第三章 魔物使い編

第27話 自称凄腕魔物使い

 プレーリーから北へ向かい、山奥へと進むにつれ、周囲の景色が荒々しい岩肌と深い森へと変わっていく。

 険しい地形と薄暗い雰囲気が漂う道中にもかかわらず、道を阻む魔物たちは、何故かレイアさんが通るだけで静かに退いたり、凶暴な魔物ですら軽くいなされてしまう。


「……凄い」


 俺は彼女の背中を見ながら小さく呟いた。


 正直、ここまで実力があるなら、どうしてもっと早く村に来てくれなかったのか、とも思う。

 だが、それは単なる八つ当たりに過ぎないことも分かっている。

 それに、何を言ってもクリスや村の人たちはもう戻らない。


「着いたぞ」


 レイアさんが足を止め、前を指さす。

 そこには、古びた木造の小屋がひっそりと佇んでいた。

 その全体が年月の重みをまとっていて、まるで周囲の自然に溶け込んでいるように見える。


「こんなところに小屋があるなんて……ゲームでは見たこともなかったな」


 俺はぽつりと呟きながらその小屋を眺めた。

 プレーリーの北にこんな場所があるなんて知らなかった。

 少なくとも、俺の知る限りこの小屋がゲームのマップ上で表示されていたことはない。


 レイアさんが躊躇なくドアを開けると、中から怒鳴り声が響き渡った。


「遅いぞ、レイア!! ワシを飢え死にさせる気か!」


 目に飛び込んできたのは、禿げた頭に長い白髪の髭を持つ老人だった。

 怒りに満ちたその声と、杖を振り上げる姿に、俺は思わず一歩後ずさる。


「うるさいのぅ、サイファー」


 レイアさんは無表情のまま、呆れたように答える。


「んん? なんじゃそやつは?」

「ワシが買い出しに使っておった村……プレーリーの生き残りじゃ……」


 レイアさんが簡潔にそう説明した。

 俺は少し身構えながらも、軽く頭を下げる。


「ど、どうも……」


 サイファーの視線が鋭く俺を貫くように見つめる。

 その目には、ただの偏屈な老人以上の何かが宿っていた。


「えっ、ちょ……生き残りぃ!?」


 まるで効果音で「ガーン!」とでも表示されるかのような反応をしたサイファーを尻目に、レイアさんは小屋の中へと入っていく。

 俺もテンションの高さについていけなかった。



 ---



 小屋の中に入ると、まず目に飛び込んできたのは広い空間に散らばる奇妙な生活感だった。

 壁には色褪せた地図や羊皮紙が所狭しと貼り付けられている。

 天井から吊るされたランタンがゆらゆらと揺れ、かすかに温かな光を灯している。


「うおっ…!」


 だが、それ以上に俺の目を引いたのは、その場にいた巨大な魔物たちだった。


 一匹は、四本の腕と鋭いツノを持ちながら、ライオンのような顔をした魔物──「マンティクロス」。

 もう一匹は、チーターに似た形状を持つ、巨大な猫のような魔物──「キラーチェイサー」。

 それらの鋭い目がじっとこちらを見つめている。


 さらに、窓際には鮮やかな羽を持つ、鷹ほどの大きさの鳥の魔物──「ミストフレア」が止まっていた。

 その細身の体と光沢のある青緑色の羽がどこか神秘的で美しい。


 どれもランクで言うとB~Aほどの強力な魔物だ。

 飼っているのか? ていうかそもそも飼えるのか?


