第31話 セレナルート改変?

 その後、サイファーが来てからは一瞬の出来事だった。


 ハロルドたち三人は、細い爺さん一人相手にも関わらず、全く相手にならずに全員床に転がされていた。

 アビゲイルは既に気絶。

 バッカスはその巨体ごと軽々と背負い投げを決められた。

 ハロルドはというと、サイファーの杖がほんの軽く首筋に触れただけで膝をつき、身動きが取れなくなっていた。


「ふん、情けないのう」


 サイファーが呆れたようにため息をつき、三人を一瞥する。

 その飄々とした態度が逆に恐ろしさを引き立てているように見えた。

 俺はそんな彼に助けられた安堵から力が抜け、その場にへたり込んだ。


「大丈夫か?」

「……あぁ、なんとか……」


 体の痛みはひどいが、命があるだけで十分だ。

 少なくともフェイの記憶ではハロルド達はDかCくらいのランクだったハズだから、Fランクの低レベルの俺なんかが耐えれているのもおかしな話だが。

 まぁ、それは今はいい。


「クソ……汚ねえぞフェイクラント如きが……あがッ!」

「っていうかサイファーって……あの……Sランクの……!?」


 二人は震えながら叫ぶが、サイファーは冷ややかな声で呟く。


「話は後でギルドでするんじゃ……お前らに反省の余地があればのう」


 結局、不良冒険者たちは全員サイファーに無力化され、そのまま冒険者ギルドに突き出されることになった。

 俺はその圧倒的な手際に呆然としつつ、セレナの無事を確認する。


「ケガはないか?」

「……はい。助けてくれて、ありがとうございます」


 セレナはまだ震えが残る声で答える。

 青い瞳が潤み、涙がこぼれそうになっている。

 だが、彼女は必死にそれを堪えていた。



 ---



 ギルドの受付では、不良冒険者たちの行動に関する報告が進められていた。

 彼らがセレナに絡んでいた経緯や、俺への暴行についても一通り説明が終わると、受付嬢が深刻な顔をして言った。


「実は……最近この町では、子供が行方不明になる事件が多発しているんです。特に、街の外れや市場周辺で子供が目撃されたのを最後に姿を消してしまうケースが多いんですよ」


 その言葉に俺たちは思わず顔を見合わせた。


「……それって、誘拐されてる……とか?」

「可能性はあります。そして、この三人がその件に関与している可能性も考えられます」


 受付嬢は、不良冒険者たちを冷たい目で睨みつける。

 その視線を受けて、ハロルドたちはしどろもどろになりながら弁解を始めた。


「ま、待てよ! 俺たちはただちょっと、そこのガキをからかっただけで──」

「おい! 余計なこと言うな!」


 その反応がかえって疑惑を深める結果となった。

 受付嬢の冷たい視線に晒され、ハロルドたちはますます焦った様子で口を噤む。


 というか、セレナがもし誘拐でもされていたら、物語はどうなってたんだ?

 嫁は三人いるからと言えばそうなのだが、未来のエミルの物語に何かしらの支障があってもおかしくない。

 ……もしかすると、俺の『改変』が必要な部分だったのだろうか?


