第6話 小さな書き換え
俺はタンスの主・アンナさんに謝罪をした。
アンナさんはついに性欲が爆発した俺が下着泥棒をしたと思っていたらしい。
なめるな、いくらギャルゲハンターの俺でもおばちゃんのパンツに萌えなどしない。
クリスなら別だが。
「アオッッ!!!」
とか思っていたら口に出ていたらしく、赤面したクリスに思いっきり腹の肉をつねられた。
ちぎれるかと思った。
エミル宅前まで戻ると、案の定というか、エミルは戻ってきていた。
家の前でベルギスに詰められ、こっぴどく叱られている。
「どうして帰ってこなかったんだって言ってるんだ!」
「だって、大精霊さまが僕に試練を……」
「嘘をつくな! なんで正直に言えないんだ!? 村中みんな心配してたんだぞ!」
「だって……本当だもん…」
俯くエミルの目には、いつしか大粒の涙が溜まっていた。
クリスはエミルの姿を見て一度は胸を撫でおろしたが、状況におろおろしている。
うーん、彼は嘘をついているわけじゃないんだが、いきなり大精霊だの言ったところで誰も信じないだろう。
これはゲームでも見たイベントだが……助けた方がいいのだろうか?
……さすがに助けられるのに助けないのは、俺でも胸が痛む。
しょーがないなぁ、もう。クリスではないが。
「大精霊オンディーヌに言われたんだよな。勇者になる資格があるかもしれないって」
「「「えっ!?」」」
俺の介入に、周りにいた3人は同時に驚いた。
同じセリフなのに、意味は全部違う。
ベルギスは突然エミルの味方が現れたことに対して、エミルはなんで知ってるのと言わんばかりに、そしてクリスは……「何言ってんだコイツ」だ。
クリ吉よ、そこは「エミルの味方をしてあげてるんだ。やっさし」とかでいいだろ。
「う、うん! 精霊さんについていったら、いつのまにか水の中にいて、そこでオンディーヌ様がね……!」
エミルは俺を見ながら必死に体験したことを話してくれた。
蛇口をひねったように言葉が出てくるのは、ベルギスに何も言わせてもらえなかったからだろう。
エミルが語り始めると、ベルギスとクリスは明らかに「嘘だろ?」と言いたげな表情を浮かべているが、話を遮らずに聞いている。
エミルが熱っぽく話せば話すほど、俺の中で「アルティア・クロニクル」でのイベント内容がどんどん蘇ってくる。
あぁそうだそうだ、戦わされたなぁ。
割とオンディーヌ様は理不尽な試練をくれるのだ。
最初は負けイベかと思ったくらいだ。
「……はぁ、わかった。もういい。兄ちゃんが悪かった」
「嘘じゃないよ……?」
「わかっている。俺はお前を信頼するさ」
ベルギスは観念したように肩を落としながらため息をつき、そして優しい笑みを浮かべた。
こうは言っているが、恐らく半信半疑といったくらいだろう。
しかし、俺の介入もあるし、こんなに意気揚々と語るエミルがまさか嘘をつくとは考えられないのも相まって、強く怒れなくなってしまったのだろう。
あとはエミルの日ごろの行いだな。
仮にも未来の勇者がつまらん嘘などつかんのだ。
「フェイクラントさん。お見苦しいところを見せてしまったようで申し訳ありません。あなたは俺よりずっと冷静に状況を見てくれているようだ」
「そんな、いきなり精霊だのオンディーヌだの言われても嘘だと思うよ普通」
「だからこそです。俺はそんな弟に対して頭ごなしに叱ることしかできなかった。もっと冷静に話を聞くべきでした」
「ベルギス……。いいじゃないか。二人で支え合えない時は、周りが助けてくれるさ」
「ありがとうございます。良い人ですね。見習います」
「おう」
正直、どの口が言ってんだ。と思った。
しかし、いい人、か。
久しぶりに言われた気がする。
俺は前の世界でも今も無職で、周りを蔑ろにしてきた。
エミルに味方してやれたのは、ただ本当のことを知っていたからだ。
ベルギスは罪悪感の中で口元だけにこりと笑うと、頭を下げてエミルと家に戻っていった。
「……やるじゃない」
クリスがトン、と肘でわき腹を突いてくる。
彼女は目だけこちらを向いて、ジト目でそう呟いた。
僅かに顔が赤く見える。
ふっ、好感度アップといったところか。
「ただまぁ、誰が言ってんのよって思ったわ」
彼女もそう思ったらしい。
俺とフェイはほぼ同じような人間だからそうなのだろう。
まぁ、本来ならフェイはこんなセリフ吐かないんだけどなぁ。
「うーん、俺もベルギスみたいに頑張らないとな」