 アルティア・クロニクルでも魔物はたまに仲間になりたそうにこちらを見ることはあったが、リアルだと威圧感がすごい。

 思わず身構えてしまう。


 しかし、サイファーが近づくとマンティクロスがごろりと寝そべり、キラーチェイサーは大きな欠伸をする。

 ミストフレアは俺の方を一瞥して「ピィッ」と短く鳴いた。


「安心せい、此奴らは人を襲わんよ」


 サイファーがキラーチェイサーの頭を撫でながら言う。

 レイアさんから離れたマルタローもそれに加わり、キラーチェイサーが挨拶とでも言わんばかりに尻の匂いを嗅いでいるのを見るに、まぁ信じるしかないのだろう。


 正直言って全く落ち着かないが、レイアさんが食事の支度をしている間、話を聞いてみる。


 どうやらサイファーは自称凄腕の魔物使いテイマーで、数十年前はレイアさんとも冒険者として活躍していたらしい。

 しかしもう歳なので、いろんな町に行っては見込みのありそうな人間に片っ端から声をかけているとのこと。

 が、上手くいかず、逃げられての毎日だとか。


「どうじゃ!? すごいじゃろ!?」

「…………」


 タチの悪いムツ○ロウさんにしか見えないです。


「大声で叫びすぎなんじゃ……逃げられても当然じゃろうて」


 せっせと鍋をかき混ぜながら、レイアさんが言う。

 あの大声で勧誘してくる爺さんがいたらそりゃついてくる人はいないだろう。


「こないだも衛兵に捕まっておったし……」

「ぬぅ……」


 どうやら、ただの徘徊老人だったようだ。



 ---



 半ば諦め気味に椅子に腰を下ろしたところで、レイアさんが鍋を持って戻ってきた。

 鍋からは肉と香辛料の香りが立ち上り、腹がぐうっと鳴る。


 レイアさんはテーブルに鍋を置き、何種類かの皿に分けて料理を盛り付けていく。

 魔物たちの前にも料理が置かれると、彼らは魔物とは思えないくらい大人しく食べ始めた。


 俺も目の前の料理を口に運ぶと、想像以上に美味い味が口の中に広がった。

 見た目は素朴な煮込み料理だったが、柔らかな肉と濃厚なスープが疲れ切った体に染み渡る。


「……うまい」


 思わず漏れたその一言に、レイアさんが少しだけ微笑んだ気がした。


 食事が一段落すると、サイファーが腕を組み、こちらをじっと見据える。


「さて、腹も膨れたところで、話を聞かせてもらおうか」


 その言葉に促されるように、俺は村で起こったすべての経緯を話し始めた。

 狩りの魔王ザミエラの襲撃、ベルギスを探していた旨。

 村の壊滅、クリスの犠牲、そして自分がここに辿り着くまでのことを──


 ザミエラはベルギスを殺し、エミルを攫って大魔王封印の解除のため……までは知っていたが、そこまでは知ってる理由を話せる自信がなくて言い出せなかった。


 話し終えると、しばらくの沈黙が流れた。

 サイファーは腕を組んだまま、何か考え込むように目を閉じている。


「ふむ……災難じゃったな。しかし、まさかのザミエラか……」

「知っているのか……?」

「ワシらは直接的な関わりはないが……ヤツが各地で暗躍しているのは耳にしておったからな」


 ゲーム内では基本的に魔王の軍勢は影を潜めて暗躍していた。

 だから村人や冒険者ギルドに聞いても大した情報は得られないほどだったのだが、この二人は知っているようだ。

 直接的な関わりがなかったと言っているが、本当なのだろうか。


「それと、あの道具屋の店主、クリスが守ってくれたと言ったが、おそらくザミエラは死んではおらんじゃろうな」


 料理を口にしながらレイアさんが言う。


「な、なんでわかるんだ?」

「山を降りる際、最後に大地が光輝くのが見えたが、それから逃げるように黒い瘴気が空を舞っておった。深淵魔術による移動方法じゃな」

「そう……か……」


 クリスが命を賭して戦ったかもしれないというのに、奴は生きているのか。

 悔しくて、思わず唇を噛む。


「で、フェイクラントと言ったか。お前はどうするんじゃ?」

「……え?」


 そうだな……漠然と荷物を集めて冒険者として旅をするつもりでいたが、ザミエラが生きていると言うのなら、ベルギスやエミルのことも気になる。

 しかし、今の俺のレベルや装備で外に出るのは危険かもしれない。

 一応、神威という謎の力は発現しているが、あまりにも未知すぎる。


「……えっと」


 答えあぐねていると、サイファーはわざとらしくニカっと口角を上げ──


「強く、なりたいんじゃろ?」

「……!」


 サイファーの言葉に、俺は思わず息を呑んだ。

 強くなりたい。

 その言葉が胸に突き刺さる。

 確かに、俺がここにいる理由も、前に進めない理由も、それに尽きる。


「あぁ……強くなりたい」


 俺は震えながらそう答えた。

 もう二度と、大切な人を目の前で失わない為に。

 強くなりたい。


「よし、ならば丁度新しい助手が欲しいと思っていたところなんじゃ! ワシのところで働かんか!?」

「…………は?」


 魔物使いテイマーの助手?


 思いもよらない提案に、思わずサイファーの顔を見返す。

 だが、彼の目は真剣そのものだった。


「そこのプレーリーハウンド、まだ懐いてないみたいじゃが、お前さんのじゃろう?」


 サイファーの言葉に、俺はふと視線を下ろした。

 マルタローは床に伏せたまま、少し疲れたような目で俺を見上げていた。

 左耳の毛色は、何故か今朝から変わっていて、クリスが最後に言った言葉が頭の中で何度も蘇る。


『マルタローのこと……頼んでもいいかな?』


 あの時は、彼女の最後のわがままだと分かりつつも、まともに受け止められなかった。

 自分の感情があふれすぎて、彼女の頼みをちゃんと心に刻む余裕なんてなかった。


 でも、そうだ、俺が今度はクリスに変わって、こいつを守らなければならない。


「ワシのもとで働けば、魔物と共に戦う術を教えてやろう。そいつも、お前自身も、一回りも二回りも強くなれるわい」


 力をつけて、マルタローを守れるようになる──

 それは、クリスを守れなかった俺にとって、彼女への贖罪にもなるかもしれない。

 そして何より、もう二度と大切な人を失いたくない俺にとって、必要な力かもしれない。


「……お願いします」


 俺は決意を込めて、サイファーに頭を下げた。


「よし! ならば明日から頼むぞ! よいな、レイア!」

「…………好きにせい」


 サイファーが嬉しそうに杖を振り回す中、レイアさんは静かにマルタローを撫でていた。


 これから、新しい生活が始まる。

 改変なども気になるが、まずは足元から固めていきたい。



 ---



 その日はもう遅いので、寝ることになった。

 のじゃロリだが、白髪幼女と添い寝出来る日がくるなんて……。

 と、一瞬そんな妄想をしてしまったが、そんな妄想は二次元の中でしかなく──


 俺の寝床はサイファーが世話をしている魔物たちの巨大な檻の中……。

 奥にはマンティクロスとキラーチェイサーが寝息を立てている。

 足の震えが止まらない。


「そこしか寝るとこねーから」


 去り際のサイファーの言葉が脳裏を過ぎる。


 クソジジイ!!

 これなら外で寝るほうがマシだ!!


 俺は鉄格子に手をかける。


「あっ!!」


 鍵をかけられてしまっていた。


 獣くささと恐怖で眠れるわけがない。

 発狂しそうになりながらも、俺はマルタローに寄り添うように目を瞑った。


 当然、一秒で場所を変えられた。

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