「とにかく、この件はギルドで対応します」


 受付嬢が厳しい口調でそう告げると、後ろに控えていたギルド職員たちがハロルドたちを拘束しながら奥へと連れていく。

 三人は途中で何か叫んでいたが、周囲の冒険者たちは冷ややかな目でそれを見送るだけだった。



 ---



 ギルドを出ると、カンタリオンの町はすっかり夕闇に包まれていた。

 街灯の灯りがぽつぽつと点り始め、人々の足音が徐々に少なくなっていく。


 俺はセレナを家まで送ることにした。

 サイファーは腰が痛いとか言ってギルドで待機している。

 ……あんな動きしといて何が腰痛だよ……。


「…………」


 セレナはギルドを出てからあまり話さない。

 よほど怖かったのだろうか、やはりここは俺がしっかりしないとな。

 大人として。


 俺はゲームの知識を頼りにセレナの家までの道のりを通っていく。


「ええっと、確かこっちの道だったよな? 君の家って」

「…………そうですけど、なんでわかるんですか?」


 あ……。

 しまった。

 そうだよな、普通に考えておかしいよな。

 初めましてのハズの少女の名前と家まで知ってるなんて、どちらかというと俺が誘拐犯じゃないか。


「あ、エ、エミルに聞いたんだよ。カンタリオンで君みたいな容姿の人の話を聞いてな……! もしかしたら……って思っただけだ……」


 自分で言ってて不安になる。

 確かにエミルからは道具屋でセレナとの冒険の話も聞かされていたが、セレナの家の場所までなんて話すわけがない。


 ……と思っていたが。


「エミルを知ってるんですか!?」


 セレナは驚いた様子で食いついてきた。

 その目がキラキラと輝き、先ほどまでの怯えた雰囲気が一気に吹き飛ぶ。

 いや信じるんかい。


「あ、あぁ。同じ村に住んでてな。色々冒険の話をよく聞いてたんだよ。セレナの話もよくしてたよ」

「えっ……! ほ、ほんとに!?」

「あぁ、エミルと二人で町を抜け出して、森にいた魔物を倒したんだってな。エミルも『セレナはいっぱい攻撃魔術とか使えてすごいんだよ!』って言ってたぞ」

「あ、あはは。そのあと、お父さんにこっぴどく叱られましたけどね……」


  どうやら「エミル」という名前を出したことで警戒心が解けたらしい。

 セレナは分かりやすく赤面している。

 エミルがセレナにとって特別な存在であることがよくわかる反応だ。

 クソぅ、イケメンめ……。


「じゃあ、エミルは今プレーリーにいるんですか?」

「……っ……」


 セレナの無邪気な問いに、俺は息を飲んだ。

 言葉が詰まる。


 そうだ、プレーリーが滅ぼされたのはつい昨日の話だ。

 この町までその噂が届くには、まだ時間がかかるだろう。

 セレナがそのことを知らないのは当然だ。


 だが……どう答えるべきだ?

 ここで嘘をついても、いずれは彼女の耳に届くだろう。

 それに──


『お前はベルギスを狙ってるんだろう!? もちろんエミルだって一緒だ! そうだ! 洞窟で待ち伏せしたらいいんじゃないか!? 余計な邪魔も入らない!』


 狩りの魔王ザミエラに対して言った言葉……。

 俺はあろうことか、エミルを殺しに行けと言ったのだ。

 彼らが今、無事なのかどうかもわからない……。


「エミルは……」


 気づけば、言葉を選びながら慎重に話していた。


「……今は、ちょっと遠いところにいる。たぶん、すぐに会いに行けるさ」


 セレナは一瞬、不安そうに眉をひそめたが、すぐに小さく頷いた。


「そっか……エミルもお兄様と一緒に旅をしてるんですものね。きっと、もっと強くなってるんだろうなぁ」


 その瞳に浮かぶのは、純粋な信頼と希望だった。

 俺はその視線に耐えきれず、そっと目を逸らす。


「……ああ、そうだな。俺もエミルに会ったら、セレナが会いたがってたぞって言っておくよ」

「そ……んな、別に会いたいわけではないです」


 ふいっと顔を逸らすセレナ。

 でも、俺は自分の声が震えないようにするのが精一杯だった。



 ---



 セレナを家まで送り届けると、俺はひとりギルドへと戻ることにした。

 夕闇が深くなり、街灯の明かりが暖かく道を照らしている。

 ギルドの喧騒は少し静まっていたが、それでも賑わいの名残は残っている。


 サイファーと共に、ギルドを出てカンタリオンの入り口まで戻っていく。


「にしても誘拐とはなぁ。あのガキども、本当にやらかしておったそうじゃ。ワシも長いこと冒険者やっとるが、随分不真面目な冒険者もおるもんじゃの」

「…………あぁ、そうだな……」


 俺の声がどこか低いことに気付いたのか、サイファーは目を細めてこちらをじっと見つめた。


「なんじゃ、考え事か?」


 その問いに、俺は一度大きく息を吐き出す。

 胸の奥にある言葉を整理するようにして、口を開いた。


「サイファー……頼みがあるんだ……」



---



《STATUS: "Serena Death Route" successfully avoided. Deviations confirmed. Timeline integrity partially adjusted.》

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