「そうね、普通逆よ。アンタは本来もっとベルギスくんを見習うべきなの。小さい弟を連れていろんなところを冒険して、何が目的かは知らないけど、本当にしっかりしてるわ」
「え?」
「え?」
クリスがオウムのように聞き返してくる。
あ、そうか。
ベルギスとエミルが実は元王族であることは、この村の住人は誰も知らないんだった。
しまった……忘れてた。
ベルギスも身分を隠しているはずなので、言わない方がいいだろう。
「私、なんか変なこといった?」
「え? あ、いや、そうだよな。俺もベルギスを見習わないとな!」
「……?」
そんなに怪しむな。勘弁してくれ。
しかし、確かにそうだな。
ベルギスは礼儀作法もしっかりしていて、しかも強い。
親が居なくても、ベルギスは本当にエミルの良いお手本になっている。
そうだな。見習わないとな。
それに、今回のことで俺は気づいた。
主人公エミルが村人に味方されるなんてイベントは本来ない。
だからこれは、俺の行動が正史を僅かに変えたのだ。
それはきっと、彼の物語には何の影響もない変化かもしれない。
だが、それでも"変えた"。
俺の行為が、シナリオを書き換えたのだ。
……俺も、"変われる"のだろうか。
そりゃ、エミルに代わって俺が魔王を討ち取るぜ! とまではいかないが、本来ゲーム上で語られなかった話とか、クリスとの関係とか、なんならエミルの未来も、俺の行動で変わっていくのかもしれない。
「そうだなぁ。じゃあ俺もそろそろ働くかな。って言ったら、雇ってくれるか?」
「えっ!?」
俺の言葉に、クリスは目を丸くして振り向いた。
時が止まったかのように、ぱちくりと瞬きだけしている。
「なんだ? ダメか? もう手遅れだったのか? せっかく働こうと思ったのにな」
「はっ…!」
まるでアニメのワンシーンのようにクリスの時は動き出す。
「しょ、しょーがないなぁもう!! 私一人でもなんとかなるけど、フェイがど~してもって言うなら雇ってあげなくなくもないわ!」
じゃあ無理じゃん。
というツッコミはしない。
弄ってもみたかったが、今はそれよりも彼女の喜ぶ顔が見たかった。
「ど~してもだ。クリス様、俺を雇ってくれ」
クリスの正面に立ち、手を合わせて頭を下げる。
クリスはぽかんと口を開けた後、再び目を逸らして口をへの字に曲げた。
「……途中で辞めたりしない?」
「うっ……し、しないさ」
「ホントに……?」
「クリスがあまりにも口うるさくなかったらな」
「な、なによそれ!」
途中で辞める。
その言葉は俺に深く突き刺さったが、ここで諦めたらなんのために異世界にきたんだ。
きっとブランクのある俺には大変なことだろう。
たぶん、愚痴も吐く。
でも、クリスと一緒なら、なんとかなる気がした。
根拠はないけど、そうしたいと思えた。
昨日までの俺ならありえないことだ。
「言っとくけど、真面目に働かなかったら追い出すからね! あと、ウチせまいし、まだまだお給料とかもそんなに払えないけど……」
クリスは照れながらも、俺のことを最大限気にかけてくれている。
ファンタジーRPGかと思ってたが、同じアルクロでもフェイクラント編はラブコメなのかもしれない。
魔王の脅威はあるが、それはエミルがなんとかしてくれる。
勇者に勇者の役割があるのなら、俺はこの村で未来を知る村人としてできることをやっていこう。
というか、もし勇者なんか任されたとしてもできる気はしないし。
「じゃあ、一緒にもっとでかい店にしようぜ」
「……! うん!」
元気よくそう答えた彼女の笑顔は、俺が生きてきた中で見てきた中でも最高のものだった。
幸せそうな表情と、目じりには小さな水滴が太陽に照らされてキラキラ光っていた。
守りたい。この笑顔。
いや、強さ的に守られるのは俺なのかもしれないが。
いずれ魔術の勉強とかして、クリスと一緒に冒険してみてもいいかもしれない。
俺の身体は少しだけ、以前よりも軽くなった。
その後、俺はクリスの住む道具屋に着くなり空腹で倒れたのは言うまでもない──
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《STATUS: Alterations Confirmed. Deviations Logged.》
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