第11話 嘘
それは、とある日のことだった。
「フェイクラント!」
いつものように道具屋の店番をしていると、村人の一人に呼び出される。
焦った様子だったので何事かと聞いてみると、クリスが倒れたらしい。
彼女は今日も朝、教会に行き、礼拝を済ませるとイザール神父と一緒に子供たちに魔術や勉強を教えていて、魔術を放った時にフラフラしていると思ったら、そのまま顔を真っ青にして倒れたとのこと。
俺はそれを聞いて急いで教会に向かった。
教会の一室にはベッドが並べられており、その一つに数人の子供が群がっていた。
その中心にはクリスが横たわっている。
聞いてたよりもまだ顔色が明るいことに内心ホッとした。
「クリスおねぇちゃん……」
「だいじょうぶ……?」
子供たちは心配そうにクリスの容態を確かめるように覗き込んでおり、クリスはそれを一人ひとりに「ありがとうね」と笑顔を向けていた。
「あ……フェイ」
クリスが俺に気づき、彼女に似つかない申し訳なさそうな顔を浮かべる。
「あ、フェイクラントだ!」
「無職だー!」
「うるせー。もう働いとるわ!」
子供たちも俺に気づき、かつての
だから、俺もかつての
その様子にクスクスと笑うクリスを見て、俺の心は少し軽くなった。
「来てくれたんだ。ありがとう……フェイ」
「思ったより元気そうだな」
「治癒魔術をかけてくれたから……まだちょっと体はだるいけど」
いきなり倒れたというので何か病気かと思ったが、どちらかというと精神的な疲れとかなのだろうか。
「フェイクラントって、クリスおねぇちゃんと けっこんしてるの?」
「ばっ……! そ、そんなんじゃないわよ! 家がないから置いてあげてるだけ!」
子供の無垢な質問に、顔を赤くして拒絶するクリス。
これだけ騒げるなら想定よりも軽症状のように見える。
まぁ、実は俺もその質問は照れてしまうが。
「はい、クリスお姉ちゃんもしんどいだろうから、みんなはあっちに行こうね」
「はーい」
優しい顔をした神父の一声で子供たちはそれに従って部屋を出ていく。
3人だけになった部屋で、彼は俺にクリスの容態を説明してくれた。
「どうやら、過労のようだね。治癒魔術をかけると、表面的な熱っぽさなどは取り払えたけど、精神的に疲れているみたいだ。1〜2ヶ月は安静に、様子を見た方がいいね……」
「そう……か……」
治癒魔術は全部ではないが、ある程度病気にも効くらしい。
だが、心の傷や精神的疲労までは治すことはできない。
思えば、確かにクリスは働きすぎだ。
道具屋のこともあるし、村で唯一というわけではないが、魔術を使える彼女は引っ張りだこだった。
性格上断れない彼女は、毎日忙しそうにあっちこっち駆けまわり、しかも俺という手間のかかる同居人も増えたことで、疲労がついに限界を迎えたのだろう。
……考えてないわけではなかった。
クリスは俺が失敗したり、どれだけ魔術を覚えるのに時間がかかっても「しょーがないなぁ」と言いながらいつも最後まで付き合ってくれていた。
俺は、それをツンデレと言って甘え続けていたに過ぎない。
家事も仕事も、自分なりに頑張っていたつもりではあるが、余計に手間を増やさせていたのかもしれない。
「よいしょ……」
クリスが起き上がり、ベッド際に座るようにして立とうとする。
「……まだ寝てなくていいのか?」
「大丈夫。それに、まだやることもあるし……あ、でも仕事はフェイに任せようかな……」
そう言うと申し訳なさそうにクリスは俺に笑顔を向けた。
俺は強く止めることができなかった。
家事もマルタローの世話すらもロクにできない俺が出張ったところで、クリスの気が休まるとは思えなかったからだ。
