第9話 チーター系幼馴染

 さらに一か月後──。


「いちっ! にっ! さんっ! しっ! ごっ! ろくっ! ……しちぃっ!! ……しぃち……しちじゃねぇッッ!!」


 俺は魔術に加えて筋トレもこなすことにした。

 魔術に苦戦する俺を見てクリスは──


「もしかしたら剣術の方が向いてるのかもね」


 と言ったので、店に置いてある鉄の剣を振り回してみたが、これがまた重い。

 持って振り回す程度ならなんとかなるのだが、生死を掛けた魔物との戦いにおいては使えない。

 本気で振ると遠心力で腕が持ってかれそうになるし、刀身はブレブレで狙った部位にも当てれる気がしない。

 さらにはバランスを崩した際、必死に何かを掴もうと手を伸ばした先には──


「……っ!! きゃぁああああ!!」


 クリスの襟元を掴んで引き下げながら、俺の顔面はそこに付随する二つの丘にダイブした。

 俺は運動神経の悪さに少し感謝した。


 ちなみにエミルはもうこの程度の武器なら余裕で振り回している。

 さすが元ニートの腕力! 10歳にも負ける!


 が、それも先月までの話だ。


「………よぉんじゅっ……はちっ!! ……よぉんじゅっきゅっ!!…………ごぉぉじゃあぅおっっ!!」


 バタン


 この一か月で、俺は50回くらいならなんとか腕立て、腹筋、背筋、スクワットができるようになった。


 フェイクラントは鉄の剣を扱えるようになった!

 まぁ、剣術ができるワケではないけど。



 ---



 筋トレが終わると、次は道具屋の仕事だ。


 今の店内には、4人の人がおり、スタッフである俺とクリス。

 客の方は店内を物色するエミルと、クリスと話している変な言葉遣いの幼女だ。

 幼女は膝まで伸びる真っ白な髪を持ち、年季の入ってそうなヨレた服を着ている。

 狭い店内なのに声が小さいのか、話している内容までは聞き取りにくい。


 この村にこんな子供いたっけ? 教会にいる孤児だろうか? フェイも知らないっぽいし。

 と思ったが、途切れ途切れに「──じゃな」「──じゃろう」などのセリフを放っているのを聞くに、俺のギャルゲセンサーはロリババアを検知した。


「フェイのにいちゃん! 次はイーザの街に行くんだ! 何か知ってる!?」


 いつの間にか目の前にエミルがいて、俺に話しかけてきていた。


「あぁ、あそこの付近にある洞窟には良い素材を落とす魔物がいてな……。あと湖で一番デカい木の根元あたりで釣りをするとな……」


 この世界の主人公であるエミルは、プレーリーを拠点にしながら順調にベルギスと旅を続けている。

 そして俺が味方してやった時からよく攻略法を聞きに来る。

 ゲームで疑似エミルを操り、仮にも世界救出の一歩手前まで行った俺の言葉は、まさに天の導きの如く的中しているらしく、彼は俺のことを慕ってくれている。


「すっごーい! なんでそんなに知ってるの!?」

「ふっ……俺も冒険者だったから……カナ」

「へー、そうだったんだ! でも、こないだのルインフィードの町でも『一番北から二番目にある家に行くといいことがある』って言われて行ったら、そこに住むおじさんにキレーな指輪もらったし、実は何かすごい人なんじゃないの!?」

「ハハ……ハ……たまたまだ。俺は今はただのしがない道具屋だっての。それより、その持ってる聖水とか、買っていくのか?」

「あ、うん。そうだった。兄ちゃんに頼まれてて……はい、これで足りる?」

「あぁ」


 曖昧な言葉でぼかす。

 まぁ、フェイは冒険者だったし嘘ではないが……ルインフィードのことはさすがに言いすぎたか。

 あの指輪は祈るたびに魔力が回復するので、効率を考えると教えた方がいいと思ったんだがなぁ。

 ゲームのことを言っても説明はめんどくさいし、預言できると言ってもアルクロはエミルの一人称視点で進んでいたので、エミルの身の回りで起こること以外はよくわからない。


「じゃあね、フェイのにいちゃん!」

「あぁ、気を付けてな」


 エミルを見送る。

 しかし、このままゲーム本編通りにいくと、もうすぐエミルはターニングポイントに直面するだろう。

 俺はいまだに村人A・フェイクラントとして具体的にどうすればいいのかわからない。


 これからエミルはイーザの街ということは、次が……ヴァレリス。

 ヴァレリス王国。

 ゲームの本編通りならそこで魔王を崇拝する魔族と出会い、ベルギスは殺され、エミルは拉致されてしまう。

 ヴァレリス王国には行くなと言ったとしても、そこでも未来のエミルの仲間と出会う重要なイベントだってあるし、ヘタに動いて未来が変わり、大魔王に支配されるかもと考えると怖い。


