第32話 自分で蒔いた種
夜の
サイファーと俺は、カンタリオンの門前に立っていた。町の出入り口を守る大きな門は固く閉じられ、その隣に設けられた小さな通用口から、たまに旅人が出入りする姿が見える。
俺たちもそこから帰ろうとしているところだ。
「……ずいぶんと重たい顔じゃの。ま、話してみろ」
「……実は──」
俺はプレーリーで、ザミエラにベルギスの居場所を教えたこと、ヴァレリス王国近辺の洞窟で同じ村に住んでいたエミルとベルギスが危険に晒されているかもしれないということ、だからそこまで同行してくれないかということを。
Sランク冒険者であるサイファーに同行してもらえれば、もしザミエラが攻めてきたとしても、エミルが攫われ、ベルギスが殺されるという結末を変えれるかもしれないと思ったからだ。
「……という訳でさ……俺が情報を渡したことも悪いと思ってる。わがままだし、自分で売ったくせに何言ってんだって思うかもしれない。でも、なんとかしたいんだ……。自分の力じゃどうにもならないってわかってる。だから、Sランクのサイファーがついて来てくれればと思って……」
「……ふむ」
サイファーは少し間を置いて、深い息をつくように言葉を紡いだ。
「フェイクラント、お前が情報を売ったことを責める気はない。大事な人を守るためにしたことだろう?」
「あ、あぁ……」
その言葉に少し救われた気がした。
だが、次にサイファーが放った言葉が、俺の胸を重く締め付けた。
「じゃがな……結論から言おう。ワシはヴァレリスまでは行けんよ」
「……なんでだ!? サイファーほどの実力があれば、ザミエラが相手でもきっと──!」
焦る俺の言葉を遮るように、サイファーが手を軽く上げる。
「理由は悪いが、言えん」
「言えないって……」
その冷静な返答に、俺は一瞬息を詰まらせる。
どれだけ頼んでも、彼がその理由を話すことはないのだろうと直感的に悟らせられる。
「ベルギスの存在はワシも知っておる。いや、知らん者の方が珍しいじゃろうな」
サイファーは自嘲気味に笑みを浮かべる。
「若くしてSランクに登り詰めた冒険者じゃ。手合わせをしたことはないが、能力は恐らくワシを越えとるだろうな」
「そんなに……」
いや、まぁベルギスが作中最強設定というのは知っているが……。
だが、エミルを人質に取られると分かっているなら、それを逆手にとれれば……。
「そういう訳でのう、そのベルギスが危険に晒されていると言われても、にわかには信じがたい話じゃ。仮にザミエラが相手だったとしても……な」
「で、でも、俺は弟であるエミルを人質にすればって最低な作戦も教えてしまったんだ! もしそれを実行されたら、いくらベルギスでも……!」
必死に訴える俺の声に、サイファーの目が鋭くなる。
「仮にその話が本当だったとして、どうする? ワシは行けんし、ギルドに依頼するにしても、ザミエラを相手にできる冒険者などそうおらんよ。いたとしても、難易度は間違いなくSランク依頼じゃ。その報酬はどうやって用意する?」
「う……」
サイファーの言葉は静かで、そして重かった。
一つ一つが真実であり、それが俺の胸にのしかかる。
「じゃあ……じゃあ俺は、どうしたらいいんだよ……」
振り絞るような声で問いかける。
いや、わかってる。
自分の蒔いた種であることくらい。
ゲーム知識でザミエラの行動を予知できてしまうが故に、咄嗟に言ってしまった発言だが、その罪悪感は凄まじい。
サイファーはしばらく黙った後、俺の方をじっと見据えた。
その目は、どこか厳しさと期待が入り混じっているようだった。
「どうしても行きたいなら……お前が強くなればいいじゃろ」
「……え?」
サイファーは静かに頷き、杖を地面に軽く突き立てた。
「レイアの話を聞くに、おそらくプレーリーから去ったザミエラはかなり負傷していると思っとる。その状態ですぐにベルギスを襲いに行くとは考えにくい。それとも、お前さんは今すぐにでもベルギスが危険な状況になると読む力でもあるのか?」
その言葉に、俺はハッと気づく。
そうだ、ゲーム内では時間感覚が無いせいで、ヴァレリスに到着すればベルギスは死ぬと思い込んでいたが、今までのこの世界での生活を思い出すに、そうすぐにはそのイベントは発生しない。
エミルとベルギスはこれまでカンタリオン、ルインフィード、イーザを旅して来たが、どの町に行ったとしても少なくとも一ヶ月くらいは帰ってこなかった。
それに、ヴァレリスは今までの町よりもイベント的にはかなり大きく、さらに距離も遠い。
ドット絵で平面を移動しているのとは違うのだ。
おそらく移動するだけでも何週間もかかる。
そこからさらに、ヴァレリスでのイベントを繰り返した後に、最後にベルギスの最期のイベントに繋がる。
つまり……少なく考えても2~3ヶ月は猶予があるのかもしれない……。
加えて、サイファーが言うようにザミエラが負傷しているのだとしたら……。
「……それまでに、お前が強くなれればいいんじゃろう?」
サイファーは、俺の考えを読み取ったかのように、杖を軽く振りながら試すような笑みを浮かべた。
「時間も惜しいと言うなら話は別じゃがな。ま……元々ワシもそのつもりでお前を弟子にしたんじゃが」
確かに猶予があるのならば、その間に俺自身が強くなることで事態を覆せる可能性がある。
だが……本当に可能なのだろうか。
なんの変哲もないただの村人が、ものの数ヶ月でSランク冒険者を助けにいくだなんて……。
……でも、他に何の案も見つからない。
そうだ、せっかくSランク冒険者であるサイファーが俺に目をつけてくれているのだ。
これ以上ないチャンスと言ってもいいだろう。
「ま、お前次第じゃがの。ワシも怠け者に付き合う暇はない。見込みが無いと思ったらすぐにでも破門じゃ」
その挑発じみた言葉に、胸の奥で何かが熱く燃え上がる。
そうだ、やるしかない。
自分の蒔いた種くらい自分でなんとかしなくては。
「わかった……。俺を、強くしてくれ」
拳を握りしめ、サイファーの目を真っ直ぐに見据えた。
その瞬間、彼の顔にニィッと笑みが浮かんだ。
「よし、では覚悟しておけ。明日から働いてもらうからの」
「あぁ……働く……?」
サイファーの意味深な言葉に一抹の不安を抱きながらも、俺たちはカンタリオンの通用口から外へと出た。
夜風が冷たく肌を撫で、静寂の中に虫の声が響いている。
門の外ではチェイシーが大きな体を丸めて待っていた。
もちろん、帰る時もコイツの背中だ。
だから──
「ぴぎぃいいいいいいいいいいいッッ!!」
静かな夜の大草原の中心で、俺はチェイシーに振り落とされないよう必死にしがみつきながら、涙目になって叫び続けた。
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