無理にやってもクリスを困らせるだけだろう。
自分の不甲斐なさに落ち込む。
---
俺はクリスを連れて、教会を出た。
「フェイクラント。立派になったね。ついこないだまでの君とは大違いだ」
帰る際、イザール神父はそう言ってくれたが、俺の心はあまり晴れなかった。
だが、隣にいるクリスは実際過労で倒れている。
「……ごめんね、フェイ」
クリスは歩けてはいるが、いつものような元気はなく、俯いてそんな言葉をかけてくれる。
「謝るなよ。らしくないぞ」
「あはは、そうだね」
小さく笑うだけだった。
俺はそんな言葉しかかけられない自分が憎らしかった。
家に戻り、クリスはマルタローにエサをやると、癖なのか仕事を再開しようとしたので、それだけはと辞めさせ、今日クリスに手伝いを頼んでいた村人たちにも俺が断りを入れておいた。
やることがなくなったクリスはベッドの際に座り、暇なのかパタパタと足を揺らしていた。
「寝ておけよ。道具屋のほうは俺がやっておくから。過労なんだろ?」
「うん……でも、逆に何もしてないと落ち着かないって言うか……」
「はぁ、じゃあ他にも本読んだりとか、軽いストレッチとか色々あるだろ」
「そうだなぁ……」
クリスは「ん〜」と唸りながら向いて考え、はた、と何か思いついたように羊皮紙の束を用意した。
「なにをするんだ?」
「秘密」
なんだろう。
絵でも描くのだろうか?
スマホやゲームとかがあればいいんだがなぁと思うが、無いものはしょうがない。
元の世界に比べてこう言う時の娯楽は少なそうだが、クリスが楽しそうならいいか。
---
その日から、俺の忙しさは倍増した。
さすがにクリスがやっていたことを全て俺がやるのは無理だが、出来るだけ力になろうと努めた。
まずはマルタローのエサやり。
「マルタロー、エサだぞー」
マルタローは逃げ出した!
少し距離は縮んだかと思いきや、相変わらず俺の出す餌はあまり食べてくれない。
なのでエサをソッと置いてから立ち去る。
すると数十分後には空腹と意欲に負けるのか、気づいたら無くなっている。
別に嫌われててもいいのだが、お前も仮にも犬の仲間みたいなもんなんだから、ご主人が大変な時くらいは協力し合おうぜ。
道具屋の方は特段忙しくはないのだが、毎日掃除をして、家事と両立しながら続けるのはなかなか骨が折れる。
料理に関しては、経験が少ない。
俺なりに試行錯誤して作ってみたが、クリスに「味がしない」と呆れられたので、無理をさせて悪いと思っているが、彼女が作るようになった。
「魔術や特訓も忘れないようにね」
とクリスは言うので、俺は比較的安全であるプレーリー周辺で特訓も続けている。
「燃え滾る力よ、我が前に集いて顕現せよ──『
花に擬態して花粉や毒を飛ばしてくるフェアリーフラワーを燃やし尽くす。
ゲームと同じでこの辺は敵も大したことないので、日々クリスにしごかれている俺はただの村人でも快勝できるくらいにはなっていた。
「フッ、俺テラツヨス」
珍しく異世界で無双できるのでつい調子に乗ってしまうが、俺はどちらかというと行き詰まりを感じていた。
この世界に来て3ヶ月以上も経つと言うのに、まだ勝てるのは本当に最序盤の敵だけだ。
ゲームで言えば開始後エミルが1時間後には見向きもしなくなるような、レベリングもまともにできない場所。
村の反対側の山や森の方はもう一段敵が強く、今の俺ではクリスと一緒でもなければ倒せる気がしない。
「まぁでも、いずれは行かないといけないしな……」
無謀かとも思ったが、この日の俺はなぜか「いける」と思って、山の方に歩みを進めた。
仮にも異世界人の俺は、何か期待していたのかもしれないし、知らぬ間に成長しているという結果をクリスに聞かせて驚いてもらいたかったのかもしれない。
