第20話 フェイの帰還 【クリス視点】
フェイが旅立ってから4年が経った。
今年で私は17歳になる。
「燃え滾る力よ、我が前に集いて顕現せよ──『
私の放った火魔術で、人食い植物が燃え盛り、絶命する。
「ふぅ、これで十二体目……。最近多いなぁ」
私はあれから、毎日魔術の特訓をしている。
いつか私も村を出て、フェイに追いつく為だ。
イザール神父も私の力を認めてくれたのか、許可さえ取れれば村の外に出て魔物を相手に戦うことも許してくれた。
特に人食い植物なんかは、農作物を荒らしたりもするので、戦える人が少ないプレーリーにとっては、私みたいに進んで魔物退治をしてくれる人の存在はありがたいらしい。
「クリスちゃん。魔物を倒してくれるのは嬉しいけど、頑張りすぎないようにね。魔力も限界があるんだから」
「あ、はい! 大丈夫です! 魔物以外でも、また水不足とかになったら呼んでくださいね!」
「ほんと、助かるわぁ。ずっとこの村にいてほしいわね」
村の人たちは心配してくれるけど、私の魔力は切れたという試しがない。
今まで何度も魔術を使ってきたが、体内にある魔力が減ってるという感覚もわからない。
試しに何もない方向にありったけ水魔術を放ってみたが、魔力が尽きる前に魔術を唱えるための精神力が先に尽きた。
もしかしたらこれも特異な体質で、呪いの手と何か関係があるとするなら嫌だな。
このことは言わないようにしておこう。
---
魔物退治を終え、村に戻ると、川辺に座る見覚えのある背中が見えた。
「……フェイ?」
「ん?」
見間違うはずなんてなかった。
川辺に座る男は、かつてのフェイそのものだった。
私の心臓は強く鼓動を打った。
なぜ彼が帰って来ているかなどどうでもよく、気づけば私は彼に向かって走り出していた。
「よぉ、クリス。久しぶりだな。元気にしてたか?」
彼はゆっくりと立ち上がり、私の方に顔を向けた。
驚いたような、しかしどこかよそよそしい笑顔を浮かべているような。
少しだけ伸びた髪と日焼けした肌、以前よりも痩せたような身体。
冒険者として旅をしてきた証がその身に刻まれていた。
「当たり前でしょ! それよりフェイ、帰ってきてたの? 冒険はどうしたのよ!」
私の声は思わず高くなった。
ずっと追いつきたいと思っていた背中。
まさか、こんな形で再会するなんて思っていなかったから。
「いやぁ、ちょっとな。途中で通りかかってさ。懐かしくなって寄ってみたんだよ」
フェイは軽い調子でそう答える。
その笑顔は昔と変わらないように見えたけど、どこかぎこちなさがある気がした。
「そっか」
「村のことは変わってないか?」
冒険の話を聞きたかったのに、フェイは話題を変えるように、ふと村の方向を見て言った。
「う、うん。そりゃもう、私が魔物退治して前よりもっと平和になったんだから!」
「へぇ、クリスが魔物退治かぁ。すごいな」
彼は笑顔でそう言ったけど、その声にはどこか空虚さがあった。
なんだか言葉だけが浮いていて、心がこもっていないような、そんな感じ。
なによ、私がいばるといつも反論してきたくせに。
「私の事とかいいから、フェイの話を聞かせてよ! 冒険はどうだったのよ。他の仲間とかは?」
私は少し前のめりになって尋ねる。
ずっと憧れていた冒険者になった彼の話を聞きたくて仕方なかったから。
けれど、フェイはわずかに目をそらし、肩をすくめて気だるげに答えた。
「ん? あぁ、いやぁ~……冒険者ってのはクズばっかだな。足手まといしかいねぇしよ。一人でぼちぼちやることにするわ。ちょっと村で休憩するんだよ」
「……へ?」
その言葉には、彼らしくない棘があって、少しだけ違和感を覚えた。
まるで何かを隠すために適当な言葉を並べているような──そんな気がした。
でも、その違和感に触れるのが怖くて、私は軽く笑って返した。
「……ふーん? なんだか難しいんだね。じゃあ、私が教会を出る時が来たら、い、一緒に行く? 私も魔術の特訓、すっごく頑張ったし、他の冒険者じゃなくても、私だったら──」
「……ヤダよ。誰がお前なんかと」
「……っ!?」
私はいつもの軽いノリで、かつて一緒に冒険者になろうと言ってくれた彼に問いかけたつもりだった。
だけど、なぜか彼にはそんな約束は初めから無かったかのように返される。
思わず開いた口が閉じなかった。
「なによ、それ!」
思わず口を尖らせる私。
でも、怒るというよりは半分冗談で笑いながら言った。
それに、フェイだって昔からこんな感じでからかってくるんだもの。
今回もただの冗談かもしれない。
だけど──
「そんなこと言って、ホントは尻尾巻いて逃げ帰ってきたんじゃないの?」
冗談めかして言ったつもりのその一言に、フェイの笑みがピタリと止まった。
「…………」
彼は何も言わないまま、口を閉じて、わずかに眉間にシワを寄せた。
虫の居所が悪かったのかな? と直感で思う。
冗談が通じない時のフェイを見るのは、なんだか少し怖い。
「……悪いな。ちょっと、用事思い出したわ」
フェイはそう言って、急に顔を背けて歩き出した。
「あっ、ちょっと待ってよ! フェイ!」
