第10話 忠犬マルタロー
さらに数日後。
俺のレベルも少し上がったが、まだまだかつての勇者パーティと比べると見劣りが激しい。
魔術も初級であればある程度使えるようにはなったが、それ止まりだ。
「おい、マルタロー。エサだぞ」
マルタローは逃げ出した!
「……またか」
クリスの道具屋で働き始めてから三か月。
俺は相変わらずこのモフモフわたあめとは微妙な距離感であった。
思わずため息が出る。
なんだよ、人がせっかくメシを持ってきてやってるのに。
「わふぅ!」
「マルタロー? ごはんならフェイが持ってるよ?」
マルタローは道具屋の品をチェックしているクリスの脚に擦り寄っていた。
いつものようにマルタローに軽く注意する。
俺の苦戦は続く日々だ……。
---
数日後──
「マルタロー……どこだー? エサ──」
マルタローは既に逃げ出していた!
「あらら……ダメだよマルタロー。私じゃないよ」
試しにクリスにそばに来てもらっていたが、俺のことはそっちのけでクリスの脚の後ろに隠れた。
クリスは怒るわけでもなく、ただ「いけない子ね」とでも言うようにマルタローの頭を優しく撫でる。
正直、元の世界でも友達は限りなく少ない方だったので、別に好かれようが嫌われようがどっちでもいいのだが、同じクリスの家に住んでいる以上距離が離れることもない。
俺だってペットとも仲良くしようと自分なりに奮闘しているつもりなのだが、ここまで徹底して避けられると流石にクるものがある。俺が何したっていうんだ。
最近魔術も初級以降はあまり覚えられないし……。
俺が寄り添っていこうと頑張ってんだから、お前も協力しろよ。
──それは今思えば、八つ当たりだったかもしれない。
「オイッ──むがっ!?」
俺のマルタローへ向けるはずの言葉は、黒い手袋によって遮られた。
クリスだ。
彼女はまるで俺が今から言い放つ言葉が分かっていたかのように瞬時に反応し、俺の口を塞いでいた。
「……フェイ、それはダメ……って、わかるよね?」
クリスの手が離れる。
「すまん……つい……」
「もう、私が近くにいてよかった。喧嘩しちゃったら誰が面倒見なきゃいけないと思ってるの?」
……言い返せない。
クリスはいつも通りのツンとしていたが、俺の反応を見て少し呆れたように、しかし優しい表情を浮かべると、俺からエサを受け取り、マルタローに与えた。
マルタローは俺たちのやり取りには気にすることもなく、与えられたエサを食べ始めている。
「…………」
やってしまった。
まるで上手くいかないことが連鎖しているようで、正直落ち込む。
「大丈夫! 焦らずゆっくり、イライラしちゃうのが一番よくないのよ! 深呼吸深呼吸! ──す──っは──っ……」
落ち込む俺を見て、クリスは元気づけるように一層大きな声をかけながら肩を叩いてくれる。
そんなことで――と思ったが、深呼吸する度にクリスの胸の辺りが上下に動くのを見て、少し元気が出た。
「落ち着いた?」
「心臓が早くなった」
「……え? なんで?」
珍しく困り顔なクリス。
いつものツンデレではなく、こういう一面もあるクリスは可愛い──いやいや、今はそんなことはいい。
せっかくクリスも協力的なのだ。
俺だってもっと頑張らないと。
「フェイは、私のこと、好き?」
……は!?
いやいやいや急に何を言い出すんだこの娘は!?
好きか嫌いか!? どういう意図の質問かわからない。
……落ち着け考えろ。
クリスは絵に描いたようなツンデレの塊みたいな女だ。
そんな彼女が「私のこと女として好き?」という質問はありえないだろう。
ツンデレはそんな直球はできない生き物なのだ。
だからこれは「人として好き」かどうかを聞かれているだけで。
いやまてしかし、本当にそうなのか?
もしこれで間違いでもしたら……。
「……どうなの?」
クリスが不安そうに俺を見てくる。
……ええいっ、ままよ!
「えっ……あ、おおお俺はその……クリスのこと……す……スキ……だけど……?」
「ありがと。うれしい。私もフェイのこと、好きだよ」
「!!!!!」
ニコリと笑って返される。
えっ? なにこの流れ?
なんでこの娘、こんなに淡々と言い返せるの!?
お前、ツンデレ目ツンデレ科ツンデレ属の名称ツンデレじゃなかったのか!?
夢か!? 夢なのか!?