 こんなことで大丈夫なんだろうか……?


 なぁ、そろそろ俺をここに連れてきた女神様出てきておくんない?

 オデ、ワカラナイヨ。


「じゃあの。また足りなくなったら買いに来るからの」

「はーいっ! ありがとうございました!」


 気づけば幼女も買い物を終えたらしく、彼女は目にクマを溜めたような眠そうな顔で、クリスに軽く手を振り去って行った。


「なぁ、この村にあんな女の子いたっけ?」

「えっ?」


 気になったので聞いてみる。

 クリスはきょとんとして俺を見つめていたが、顎に指をあてながら天井を見たかと思うと、「ああ、フェイはあんまり知らないのか」と思いついたかのように話してくれた。


「あの人は、村のそばにある山に住んでる魔族のレイアさんっていうの。たまに村に降りてきて、その時に食糧や消耗品を大量に買い込んでいくのよ」

「! そうだったのか」


 幼女なのに変な言葉遣いだと思ってたら魔族だったのか。

 いや、別に魔族が全員あんな言葉遣いではないのだが、彼らは人族と違って姿形もバラバラで、寿命まで違うもんだから年齢と見た目が一致しないことが多い。

 それと、魔族と一口に行っても全員大魔王派というわけではなく、寧ろ大魔王肯定派は少数派だ。


「人族が苦手なのか、口数も少なくて村の人ともあんまり話さないからね。私には何故かいっぱいお話してくれるんだけど」

「へぇ……」


 魔族と人族の溝は深い。

 遥か昔、魔族と人間の大戦があった。

 豊穣の女神アルティア率いる人族の勢力 VS 大魔王オルドジェセル率いる魔族の勢力。

 戦争は熾烈を極めたが、アルティアは大陸を分断することにより、その大陸ごと大魔王を封印することに成功──その結果、魔族側は敗北を喫した。

 魔族は滅ぼされることはなかったが、敗北してタダというワケにもいかず、今は減ったが、魔族というだけで虐げられることもしばしばあった。

 だから、魔族は魔族のみの集落で暮らすか、先ほどの白い魔族のように人目につかない場所でひっそり暮らしていることが大半なのだ。


「でも、いい人よ。薬学とかにも詳しくてね、こないだだって病気になった子のために、薬を自作してくれてね!」


 クリスは俺が顎に手を置いて考え事していたのが長すぎたのか、俺の返しが雑だったからか、レイアさんを擁護するように持ち上げ出した。

 おっとすまないクリス。別に変に思っているわけではないんだ。


「いや、すごいなと思って。 俺もぜひ仲良くなってみたいな」

「! うん、気難しい人だけど、いつかなれるかもね!」


 いつか、か。

 魔族と話すなんてファンタジーの極みだし、面白そうだ。

 俺もいつか、魔族と深く関わる日とか来るのだろうか。



 ---



 道具屋の仕事を終えると、クリスと魔術の特訓だ。

 初級であれば俺も火魔術と風魔術を習得できた。

 この辺はクリスも得意だったから教えやすかったのだろう。

 クリス曰く、俺は焚き火のプロらしいから火と風は得意なんじゃないかということらしい。

 最近は村を出てレベルが低い魔物を狩ったりもしている。


「吹き荒れる力よ、刃となりて顕現せよ──『風刃ウィンドカッター』」


 ズバッ! と人食い植物の根元を両断する。


「やった!」


 クリスは嬉しそうだ。

 まだまだ初級だが、最初は自分の手のひらから風の刃が出るのに感動したものだ。

 ふふん、この調子でいずれはバギ〇ロスとか覚えるぜ。


 魔物を倒すと力が湧くような感覚になる。

 なるほど、これが経験値の正体ってか。


「これならクリスもそのうち追い抜いちまうかもな」

「……燃え滾り、吹き荒れよ、炎は刃と化し烈火へと──『紅蓮風刃クリムゾンスラッシュ!』」

「ちょ……」


 俺が倒したヤツの3倍はデカい人食い植物を燃やし尽くす。

 煽ったら、中級のさらに火と風の混合魔術でマウンティングされた。

 サーセン。クリスパイセン。


