第34話 "甘い"モノ

 俺はレイアさんと共に、かつてのプレーリーに来ていた。


 焼け落ちた家々の廃墟や、ところどころ残る焦げ跡が、今でもその惨状を物語っている。

 クリスを失ってから、定期的にこうして村に足を運んでは、墓を掃除するのが習慣になっていた。

 レイアさんもやはり世話になっていたからなのか、掃除を手伝ってくれている。


 もはや誰も住んでいない廃村だが、俺にとってはここが"故郷"だ。


「……ふぅ」


 クリスの墓を見つめながら、大きくため息をつく。


「俺、どうしたらいいんだろうな……」


 俺の魔物使いテイマーとしての苦戦は続いていた。

 今までは失敗しても、クリスは優しく「しょーがないなぁ」といって許してくれた。

 だが、今回は違う。


 甘えられる相手はいない。

 いや、これが普通なんだというのはわかっている。

 クリスが優しすぎただけだ……。


「フェイクラント」


 俯いている俺に、ふとレイアさんが声をかけてきた。  墓掃除の区切りがついたのか、彼女は埃を払うように両手を軽く振りながら、静かに俺の方へと歩み寄ってくる。


「……どうした?」

「……お前が今、何に悩んでいるのかは薄々わかる」

「まぁ……思ってる通りだよ。どうしたらいいかな」


 俺がぼんやりとした声で尋ねると、レイアさんは一瞬だけ躊躇した後、意を決したように口を開いた。


「……ワシからあまり助言するわけにもいかんが……。ただ、そうじゃの……一つだけ助言をするならば──ワシは魔族……どちらかというと魔物と近い存在じゃ。じゃから……人族と魔族、そして魔物を分けて考えないでくれ」

「人族と魔族と……魔物?」


 分けて考えない?