「……こうやって、言葉があると、こんなにも簡単にお互いの気持ちが分かるのにね。仲良くしたいか、したくないのか。でも、マルタローは喋れないし通じない……」
クリスは目線を落とすと、満腹になったマルタローを抱き寄せる。
あぁ、なるほど。
ようやく彼女の意図がわかった。
どうやら、また勘違いしてしまったらしい。
彼女は「好き」と言い合うことで、言葉さえあればお互いの気持ちが分かるよね。という意思疎通のデモンストレーションをしてくれただけなのだ。
危なかった。変な気が起きなくてよかった。
しかし、そうだな。
確かに、マルタローともし会話ができるなら、今よりもまだマシな関係になれたかもしれない。
「じゃあ、どうしたら……?」
「言葉は無いけど、同じ心がある。言葉を持たない生き物は、心で話すの。ほら、心って、嫌悪感があると硬くなるけど、好意を持つと柔らかくなる……っていうでしょ? 今『好き』って言い合った私たちみたいに、ちゃんとマルタローにも愛を持って接すれば、いつかきっと分かってくれる」
……ふむ。
それがつまり『真心』とでも言うのだろうか。
……前の世界では考えもしなかったことだ。
ペットなんて飼ったこともないし、友達だって幼少期ばかりの記憶が強い。
幼少期の友情なんかお互い自己満足のようなもので、そこに思いやりがあるかなど難しいところだ。
思いやり……か。
今思えば、だからこそ俺は友達が少なかったんだろうな──
うん、クリスの言葉には説得力があるな。
ストン、と腑に落ちた気持ちだ。
しかし──
「そうだな。俺たちが愛し合っているように、マルタローにもそうしないとな」
「……?」
クリスの首が傾き、「何言ってんの?」みたいな表情で見つめてくる。
「お前が今愛を持ってって言ったんだから、そうだろう? 愛の告白をしあった仲じゃないか」
「…………っ!!!」
お、真っ赤になった。
トマトみたいだ。
ようやく気付きおったわ。ふぉふぉ。
しかしお前が先に仕掛けてきたんだから、おあいこな?
「バーーーーーーーーーカッッ!!!!!」
その叫びは、俺が今まで聞いた万物のモノの中で、最大のデジベルを誇っていた。
---
しばらくクリスは噴火した火山のように煙──もとい湯気を出していた。
あの後、仕返しのように「俺のこと好き?」と聞くと、その度に大爆発を起こしていたので、面白がって聞きまくっていると、
うん、やりすぎはよくないよね。
「でも、マルタローはちょっと難しいかもね。黙っていたわけじゃないけど、あの子、多分人間にひどく虐められていた可能性があるから」
「え、そうなのか?」
「うん、たぶんだけどね。私が拾った時には、もう仲間の群れからも迫害されてて…きっと人間の匂いが付いていたから、追い出されちゃったんだろうね」
「人間から虐められるって、そんなことがあるのか? 犬や猫ならともかく、コイツは魔物だろう?」
クリスは目を俯かせ、悲しい顔をしていた。
「うん。でもね、お金持ちの貴族とかには、魔物を捕まえて、お互いの魔物をおもちゃのように戦わせ合う趣味の人もいるんだって。言うことの聞かない魔物は拷問をされて、始めから勝敗がわかってても、わざと弱い魔物と強い魔物を戦わせたり……そして戦うこともできなくなるほど弱った子は、無情にも捨てられる……」
「……そんなことが」
酷い話だ。
快楽の為に、弱いものがいたぶられる姿を見て、自分たちは高みから嘲笑うだけ。
マルタローは最弱種の魔物だ。
同じ最弱種の魔物同士でなければ勝負にすらならないだろう。
考えると胸が痛む。
「だから、フェイが怒るのもわかるけど、できるだけマルタローには優しく接してあげて? きっと、難しいと思うし、マルタローはもしかしたらずっと心を開いてくれないかもしれないけど……仲良くなってくれたら私も嬉しいし」
彼女のそういうところが、きっと傷ついたマルタローの心を許すのだろう。
そんな傷を負ったマルタローとも、こうやって実際に理解し合えているのは、マルタローも彼女の開ききった心を見て信頼しているからこそなんだろうな。
「わかった。俺も俺なりにやってみるよ」
見習わなければ。
「フェイのためじゃなくて、マルタローのためにね!」
このツンデレ娘の優しさを──。
---
翌日──
俺はクリスからマルタローの好物を聞き、それを買いに行った。
今はそれを使って料理を作っている。
もちろん元ニートが料理などできるはずもなく、大半はクリスに手伝ってもらっている。
そして、ついに──
「マルタロー! フェイがあなたの好きなもので料理を作ってくれたよ!」
「わんわんわおん!」
マルタローの目の前に皿が置かれる。
乗っているのは、クリスと俺の汗が染みこんだ『アップルパイ』だ。
あの後、クリスからマルタローは「リンゴが好き」と聞いたから、思いついたものだ。
アップルパイなんて異世界にはないと思っていたので、得意げに特徴を説明したのだが「それ、もしかしてアップルパイのこと言ってる?」と言われてしまった。
いや、あるんかいアップルパイ。
皿を渡すのは一旦俺ではなくクリスがあげることにした。
いきなり俺が出しても食べてもらえるかわからなかったからだ。
マルタローはすんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅いでいる。
気づけば俺は、祈るように手を握っていた。
パク
あ、食べた。
「わふぅ!わおん!!」
マルタローは嬉しそうに吠えると、尻尾はまるで扇風機のように高速回転していた。
「あっ、おいしいって言ってる!」
「本当か!?」
クリスの言葉に、俺はたまらなく嬉しくなった。
思わず前に出て、皿の前にしゃがみ込む。
「あっ、フェイ──」
「ほら、もっと食べていいんだぞ!」
ぐい、と皿をマルタローの方に押し出すように持っていく。
マルタローはそれをよだれを垂らしながら見つめ。
パク
俺の手を噛んだ。
「ぃぎゃああああああああああ!!」
もうわざとやってるだろ!! ソレ!!!
この日から、俺とマルタローの距離は、ほんの少しだけ縮まった。
あの毛並みを堪能できるのはいつになることやら。
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