念のため、店から転移のスクロールを一枚持ってきている。
もちろん俺の給料天引きだ。
「おっ……」
川沿いを伝って、傾斜を登っていくと、木に紛れて座り込んでいるウッディ・ゴーレムがいた。
・ウッディ・ゴーレム
森などに多く分布している。
ゴーレムの名を冠してはいるが、木製で大きさも2メートル弱程度。
さらには他のゴーレム同様に動きも鈍いので、ギルド指定ランクはE
俺は深呼吸して心を落ち着かせる。
大丈夫だ。クリスがいなくても俺はできる。
やればできる子だ。うん。
「燃え滾る力よ、我が前に集いて顕現せよ──『
俺の掌から燃え盛る火球がウッディ・ゴーレム目掛けて放たれ、爆発するような音と共に着弾した。
「グォオォオオォ……」
ウッディ・ゴーレムが火炎の中から顔を覗かせ、こちらに向かってくる。
奴の体は枯木ではない。
水分を含んだ朽木のようなものなので、初級魔術である火球では炎上するほど燃えはしない。
しかし俺には作戦があった。
俺は鉄の剣を構えて突進し、すかさず一撃を加える。
「トリャアア!」
「ゴォオォオォオオ……」
ウッディ・ゴーレムが腕を振り上げるのを見て、すかさず10メートルほど距離をとる。
そして腕が降ろされ、またこちらに寄ってくるパターンに切り替えたのを見計らい、すばやくもう一撃!
「オラァ!!」
「ゴォ…………」
そして逃げる! これを繰り返す。
狭いダンジョン内だと無理かもしれないが、こうもだだっ広いと逃げ場なんて無限だ。
アルクロはターン制なのでできなかった芸当だが、アクションだとこういうことも可能なのだ。
名付けて某クラフト系ゲーの対ク○ーパー大作戦!
──という名のただのヒット&アウェイ!
「ハァッ!」「トウッ!」「テリャアッ!」
──数十分後。
「はぁっ……はぁっ……!」
「ゴォ……ォオォ……」
俺の目の前にはかなり動きが鈍ったが倒すには至らないウッディ・ゴーレムが一体。
「ボォ……」
「ブォオ……」
で、騒ぎに釣られてきたのか左右にはこれまたEランクの魔物、ワイルド・ボアが一体ずつ。
イノシシ系の魔物だ。
「…………」
俺は逃げ出した。
背中を見せた瞬間ワイルド・ボアが同時に突進してきたので急いでスクロールを取り出し、転移魔法陣に魔力を注ぐ。
俺の姿は光に包まれ、繋がった先のプレーリーに転移した。
うん、まぁ、ダメでした。
---
「はぁ……」
俺は暗くなった空の下、家の前で焚き火をして心を落ち着けることにした。
……なんというか、あれだ。
ゲームではHP制だったからカスみたいなダメージでも無限に繰り返せばいつかは倒せたが、現実は致命傷を与えれなければ基本ダメだ。
しかもアイツ、痛みとか感じてなさそうだし、多分砕けるほどのダメージじゃないと倒せない。
火球を連発すればいけるかもしれないが、現状の俺の魔力だと使い切っても1体倒せるかどうかといったところだろう。
クリスは一緒に冒険したいと言ってくれたが、こんなことでは重荷にしかならないだろう。
……先が思いやられる。
「……フェイ、ご飯できたよ──って、どうかした?」
道具屋の扉の隙間から光が漏れ、クリスがひょこっと顔を出してくる。
最後の単語に、俺は自分がかなり酷い顔をしていたことに気づいて必死に笑みを取り繕った。
情けないが、彼女にはせめて気が楽でいてもらいたかった。
「なんでもない、それより聞いてくれよ──」
だから俺は、森でウッディ・ゴーレムを倒したと、初めてクリスに嘘をついた。
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