 そりゃ、レイアさんは人族である俺たちと見た目もそう変わらないから、普通に接していたつもりなのだが……。


「どういう意味だ……?」


 思わずそう聞き返すが、レイアさんはそれ以上言葉を続けようとはしなかった。

 ただ静かに目を伏せて、クリスの墓標にそっと触れ、彼女なりの祈りを捧げていた。


 なんだか余計に混乱させられた気がする……。



 ---



 俺が魔物使いテイマー見習いになってから二週間が過ぎようとしていた。


 マルタローはレイアさんがよく座っているふかふかの椅子の上で眠っている。

 レイアさんの助言も空しく、マルタローは相変わらず俺の言うことを聞いてくれない。


『言葉を持たない生き物は、心で話すの』


 いつかのクリスの言葉が蘇る。

 たしかにマルタローは言葉が話せない。

 だからと言って、心で話すということが、俺にはまだ完全に理解できないでいた。


 それでもクリスのためにと思って、頑張ってはいるが……。

 それに反するように俺の精神は苛立ちを感じてしまっていた。


「どうじゃ、調子は?」


 サイファーが軽い調子で尋ねてくる。

 俺は椅子の上で丸くなっているマルタローを見つめながら、深いため息をついた。


「どうもこうも、最悪だ。コイツの賢さが低いからか、全く言うことを聞いてくれない」


 自分でも声が苛立ちに満ちているのが分かった。

 だが、こればかりは仕方ない。

 どれだけ頑張っても、マルタローとの距離は縮まるどころか広がっている気すらする。


「ふむ……そうか」


 サイファーは相変わらず飄々とした表情を崩さない。

 ため息をつきながら、彼は杖を地面に軽く突く。


「どうやら、ワシの見込み違いだったかもしれんのう」

「……なっ」


 その一言が、胸にぐさりと突き刺さる。

 冷たい言葉ではない。

 だが、それがかえって痛かった。


「なんだよ。たかがプレーリーハウンド一匹でなんでそんなこと言われなきゃなんねえんだ!」


 思わず声を荒げる俺。

 苛立ちと焦りが混ざり合い、自分でも抑えきれなかった。

 その声に、椅子の上で丸くなっていたマルタローが目を覚まし、小さくあくびをした。


「わふ……?」

「…………たかが、プレーリーハウンドと言ったか?」


 サイファーの低く、冷たい声が空気を一変させた。

 杖を軽く握り直し、ゆっくりとこちらに歩み寄る。


「あ……あぁ……」

「ならば、あの子よりも賢い魔物であれば、言うことを聞かせられると?」

「…………多分……」

「ならば、あの子の世話をしてみろ」


 サイファーは低い声でそう言うと、杖を軽くチェイシーのいる方に向けた。

 チェイシーは、庭の隅で尻尾をゆらりと揺らしながらこちらを見ている。

 その金色の瞳が鋭く光り、何を考えているのか全く読めない。


「チェイシー……?」

「あの子はウチで一番賢い魔物じゃ。命令を理解し、状況を判断し、柔軟に動ける。お前が言う『賢い魔物』の基準としては十分じゃろうて」


 サイファーの目が厳しく光る。

 飄々とした彼がここまで真剣な表情を見せるのは珍しい。

 だが、その目には確固たる意思が宿っている。


「じゃが、もしあの子でもダメなら──」


 サイファーは杖を地面に突き、静かに告げた。


「お前はクビじゃ」


 その言葉は鋭い刃のように俺の胸を刺した。

 静寂が庭を包み込む。

 チェイシーがこちらをじっと見つめ、尻尾を一度だけ音を立てて振った。



 ---



 さらに三日後。


 俺はあの日から、キラーチェイサーこと『チェイシー』の世話を任されることになった。


「ったく、サイファーは急かしすぎなんだよなぁ。魔物の気持ちが分かっても、俺の気持ちは全く分かってくれねぇじゃねぇか……」


 季節は本格的な夏が到来していた。

 現在、俺はチェイシーと共に散歩に来ており、川の近くで休憩中だ。

 川のせせらぎが涼しげに響いているものの、じっとしているだけでも汗がにじむほど暑い。


「深いとこ行くんじゃねぇぞ……」


 川でチェイシーが水浴びをしている姿を眺めながら、俺もズボンの裾をまくり上げ、川の浅瀬に足を突っ込んだ。

 冷たい水が火照った肌を心地よく冷やしてくれる。


 チェイシーは、まるで子供のように川の中を跳ね回り、金色の毛並みがキラキラと輝いている。


 ……で、コイツの世話なのだが、正直言ってかなり楽だ。

 エサを出せば大人しく食べてくれるし、体に触っても暴れない。

 散歩にもちゃんとついて来てくれるし、言うことも聞いてくれる。


「もういいのか?」

「…………」


 ある程度水浴びを済ませると、川から上がって俺の方を見つめる。

 返事はないが、なんとなく言いたいこと? はわかる気はする。

 頭がいいだけはあるのかもしれない。


「よし、じゃあ帰るぞ」


 俺は魔物使いテイマーらしくチェイシーに指示を出し、一緒に家まで帰った。


「散歩から帰ったぞ」


 家に戻ると、居間ではサイファーがソファに座りながら本を読んでいる最中だった。

 テーブルでは、レイアさんが煮リンゴを食べていた。

 気に入ったのだろうか?


「……どうじゃ?」

「あぁ、今日も絶好調だぜ!」


 サイファーの問いに自信満々に答えてやると、彼はただ「……そうか」と言ってバタンと本を閉じ、つまらなさそうな顔をして居間を出て行った。


「……なんだよ」


 サイファーのつれない態度に、思わず呟いてしまう。

 俺はチェイシーの世話を任されてから、正直、特に困ることもなく順調にやれている。


(ふっ)


 思わず、俺の口元に笑みが浮かんだ。

 きっと、サイファーは俺があまりにも簡単にチェイシーを手名付けてしまったから、気に入らないのだろう。

 とりあえず、この調子なら"クビ"はなさそうだ。


「……甘いのう」


 ふと、煮リンゴを食べているレイアさんが静かに言葉を漏らした。


「……?」


 まぁ、甘いよな。それ。

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