには重い過去があって……とかそんな言い訳は無理があるか。

 居候の分際だし、全くもって反論できない。



 ---



 俺はマルタローの好物であるリンゴを使って何かを作ろうとした。

 クリスほど器用じゃないので、アップルパイとかは作れないが、こうやって砂糖とリンゴを水で煮詰めて……仕上げにレモンをほんの少し絞るだけでも、甘みが増して美味いはずだ。


「ほう……料理ができるのか」


 掃除を終えたレイアさんが下から見上げてくる。


「まぁ……たまにクリスの手伝いをしてたくらいだけど」

「マルタローにやるのか?」

「そうだな……モノで釣るみたいだけど、俺の気持ちが少しでもアイツに届けばって思って……」

「……そうか。焦らずとも、ゆっくりやっていけばよい」


 レイアさんは静かにそう言うと、鍋の中身を覗き込む。

 ……心なしか、涎が垂れているようにも見える。


「えっと……食べます……?」

「……うむ」


 俺はフォークで煮リンゴを一切れ刺し取り、レイアさんの口元へ近づける。

 レイアさんは「ふぅ、ふぅ」と息を吹きかけた後、一口でそれを食べた。


「……ん、うまい」


 レイアさんが小さく頷きながら満足そうにリンゴを飲み込む。

 無表情ではあるが、若干頬は赤く、その声色にはほんのりとした温かさが感じられる。


 ……甘いものが好きなのだろうか。



 ---



 庭に出ると、マルタローはチェイシーの影に隠れるように横になっていた。

 そこにはサイファーもいる。

 俺が近づくと、マルタローは耳をぴくりと動かし、こちらに警戒の目を向ける。


「マルタロー。リンゴ好きだろ? 煮詰めてみたんだ。甘くて美味いんだぞ」


 俺は慎重に器を地面に置き、少しだけ距離を取る。

 マルタローはじっと器を見つめ、匂いを嗅ぎ取ったのか鼻をひくひくさせた。


 ふ、いくら俺が嫌いでも、好物の匂いには勝てまい……。


 マルタローは恐る恐る鼻先を器に近づけ、中身を確認すると、一口だけ舐める。

 ──次の瞬間、マルタローの瞳がぱっと輝いた。


「わふぅ!」

「おっ、気に入ったか!」


 マルタローは器の中の煮リンゴをぺろりと舐め取り、さらに夢中になって食べ始める。

 その姿に俺の胸は高鳴り、思わず嬉しさのあまり駆け出してしまった。


「美味いだろ! ほら、もっと食えよ!」


 俺は器を手に取り、マルタローの近くまで持っていく。

 喜んで食べる姿を間近で見られることが、純粋に嬉しかったから。


 しかし──


「グゥルルっ!」


 ガブッ!


「いぎッッ!!」


 マルタローは俺の手に噛みつき、俺が声を上げると同時に全速力で逃げ出した。

 庭の隅まで走り、安全な距離を確保した様子だ。

 アップルパイの時も同じだが、なんでこうなるんだ……。


「クソ……サイファーやレイアさんにはよくて、なんで俺だけ……せっかく美味しいものを食わせてやったのに……」


 正直、悔しい。

 サイファーがSランク魔物使いだからと言ってしまえばそれまでなのだが、数ヶ月は一緒にいるはずなのに、俺とマルタローの距離は未だ触れ合えることすらできない。

 ダメだとわかっていても、イライラしてしまう自分がいる……。


「フェイ……なぜマルタローがああいう行動をとったのかを考えてみることじゃ」


 サイファーが鋭い目つきで俺を見据え、低い声でそう告げる。


「お前の気持ちが届いてないわけじゃない……だが──」

「考えたって、魔物の気持ちなんてわかんねぇよ」


 つい悔しくなって背を向け、苛立ち混じりにそう口をついて出た瞬間──


「フェイクラント!!」


 サイファーの怒号が庭に響き渡る。


「お前は今、それを学ぶためにここにいるんだろう? 違うか?」


 その声の重みが俺の胸を揺さぶり、思わず背筋が伸びる。

 見れば、彼の目には怒りと同時に強い覚悟が宿っていた。

 しまった……今のは怒られて当然だ。


「……すみません。失言でした」


 俺は咄嗟にそう言葉を返し、頭を下げる。

 サイファーは大きなため息をつき、杖を地面に軽く突いた。


「……はぁ、今日はもう休め……」

「…………はい」


 サイファーのその一言は、怒りというよりも、呆れと失望が混じっていた。

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