私は慌てて後を追おうとしたけれど、彼は手を軽く振って、背中だけで私を制した。
「またな、クリス。……今日はもう帰れよ」
「え、教会に帰ってこないの?」
「ふっ……俺はもう冒険者だぜ? ガキどものお守りなんかしてられるかよ」
それだけ言い残し、フェイはそのまま村の外れへと向かって歩いていった。
私はその背中を見つめながら立ち尽くす。
何か、彼に触れてはいけないところに触れてしまったような、そんな気がしてならなかった。
---
フェイが村に戻ってきてから、もう数週間が経つ。
その間、彼が再び冒険に出ることは無かった。
それどころか、彼はほとんど村にいて、毎日こうして川辺でぼんやりしていることが多い。
初めのうちは「休憩だ」と言っていたけど、もうそろそろ「休憩」と呼ぶには長すぎる時間が経っていた。
「最近はどう?」
川辺で日が傾き始める頃、私はフェイに声をかける。
フェイは川に石を投げて水面を跳ねさせながら、なんでもない風を装って答える。
「あぁ、順調だ。実はな、ギルドの有名なパーティに誘われててよ。『フェイ、アンタが来てくれたら百人力だ!』とか言われちまってさぁ」
「へぇ、すごいじゃない! どんな人たちなの?」
「ん? まぁ、名前出してもクリスには分からんだろうな。……英雄級だぜ、あのパーティは」
「英雄? そんなにすごいパーティなら、早く行かないと置いていかれちゃうんじゃない?」
「……まぁな。でも俺も修行で忙しくてな。暇がねぇんだよ」
いつものように笑いながら軽口を叩く彼の顔は、どこか虚ろだ。
目元には薄いクマが浮かび、表情の端々には疲れがにじんでいる。
「ふぅん……」
私は気づいてしまった。
彼が嘘をついていることに。
でも、それを口に出すことはできなかった。
なんとなく、それを言ってしまったら、フェイが壊れてしまいそうな気がして。
---
「冒険者は過酷な職業だからなぁ。きっとフェイは今、壁にでもぶち当たってるんだ。元気に見えても、心は傷ついているのかもしれないな」
ある日、イザール神父にフェイのことを相談した時、そう言われた。
「人には、話したくないことの一つや二つあるものだよ。フェイはきっと、クリスには格好悪いところを見せたくないんだろう」
「……でも、なんとかしてあげたい……」
「そうだな。クリスもフェイと一緒に冒険したいと言っていたもんな。けれど、今の彼には時間が必要だ。そっとしておいてやるのも優しさの一つだよ」
「……」
イザール神父の言葉に、私は何も言い返せなかった。
フェイが傷ついているのなら、無理に聞き出すのは彼をさらに追い詰めてしまう気がした。
だから私は、彼の嘘を聞き流しながら、いつものように過ごすことにした。
いつか、彼がまた前向きになれるまで。
---
でも、そのまま何も状況は変わらず、あっという間に1年が過ぎた。
私の年齢は、いつしかフェイがこの村から旅立った時と同じになっていた。
村のみんなも、すっかり「フェイクラントは冒険者をやめて帰ってきた」と言っている。
フェイも諦めてきたのか、「あれは嘘だった」と言うこともなく、彼がこの村にいることは、もはや当たり前になってきた。
いつの間にか「一緒に冒険者になる」と誓い合った夢も、まるで最初から無かったかのように。
フェイが辛いなら、私は別に冒険者にならなくてもいい。
でも、このまま職にも就かず、この村でダラダラし続けている彼を、私は放っておけなかった。
彼が辛い時は、私が支えてあげたかったから。
だから私は、半年前から密かにとある準備を進めていた。
「フェイ! 私、道具屋をすることにしたわ!」
焚き火に薪を焚べるフェイに対し、私は腰に手を当て、得意げに胸を張った。
「……道具屋?」
「魔道具とか武器とかも取り扱って、冒険者とかも訪れる、もっと賑やかな村にしてやるのよ!」
私は腕を組んで、自信満々に言ってみせた。
フェイは焚き火をいじりながら、少し笑って首をかしげる。
「……冒険者になるんじゃなかったのか?」
「うっ……」
その言葉に、思わず口ごもってしまう。
何よ。あんたが帰ってきたから、私も旅立つ理由が無いだけなのに。
私はわざとそっぽを向いて、鼻を鳴らした。
「だって、張り合う相手がいないんじゃ面白くないじゃない。フェイも休憩とか言って全然村から出ないし。それに、お金ないんでしょ。……ど、どーしてもというなら、私が雇ってやらなくもないわ!」
フェイは苦笑しながら頭を掻いた。
「へいへい。食いモンに困ったら、たまに手伝わせてもらうわ」
「ふん、その時はちゃんと働きなさいよね! 手抜きは許さないんだから!」
私はフェイに向けて威勢よく指を指しながら宣言した。
「一緒にやろう」とは言えなかった。
そのつもりで企画していたけど、いざ彼の前に立つと、なぜだか恥ずかしくなってしまった。
冒険者として、もう一度立ち上がってくれるなら私はついていきたい。
でも、もしそれが無理なら、私はあなたが気軽に居れる場所を作っておくね──
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