 クリスとパーティを組むと分かったのだが、メンバーのステータスも見れるようになった。

 ちなみにこれがクリスのステータス。


 --------------------------------


 ステータス


 名前:クリス

 種族:人間

 職業:道具屋店主

 年齢:23

 レベル:24

 神威位階:潜在

 体力:67

 魔力:99,999,999

 力:35

 敏捷:48

 知力:101


 --------------------------------


 ──ご理解いただけただろうか。

 こやつ、俺と同じ村人のくせにチーターである。

 っていうか魔力がカンストしている。


 ほぼ無尽蔵に魔力を生み出せる加護でも持っているのだろうか。

 クリスにそのことを尋ねてみると「ステータスってなに?」と返って来たので、もしかしたらステータスを見れるのは俺の特権なのかもしれない。


 しかし、魔物を倒せるようになってわかったのだが、ゲームのように魔物を倒した瞬間金が手に入るということはない。

 魔物を狩ってお金にするには素材を売るか、冒険者ギルドで討伐や狩猟の依頼を受けるしかなさそうだ。


「あっ……」

「おっと!?」


 ふらつくクリスの身体を慌てて支える。


「疲れたのか?」

「ううん。ごめん。大丈夫だから」


 赤面して、何事も無いようにバランスを取り直す。

 なんというか、最近たまにこういうことがある。

 別に魔力の使いすぎということではないらしいのだが、働きすぎなんじゃないだろうかと思うところはある。

 心配だ。体調を崩さなければいいんだが……。


「どっちかというと、フェイの方が……あっ」


 そこに、1匹のプレーリーハウンドが現れる。


「へっ、懲りねぇな! 吹き荒れる力よ、刃となりて顕現せよ──『風刃ウィンドカッター!」


 ぽひゅ……。


 しかし、しょぼい風が出ただけだった。

 同時にグラっと視界が揺れる。


「……あれ?」

「フェイの方がそろそろ魔力切れって言いたかったのに…バカね」


 ぐぬぬぬぬ。

 魔力の少なさが憎い。

 しかし、厳しい特訓をこなして変わった俺は、こんなことではもう諦めない。


「まだやるの?」

「あぁ、クリスは見てな!」


 プレーリーハウンドと対峙する。

 マルタローも俺には狂暴だが、やはり野生はさらに迫力があるな。

 だが、俺も魔術だけではない。冒険者のすゝめで得た知識もある。

 コイツは人間より遥かに小さい。

 つまり格下に機能する<威嚇>が有効なのだ。

 見せてやるぜ。前の世界で俺が一番怖かったをなァ!


「あぁ? さっきから何見てんだコラ? ガキが調子のってんじゃねーゾ! おん?」


 俺はポケットに手をつっこみ、顎を上げてガニ股になる。

 クリスが変な目で見てるが、このイッヌは明らかに後ずさりしている。

 ふ、効いてる効いてる。


「オラオラ、聞いてんのかテメ──」


 足をもう一歩前に出したところで、思い切りスネを噛まれた。


「いぎゃぁあああああ!! 調子乗りましたスンマセン!! ごめんなさいぃいいいい!!」


 俺の脚に大きな歯形がついた。


「……ばか」


 情けなく小動物ごときに平謝りする俺の姿を見て、クリスはそう罵倒した。

 泣きたい。


 帰ってからクリスに治癒魔術ヒールしてもらった。

 ちなみにプレーリーハウンドはクリスに「離してあげて」と言われると耳を下げて言う通りにし、立ち去って行った。

 俺のメンタルは砕け散りそうになっていた。


 季節は春真っ盛りだ──。

 クリスとの楽しい日々、異世界の中での新しい生き方。

 前の世界に比べて、俺は遥かに幸せだった。


 今なら思う。

 か、と。

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